第11話 ふたりで潜入ですわ!

 教会の敷地に忍び込んだふたりは、無言のまま足早に移動した。


 目的はともにルーン商会の積荷。

 となれば、向かうべき先について言葉を交わす必要もない。


 馬車が向かったのは教会裏手にある出入り口だ。

 大きな扉があるため、馬車から下ろした荷物をそのまま運び込むのに便利な場所である。

 そして、参拝者が訪れる表側からは見えない場所でもある。


「三方を建物に囲まれて視界が悪いとは、なんともおあつらえ向きだな」


 トレッドが口にしたとおり、目的の出入り口は周囲を背の高い建物に囲まれていた。


 馬車はちょうどその扉に背をつける形で停車したところのようだ。

 馬車から降りた御者ともうひとりの人影とが、荷台の後ろを開けている。

 教会側でも待っていたとばかりに、扉が大きく開かれるところだった。


「もう、ここからでは馬車の中が見えませんわね」


 ローレンシアが口をとがらせる。

 夜闇と降り続く雨とで視界は悪く、離れた箇所からでは動く人々の顔を判別することも難しい。


 叶うことならばもう少し近づきたいところだが、今いる建物の影より進み出てしまえば、隠れるところがない。

 ローレンシアひとりならば屋根の上から様子を見られるだろうか、とも思うけれど、周囲の建物はどれも背が高い。

 高い屋根の上から見下ろすのでは、今の位置から見るのとそう変わらないだろう。


「いっそ建物の中に入って近づいてみようかしら」

「いや、待て」


 もどかしさにローレンシアが一歩踏み出した時、トレッドがその肩をつかんで引き止めた。


「御者が戻った、馬車を動かすんだろう。見えるぞ……」

「あれは……人?」


 馬車が動き出し、教会の扉との間にちらりと見えたのは複数の人。

 商会長のカィビと思われる人影だけではなく、いく人かの人が並び立っている。

 教会の者が身につける衣服は白が基調であるが、並ぶ中には暗い色の服もいるのが見受けられる。


 その中でも目立ったのは、白い担架に乗せられ横たわる誰かの姿だった。

 苦しいのか、布の巻かれた手をさまよわせているのが見て取れる。雨音に混じって、かすかなうめき声も聞こえる。

 すすり泣くのは、周囲を囲むふたりの人。どちらも暗い色の服を身につけていることから、教会の者ではないと見て取れた。


「怪我人を運んでいた、の? 一緒に降りてきたのは家族かしら」


 教会の人々が担架を持ち上げ、カィビを含んだその他の人々が後に続く。

 担架の後方を支える人が建物のなかへと消えていき、扉が閉められる。


 それを見届けると、馬車はゆっくりと動き出した。


「こちらに来る。どうする?」

「今のだけでは足りないわ。中に入りましょう」


 言うが早いか、ローレンシアは御者から死角になる建物の影に移動して、屋根めがけて飛び上がった。

 宙を駆ける怪盗を追って、トレッドもまた窓枠に足をかけ壁をよじのぼり屋根へとたどり着く。


 その身軽さにローレンシアは内心、驚いていた。


「騎士様より怪盗のほうが向いているのではなくて?」

「転職すればあなたの相棒にしてくれるのか?」


 軽口に軽口を返されて、ローレンシアは思わず想像する。


(トレッド様といっしょに怪盗……悪くないかもしれないわ)


 満更でもないローレンシアをよそに、トレッドは「いや、そうもいかないか」と首を振る。


「後ろ暗いことをしていては彼女の隣に立てないからな。悪くない誘いだが、断らせてもらう」

「そう」


 平静を装って返しながらも、ローレンシアの胸中は大騒ぎ。


(その彼女とはどなたのことかしら!? もしかして、もしかしてだけれど、わたくしのこと? 後ろ暗いことができないとおっしゃるのは、ブレイド家のことを思ってなのではないかしら!?)


 ドキドキそわそわ。

 忙しなく心を揺らしながらも、身体は怪盗らしく屋根の斜面にある明かり取りの窓を開けて、するりと屋内に入り込む。


 そのまま屋根裏へと移動しようとしたローレンシアだったが、ふと足を止めた。

 後ろに続く人がいないのだ。


「騎士様? 置いていきますわよ」


 振り向いて見れば。


「すまない……その、肩が通らなくてだな」


 頭と片腕だけを突き出して窓枠に挟まるトレッドがいた。

 恥ずかしいのだろう、顔が赤く染まっているのが暗がりのなかでもわかる。

 凛々しい眉は悲しげに下がり、青空のような目は恥ずかしげに伏せられていた。


(かわいいですわ……)


 成人した立派な男が恥じらう姿に、ローレンシアの胸が高鳴る。

 助けを求めるトレッドをもうしばらく眺めていたい気持ちを抑えて、ローレンシアは手を差し伸べた。


「手のかかる騎士様だこと」

「面目ない……」


 ※※※


 トレッドが窓枠にはまった以外は、格別な問題も起こらないまま二人は教会のなかを移動していた。


 教会のなかを移動していくカィビ達一行を追う。


 時に屋根裏を行き、時に建物の外壁を伝って、距離を保ちつつ見つからないように追っていく。

 今はいよいよ屋根裏もない石造りの建物の内部へと進んだため、距離をとって地上を進んでいるところである。


 ところどころで見回りの者の姿が見えるが、忍んだふたりは見つからないまま進んでいく。


 怪盗クロウの持つ教会内の警備の情報と、騎士であるトレッドの持つ教会の見取り図の知識があってこそ成せることであった。


(とても助かりますわ。本当に、トレッド様がわたくしの相棒ならばよろしかったのに)


 ローレンシアがそんなことを思っていると、先を行くカィビたちを見つめていたトレッドが怪訝そうな顔で考えこんでいた。

 担架を運ぶ一行は壁に見える箇所を横にすべらせて、現れた暗がりの向こうへと曲がっていく。

 けれど、トレッドに追いかける様子はない。 


「どうされましたの? さすがの騎士様の記憶力もそろそろ限界かしら」


 ローレンシアは声をひそめて話しかける。


 騎士団で所持する教会の見取り図を持ち出すことは叶わず、道中はトレッドの記憶を頼りに進んできた。

 むしろここまでの道のりを記憶していたことがすごいと思っているローレンシアだが、怪盗クロウの姿をしている今は手放しに褒めるわけにもいかない。

 

 皮肉っぽい言い方になってしまった、と落ち込むローレンシアにトレッドはあっさり頷いた。


「ああ。あんな扉は図面になかった。この先の道はまったくわからん。というよりも、しばらく前から見取り図に載っていない箇所に来ている」

「載っていない? 新しく作られたもの、ということかしら」


 ローレンシアはあたりを見回して首をかしげた。

 石造りの壁は年代を重ねて見えたのだ。


「いや、むしろ教会より古い建物の可能性がある。だがそれよりも気にかかるのは、ここがすでに教会の敷地外だということだ」

「え? ですけれど、わたくしたちは教会を囲む塀を超えていませんわ」

「塀を越えずに敷地を出たんだ。壁の上の方、見えないか」


 トレッドが示したのは古ぼけた壁の上部。天井にほど近い暗がりに、よくよく見れば何かがあった。


「あれは窓? 窓枠の外で揺れてるのは草、かしら。ずいぶん高いところに生えたものね」


 暗い夜空を背景に、細い草の陰が揺れている。

 窓枠に草が生えているのかしら、とローレンシアは不思議に思ったけれど。


「草が高いところにあるんじゃない。俺たちが低いところを歩いているんだ。地面はあの高さにあるはず」

「地下に、向かっていますの!?」


 言われてはじめてローレンシアは気がついた。

 ずっと平らな道を歩いてきたとばかり思っていたが、勘違いであったとは。


 唖然とするローレンシアを置いて、トレッドが進み出した。

 前をいく人々を見失ってしまう、とローレンシアも慌てて後に続く。


「やたらと曲がったうえ、俺たちは身を潜めることに意識をやっていたからな。気づくのか遅れた」

「騎士様の記憶では、この教会に地下のお部屋は」

「ない。怪盗の情報網はどうだ?」


 問われて、ローレンシアは肩をすくめるばかり。


「全くありませんわ」

「ということは、ここから先は本当に、その場その場で対応を取っていくことになるが」


 言葉を切ったトレッドが、伺うような視線を怪盗クロウに向ける。


「もちろん、行きますわ」

「だろうな。ではお嬢さん、お手をどうぞ?」


 からかうと言うよりも、挑発するようなトレッドの視線を真っ直ぐ見つめ返して、ローレンシアはその手をとった。

 

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