第13話 憂うつですわ

 ローレンシアは塞ぎ込んでいた。


 地下の洞窟から戻って七日。

 ふとした瞬間にあの日見た光景が蘇って、なにもかもが手につかない。

 ぼんやりとしたまま日々のあれこれをこなすローレンシアに、何も知らないメイドなどは「お嬢様は恋煩いなさっておいでですわ」などと微笑まれてしまうほど。


 その声にもうまく反応できないほど、ローレンシアは参っていた。


 事情を知る家族にもうまく説明できない。思考がうまくまとまらないのだ。


 まず、騎士のトレッドと協力して教会に忍び込んできたことをどう説明していいかわからなかった。

 そして教会の地下で見たもののことも、うまく説明できる気がしない。

 そのため、家族がたずねて来ない現状をひっそりとありがたく思ってもいた。


 両親は忙しく飛び回っているため、地下に潜ってからこっちゆっくりと顔を合わせる暇もない。


 兄のティンはティンで方々から舞い込んでくる知らせや表向きの家に関わる仕事に終われているらしい。

 遠隔会話を可能にするイヤリングを忘れてでかけたローレンシアをひとしきり叱ったあとは、怪我がないことだけ確認して「報告をまとめておいて」と告げたきり。

 友人のトレッドと怪盗クロウとが行動を共にしたなんて、思ってもいないようだった。


 そんなティンは今日も朝早くからバタバタと動き回っているようだ。


 ローレンシアはいまだ、兄に渡す報告にまとめるべき言葉もみつけられないでいた。


「あの花、禍をこぼす花だなんて。我が家の歴史を紐解いても、見つけられませんでしたわ……」


 塞ぎ込んでいたといっても、ただただぼうっと時を過ごしていたローレンシアではない。

 両親と兄とローレンシアだけが開け方を知っている隠し扉の奥深く、隠された部屋で自身の見たものを調べようとしていたのだ。


 けれどわからなかった。

 長い歴史を紡いできたブレイド家の歴史のなかに、ローレンシアが目にした花について記した言葉はなかったのだ。


「教会が隠していたということなのかしら……? あの宝玉はその過程で生まれて、それをルーン商会は売ることで儲けている。ああ……あの日見たあれこれについて、誰かと答え合わせをしたくてたまらないわ。あの光景を見た方、トレッド様と……」


 甘いばかりでないトレッドの姿を思い出して、ローレンシアはうっとりとしてしまう。

 けれどすぐに眉を寄せて首を横に振る。


「だめね。あの時、トレッド様と教会に行ったのは怪盗クロウだもの。ブレイド家の令嬢が地下の花畑のことなんて、知るはずがないのだわ」

 

 話したい、話せない。

 もどかしい思いを抱えてローレンシアはため息をこぼす。


「トレッド様はどうなさるおつもりかしら……。騎士団の教会捜査は何も見つからずに終わったと聞きますし」


 兄のティンが忙しい合間を縫って、もたらした情報もまたローレンシアを悩ませていた。


 騎士団は予定通りの日時に教会へと踏み入った。

 名目は『怪盗クロウに狙われる可能性がある施設』としての調査だ。


 歴史ある建造物や由緒ある骨董品を置いてある施設に同時に、調査の手を入れたらしい。

 実際はルーン商会を怪しんでのことであるから、そのほとんどにルーン商会が出入りしているということになる。

 カィビという男はずいぶんと手広く商売をしているのだろう。


 結果は、各施設の防犯体制を指摘して、終了。


 騎士団としても動いたからには何かしらの成果をあげたかっただろうに、表向きの名目を果たしただけで終わったらしい。

 終わらせざるを得なかった、とも言える。


「トレッド様、隠し扉のことを誰にもお話していないのね」


 騎士団は隠し扉を見つけられなかったのだ。

 あの扉をくぐらなければ、教会は純粋に歴史のある建造物でしかない。

 ルーン商会も、食料品から皮製品まで手広く扱う出入りの商品で終わってしまう。

 それではいかな騎士団といえども、手の出しようがなかった。


「トレッド様は何をお考えになって隠し扉のことを秘匿されているのかしら。ああ、おたずねしたい、でも会えないわ」


 会えば、ローレンシアは口を滑らせてしまいかねない。

 ローレンシアが怪盗であることはブレイド家の密事。

 抱えきれないなどという理由で勝手に他言するなど、許されないことであった。


「もう一度忍び込むには、警備が厳重すぎますもの……」

 

 もう一度、しっかりとあの地下の光景を見つめたら何かわかるかもしれない。

 そう思うローレンシアだが、騎士団が警備について指摘をした後だ。怪盗クロウといえど忍びこむのは危険すぎる。


「はあ……」


 ローレンシアが何度目かのため息をこぼしたとき。

 コンコンコン、と部屋の扉が軽やかに叩かれた。


「どうぞ」


 誰かしら、と思いながらローレンシアが立ち上がる。

 入ってきたのは若いメイドだ。


「お嬢様、そろそろお支度しませんと」

「支度?」


 なんのことかしら。首を傾げたローレンシアに、メイドは大げさに驚く。


「まあ! お忘れですか。スウィビス家のご子息からのお誘いでございます!」

「トレッド様の!?」


 思わぬ名を聞かされてローレンシアは取り乱した。

 その姿を見て、メイドは呆れ顔だ。


「本当に忘れたらしたんですね。お声がけして良かったです」

「トレッド様からのお誘いは確かにありましたけれど。わたくし、お返事した覚えがありませんわ!」


 頬に手を当て慌てるローレンシアが、本当に覚えていないとわかったらしい。メイドが呆れ顔から一転。心配げに眉を寄せる。


「本当にどうされたのですかお嬢様。眠たそうなお顔でお返事を出しておいてちょうだいとおっしゃいながら、今日の日にお出かけすると予定をしておられましたけれど。寝ぼけておられたのですか?」

「それっていつのことですの」

「ええと、六日前のはずですが」


 六日前といえば、ちょうど教会地下の洞窟から戻った翌朝だ。

 その日のことをローレンシアは振り返る

 

(あの日、あの日は遅く目が覚めて。それで、そう。頭の中がぐちゃぐちゃになってしまっていたから、意識していつもどおりの行動をするよう心がけて動いたはず)


 目を覚まし、顔を洗って身だしなみを整える。

 軽い朝食をとったのはひとりきりだった。遅い時間だったせいで家族は皆それぞれに動き始めていたから。


(朝食後はいつもどおり、あちこちから上がっている報告に目を通して必要なものには返事をして……)


 そこまで思い出して、ローレンシアは思い当たった。


(あの時、トレッド様のお手紙にお返事をした、のね? また一緒に出かけようというお誘いに、いつまでもお待たせしてはいけないからと記したのが、今日の日付……)


 思い返すまで記憶から抜けていたのだ。

 過去の自分は手紙を出すよう頼みながら、メイドにも予定を告げていたらしい。


「スウィビス家の方からも了承のお返事をいただいたと、お嬢様ご自身で若様にお伝えしておられましたよ」

「そう……そうなのね。ぼんやりとだけれど、思い出してきましたわ」

 

 過去のローレンシアは心ここに在らずだったが、すべきことはしていたらしい。

 

(時間はなんとお伝えしたかしら。たしか、そう。一度くらいは甘味でお腹いっぱいになってみたいからと、昼食の時間を共に、と……)


 記憶を辿ったローレンシアは、恐る恐るメイドに時刻をたずねた。

 帰ってきたのは、そうであって欲しいと願ったよりもいくらも遅い時間。

 トレッドに宛てた手紙に記した時刻まで、もうあまり余裕がない。

 気づいてローレンシアは飛び上がる。


「いやだ! お約束の時間までもうすぐだわ!」

「ええ。ですからお声がけをしに」

「ありがとう! 急いで支度しますわ。手伝ってくださいませっ」


 ぼんやりしている暇はない。

 ローレンシアは会いたいような会いたくないような、などと言っていたことは頭からすっぽりと消えていた。

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