第27話 婚約お披露目パーティですわ

 日々はあっという間に過ぎて、迎えた婚約お披露目の日。

 今日のために飾りつけられたブレイド家が所有するガーデンパーティ用の庭は、太陽にまで祝福されているかのよう。明るい陽射しに照らされていた。

 

 華美なものを好まないブレイド家だが、広い庭を所有しているのにはわけがある。

 貴族家の庭を彩る草木を手入れする庭師の研鑽の場としても知られており、日頃は公園として開放されているのだ。

 そんな広場が、本日は貸し切りとなっていた。


 招待されたのは貴賓も問わず、ブレイド家と付き合いのある人々。そして婚約相手であるスウィビスの家に関わりのある人々だ。


 貴族向けの儀礼的な時間はすでに終わり、今は集った誰もが自由に過ごしていた。


 豪華なドレスに身を包んだ婦人がいると思えば、すれた襟付きのシャツとかろうじて穴の空いていないズボンを身につけた老人もいる。

 

 招待状に記されたドレスコードは『手持ちの服でめいっぱいのおしゃれを』。


 ドレスを身につけた女性は「子どもができる前に着ていたものを手直ししたの」と恥ずかしそうに。

 すれたシャツの老人は「祝いの席にジャケットひとつ買えないって謝ったらよう、ブレイドのお姫さまが薔薇をさしてくれたんだ!」と胸ポケットの花を自慢して歩く。


 誰もが笑顔だった。

 見た目こそちぐはぐな集まりだったが、それでも誰もが互いに笑顔を向けているのは、招待状を送った両家の人々の人徳だろう。


 そんな華やかな会場にあふれるのは、祝いの言葉と明るい色の花々ばかり。

 かと思いきや。


「もう婚約のお披露目の日だなんて……こんなんじゃ、明日にはロール姉さまがお嫁に行ってしまいます!」


 エメローナの悲痛な叫びが、庭いっぱいの花を揺らす。


「ローレンシアが、嫁に!? そんな、そんなばかな……あのかわいいローレンシアが、父を置いて男の元に向かうなど、そんな……相手はどこの馬の骨だ!?」


 並んで嘆きに暮れるのはブレイド家当主、ショークだ。

 貴族のうちでは冷血とも言われる彼は、そんな姿などかなぐり捨てていた。ここにいるのは愛しい娘を持つ無力な父親だった。

 義娘とともに怨嗟をあげる様に、むしろ人間味を感じる客や親近感を覚える客もちらほらいるようで。


「ショーク殿、そのお気持ちわかりますぞ」


 近づいてきた立派な身なりの男性は、ハンカチを片手に目元を抑えている。


「なんと! では、あなた方にも令嬢が……?」

「ええ、ええ。我が家は娘ばかり三人、すでに上のふたりはけ、結婚をぉぉおおお……!」


 むせび泣き、語るどころではなくなった男の姿にまたひとり。寄って来たのは白いシャツのしたの筋肉が隆々とした、町の力仕事に就く者だ。


「なんという悲劇……大きくなったらパパと結婚する、と言っていたのは昨日のことだというのにっ……」


 おいおいと聞こえをあげて泣く男は、酒の力もあって涙腺がゆるゆるになっている。


「そうだ、ローレンシアも『父さまの抱っこが一番好きよ』と言っていた……」


 つられてショークが嘆けば、エメローナが「ちいさい姉さま、かわいい! ねえ義父さま、もっと聞かせて。ちいさい姉さまのお話!」とねだる。


「皆さま、思い出を語り合いましょう……悲しみを分かち合うのです。そうすれば、越えられない試練など、うっ……」


 娘を持つ紳士たちが集い、ショークとエメローナを取り囲む。

 新たな絆が生まれると共に、ローレンシアの婚約を阻止しようとするふたりを阻む壁にもなっていたのは、果たして誰かの思惑通りなのか否か。


 披露目を終え、招待客たちと一通り言葉を交わし終えたローレンシアは、会場の隅のガゼボに腰を下ろすところであった。


「ふう」

「ロール嬢、飲み物をもらってきたぞ」

「まあ、ありがとうございます。トレッド様」


 ようやく腰を落ち着けたローレンシアのため、トレッドは両手に持っていたグラスをひとつ差し出す。

 受け取ったローレンシアは口をつけて、自分の身体が火照っていたことに気が付いた。


 一口飲むだけのつもりが、あっと言う間にのどへと落ちていく。

 グラスを下ろしたときには、ほどよく冷えたフルーツティは残りわずかになっていた。


「嫌ですわ、はしたないところをお見せしてしまって」


 恥じて頬を染めるローレンシアに、トレッドはもう一方のグラスも差し出す。


「何がはしたないものか。声をかけるすべての者に応えるあなたを俺は誇らしく思った。あなたが渇きを覚えたのは、その誠実さゆえだ。恥じることなど何もない」


 にこりと笑ったトレッドは、ローレンシアの隣に腰かけて続ける。


「それに、これからは俺が隣にいる。あなたが欲する物を届けるから、これからも変わらず美しいあなたでいてくれ」

「まあ!」


 ぼん、とローレンシアの顔は沸騰したかのように真っ赤になった。

 トレッドの率直すぎる表現は、はじめから。

 むしろ婚約を公表してから糖度が増していると感じるのは、ローレンシアの気のせいなのかどうか。


「美しいといえば、今日の衣装だ。晴れ渡った空のような色合いが、あなたの芯の強さを際立たせてとてもよく似合っている」

「トレッド様こそ、金の髪に黒い上下がとても映えますわ。銀糸の刺繍が陽光にきらめいて、まるで絵本に出てくる王子さまのよう」


 ローレンシアが負けじと褒め返せば、トレッドがうれしそうに破顔する。


「あなたの色を入れたくてな。銀糸が映える黒にしたんだ」

「わたくしだって、この空色はトレッドさまの瞳の色ですのよ。いつ気づいてくださるかしら、と思っておりましたのに」


 とうとう自分から言ってしまった。口を尖らせるローレンシアは、すねたようにも恥ずかしがっているようにも見える。


 そんな彼女の髪をひとすくい。


「ああ、うれしいな。本当にうれしいんだ。婚約を受けてくれてありがとう、ロール嬢」

「だったら、そろそろ名を呼び捨ててくださいませんか、トレッド?」


 いつまでも友人の距離感で「嬢」を付けないでほしい。

 ローレンシアが勇気を出してそう訴えれば、トレッドの笑みはますます深まる。


「ああ、もちろんだ。ロール」

「ふふふ、トレッド。これからよろしくお願いいたしますわね」

「こちらこそ」


 寄り添いあって笑みを交わす。

 甘やかなひと時に、ふと落ちたのは誰かの足音。


「さてさて。主役のふたりもほどよく休憩できたかな? いま、特別ご招待をしたお客さまが到着したのだけれど」


 ガゼボの柱の影からひょっこり現れたのは、正装をしたティンだった。

 隣にいる母のコロネと腕を組んで立つ姿は、仲良し親子。

 その実、庭を歩けば飛び出てもいない木の根にどうやってか足を引っ掛け、転んでしまうという不器用回避のため。

 何となくあれこれが運良く済むコロネの性質に頼って、転ばずに歩いているわけである。


「ええ、よろしくってよ」

「いつでも問題ない」


 ローレンシアとトレッドがうなずくのを確かめてから、ティンは母に目配せをした。


「はいはーい。それじゃ、ふにゃふにゃになっちゃった当主と、道具を持たせるのに不安がいっぱいの次期当主に代わりまして、じゃじゃーん!」


 コロネがどこからか取り出したのは、手のひらに乗る大きさの星型の結晶。

 見えるものが見れば、半透明な結晶の内側に黒々とした禍が渦を巻いているのがわかっただろう。


 その星のとんがりのひとつにコロネは指を乗せ。


「ぽちっとな!」


 明るい声とは裏腹に、空に飛び上がった星から闇が広がる。

 音もなく広がった闇は青空を覆い隠し、花々を暗い闇の向こうに隠してしまう お披露目会場をすっぽりと覆った闇のなか、大勢の招待客の姿は消えていた。


 代わりに広々とあいた暗がりに、ぽつりと立つ男がひとり。


「なんだ!? 急に暗くなったぞ、どういうことだ!」


 慌て、騒ぎ立てるのはルーン商会長こと、カィビ=ルーンであった。

 その姿を見て、ティンがにんまりと笑う。


「さあ、本番パーティのはじまりだ」

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