第17話 あの子を暴いてみせますわ
ブレイド家は絢爛豪華を好まない。
食事に関しては言わずもがな。日々の暮らしにおいても、ぜいたくよりも質素を好む。
身に着ける衣服も、夜会や儀式に必要なものは別として、日常的に着用するものは質素を基本としていた。
けれど古い血筋のため、来客を迎えることもしばしば。時には国外の要人が滞在することもあるため、屋敷は決して小さくない。
当主によっては「家族が寝られる場所があればじゅうぶん」と屋敷に使用人だけを住まわせ自分たちはちか悪にちいさな家を借りて住んでいた者もあるという。
ローレンシアたちの祖父母にあたる、先代がまさにそれ。
当主を交代するなり、待ってましたとばかりに田舎に家を借りて出て行ってしまった。
ただいまは夫婦そろって自給自足、村人にまじって農業にいそしんでいるらしい。
ローレンシアが祖父母のことを思い出したのは、エメローナの部屋を見渡したことがきっかけとなっていた。
(おじいさまとおばあさまのお家より、物が少ないわ……)
エメローナに割り当てられた部屋は、質素な暮らしにどっぷりつかる祖父母の家よりも、質素であったのだ。
例えば、部屋のなかに椅子の予備もないほどに。
「姉さま、どうぞ。座ってください!」
にっこりにこにこ。エメローナが勧める椅子は鏡台と対になった腰かけだ。
身支度の際に邪魔にならないよう背もたれはなく、ゆったりと座っておしゃべりをするには不向きなもの。
(歓迎していないと遠まわしに訴えている……わけではなさそうなのですわよね)
「さささ! 姉さま、遠慮なく!」
それを勧めるエメローナの笑顔に曇りはない。
「わたくしがその椅子を使ったとして、あなたはどこに座るつもりかしら」
これもまたローレンシアが気になっていたところだ。
なにせ、エメローナの部屋には物がない。
ローレンシアと同じ広さの部屋のなかにあるのは、ベッド。鏡台と椅子。窓にかかったカーテン。それがすべて。
そして部屋のなかにあるそれらは、義妹を迎えるにあたって両親が最低限必要だろうと用意したものばかり。
その他のものは好みもあるだろうから、と本人に欲しいものがあれば言うようにと伝えていたはずだが。
「わたしはベッドに座りますよ?」
首をかしげたエメローナは、宣言通りベッドにぽよん。
ふしぎそうに見上げてくる彼女を前に、ローレンシアはひとまず腰掛けに座ることにした。
(居心地が悪いわ)
腰掛けの質が悪いわけではない。
ローレンシアは義妹の本性を探ってやろうと息巻いていたやってきたのだ。
だというのに、とうのエメローナは純粋にローレンシアの来訪を喜んでいる様子なのである。
拍子抜け、というか意地悪をしている気持ちになって、ローレンシアは居心地が悪かった。
けれど、エメローナがブレイド家に送り込まれた意図がわからないのは事実。
ブレイド家から養子を求めたわけではないことは明白なのだ。ならば、教会側に何かしらの意図があるに違いない。
例えば、そう。探られては困るものを抱えている教会が、敵となりうるブレイド家に不利益をもたらそうと画策をしている可能性もあるのだ。
(わたくしはこの子の話を聞くと決めましたの。何が出てきてもひるまないと覚悟もしたはずだわ。場合によっては教会の狙いを履かせるために、嫌われたって構わないと……)
ローレンシアはぐっと気合を込め、背筋を伸ばしてエメローナと向き合った。
「あなた、お部屋がずいぶんと寂しいようだけれど。この程度で満足していて?」
いきなり本題に入って怪しまれてしまう。そう考えて、まずは部屋の有り様を口にする。
「はい! ベッドはやわらかだし、毎日暖かくてぐっすりです。自分用の鏡と椅子まであって、わたしびっくりしました」
「そうね、我が家は寝床にはこだわりますの。睡眠は毎日のことであり、体を健康に保つために必要なことですもの。やわらかすぎず硬過ぎず、最適なベッドをあつらえるためにお父さまは何度も寝具屋に通ったそうよ」
ふふん、とつい得意げに話してしまうのは家族のこと。
対するエメローナは「わああ」と両手を合わせて目を輝かせている。
「すてき! わたしも寝るの大好きだから、今度父さまに会ったらありがとうございます、って言わなきゃ。教会のお布団はちょっぴりぺしゃんこだったから」
しょんぼり眉を下げるエメローナが口にした言葉に、ローレンシアは「今ですわ」と飛びついた。
もちろん、表向きには上品に座り、背筋を伸ばしたままで。
「そう。教会での暮らしとはどんなものだったのかしら。わたくし、まだ聞いていませんでしたわ」
まさに願っていた話題だ。
エメローナの腹の内がすこしでもわかるはず、と返事を待つ。
「教会での暮らしは……とても、恵まれてました」
ぽつり、つぶやいたエメローナはいつになく元気がない。
どこか表情も硬いようだ。
(やっぱり、教会には何かあるんだわ。軽々しく口にできない何かが)
確実になにかがある、とローレンシアは追及を重ねる。
「ふうん、そう。恵まれていたのね。わたくし、教会の暮らしは清貧なものだと思っておりましたわ」
エメローナが暮らしていたのは歴史ある大きな教会だ。
参拝者からの寄進も田舎に比べれば多く集まるだろうが、大きな教会はそのぶん所帯も大きい。
必要になる金も多くなり、結果として日々の暮らしはそう贅沢なものにはならないはずである。
そのはずなのだが、エメローナは恵まれていたという。
ならば、他にはない大きな収入をもたらすものがあったということだ。
(例えば、地下の施設に招いた人びとの家族に法外な金額を請求している、なんてことがあり得ますわよね)
ローレンシアがトレッドとともに忍び込んだ際、商人のカィビ=ルーンが宝玉を売っているのは確認できた。
それが本来の価値を大幅に上回るものなのかまではまだ調査していない。けれども、教会側に金が流れている証拠の片りんでもつかめれば、ブレイド家として動きやすくなるだろう。
そう期待したのだけれど。
「はい。毎日三回ご飯が食べられて、着るものにも困らなくて、あったかい寝床で寝られる。とっても恵まれてました」
返ってきたのは、予想していたのとは違う答え。
「食事と衣服と寝る場所ですって? それがそろっただけで恵まれていると言うの?」
「教会に拾われなかったらわたしたち孤児は、どれかひとつだって持ってないんです。だから、ブレイドのお家にもらわれてきて、わたし毎日が夢みたいなんです!」
うれしそうに、本当にうれしそうにエメローナは自分の部屋を見回した。
「自分のお部屋があって、自分だけの鏡台があって、広いベッドもあって。だから、使用人さんたちにも何度も聞かれたんですけど、わたし今以上に欲しいものなんて思い浮かばなくって」
ブレイド家の使用人たちは、主人に言われた通り新しい当主家の末娘を家族同然に扱っていたようだ。
扱われる側のエメローナが十分だ、と断り続けたために、最低限を用意した段階から何も変わっていないだけであったらしい。
「これで、十分だなんて……」
ローレンシアは衝撃にふらりとよろめいた。
生粋のブレイド家の生まれであるローレンシアの感覚で言えば、がらんとした部屋は空っぽに近い。
その部屋を指して満足げに笑うエメローナが不憫であった。
(いいえ、流されてはいけないわ。この発言もまた、わたくしの同情を買って話題をそらすためのものかもしれないのですから……!)
ローレンシアが自身の心と戦っている、そこへ。
エメローナは照れと恥じらいをちらつかせながら続けた。
「それに、わたし本当に幸せなんです。だって、ずっと家族が欲しかったから。ブレイドのお家にもらわれて、父さまと母さまができただけじゃなくて、ティン兄さまとローレンシア姉さままでできたんだもんっ」
「!!!!!」
ぶわっ、とローレンシアの涙腺が決壊した。
こらえきれなかった。
元来、ローレンシアは気ごころの優しい女性なのだ。
家格を考えて毅然と振舞うことを自身に課しているが、理由もなく誰かに厳しくすることは向いていない。
「ロール姉さまと、呼びなさい!」
あふれる涙をふりまいて、ローレンシアは叫んだのだった。
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