第8話 家族の団らんですわ!

 ブレイド家の晩餐は、ほかの貴族家のそれとは大きく違う。


 まず、テーブルに並ぶ食事の量が少ない。

 一般的な貴族の家では食べきれないほどの食事を並べ、食べたいものをつまむ。けれどブレイド家ではその日、食卓に着く人数で食べきれる程度の食事しか供されない。

 これは食事の時に糧へ感謝するところとも繋がっている。


 つぎに、食事の内容が違う。

 白いパンと肉を主に食べる貴族に対し、ブレイド家の面々はライ麦パンや雑穀パン、そして野菜を好む。

 契約している農家が毎日野菜を運んでくる。それだけでは足りないとばかりに、家の敷地の裏側に畑を作っている貴族はそういないだろう。


 そして、これらの決まり事は、当主夫妻が食事の席にそろっていたとしても、変わることがない。


 現に、今日の食卓もいつもと変わらず質素に。かつ彩り良く整えられていた。


「手を合わせて」


 当主であるショーク=ブレイドの号令で、皆が手を合わせる。


「いただきます」

「「「「いただきます」」」」


 合わせた手をめいめいに伸ばし、パンやサラダを自分の皿へ盛る。

 同じ時間に使用人たちも食事をとるため、ブレイド家では給仕がつかないのが普通なのだ。


「父様、母様! 今日は兄様と姉様の三人でおじさまのお家に行ったの」


 食事の取り分けもそっちのけ、エメローナはきらきらの笑顔で義両親に話しかける。

 彼女はブレイド家に来て日が浅い。多忙な当主夫妻とゆっくり話せる時間は、久しぶりだった。


「ティンやローレンシアと仲良くしているようで、良かった。私たちはなかなか家にいられないからね」

「エミィちゃんが寂しがっていなかったなら良かったわ。ところでおじさまって誰かしら?」


 青年にも見える細身のショークが頷く横で、ふっくらとしたコロネ=ブレイド夫人が首を傾げた。

 いつまでも少女めいた美貌を保つ夫人は、そんな仕草までも愛らしい。


「オージィ男爵ですよ、母上。先週、男爵家で開かれた夜会に怪盗が現れましてね。その件で聴取、という名のお茶会をしてきたんです」

「そうか。確かに、オージィ男爵から譲られた宝飾品を運び込むという報告があがっていたな」


 すでにショークの元に話が届いていたらしい。

 さすがに量が多すぎて運び込むところまでは行かなかったようだが、そう日を置かずに運搬完了の連絡が入るだろう。

 なにせ数が多いため、確認には時間がかかるかもしれない。


(父上と母上の助力を仰ぐべきか。いや、この程度で頼っていてはいけないな)


 ティンはその後の算段をつけながら、サラダのミニトマトと格闘する。

 鮮やかな赤色をしたトマトは彩りが良いが、いかんせん丸い。丸いものは転がる。転がるものをフォークで捕らえるのは難しい。とくに、ティンのような手先のあまり器用でない人間には。


「それでね、おじさまに誰から買ったか教えてもらったの。だって、同じ人に売ったらおじさまがいらなくなっちゃったんだって、がっかりしてしまうもの! だから父様たちにもお教えするわ。カィビ=ルーンというんですって、その商人」


 ティンがトマトと格闘する隣で、エメローナはパクパクもぐもぐよく食べ、よく喋る。

 同じ人にうんぬんという、ティンが商人の名を聞き出すためについた方便をそのまま口にしている。

 その姿は、褒めて褒めてと期待する子犬のよう。


 けれど、ブレイド家の面々はそれがエメローナの素なのかどうか。疑っていた。

 

「ルーン……どこかで聞いたことのある名前ねえ」

「ああ、今回の教会監査で何度か見た名だな。確か、エミィの暮らしていた教会にも荷を下ろしていたのではなかったか」


(白々しいなあ。ひとりの商人の名が方々の教会であまりに頻出するから、要確認だと目をつけたうえでエメローナとのつながりを探りに回っていたくせに。我が親ながら、怖いことだ)


 ティンが内心で呆れつつ、ようやくトマトを捉えてにっこり口にする。


「わたしのいた教会にも来てた人? うーん、聞いたことない名前だけどなあ。でもでも、わたしはお外の人と会うことなんてなかったから、それで知らないだけかもだし」


 腕を組んで天井を見上げるエメローナは、しらばっくれているのか。それとも本当に知らないのか。

 判断材料にかかるため、一家は今日も答えを保留にする。


「ところで、エミィちゃんのおとなりさんはずいぶんと静かね?」


 話題は移り変わり、エメローナのとなりに座るローレンシアへ。


 明日にきちりと腰掛けた彼女は、いつもどおり姿勢正しい。

 が、いつもであれば食べながら喋るエメローナの態度を注意し、皿に山盛りは食べ物を盛るエメローナの行動を指摘するローレンシアが、今日はまだ一言も発していない。


 食事のはじまりのあいさつの時には号令に合わせて動いていたものの、その姿勢のまま止まっているのを見るあたり、反射的に手のひらを合わせたものと思われた。


「静かというか、ぼんやりしているな。食事にも手をつけていない」


 父、ショークの言う通り、ローレンシアの前に置かれた皿はつるりと美しい。

 それもそのはず。彼女は食事が始まったその時から、手を合わせたまま身じろぎもしていなかったのだから。


「あらあら、どうしたのかしら。具合でも悪いのかしら?」


 母、コロナが声をかけるけれど、それにもローレンシアは反応しない。


「ええ! 姉様、お風邪ですか? お家に帰ってくるのも遅かったけど、帰ってきたと思ったらずうっとぼうっとしてるんです。お熱は……」


 エメローナが手を伸ばし、ぺたりと額に触れる。「ううん? ふつう……ふつう? わたしと同じ、くらい?」と首をかしげても、ローレンシアは反応しない。


「帰ってくるのが遅かった、とは? お前たち三人で男爵の元へ向かったのではかったか」

「行きは三人でしたよ。ただ、ローレンシアは途中から別行動をしまして。僕の友人、トレッドと過ごしていたのですが」


 ぴくり、ローレンシアが身動ぐ。


「トレッドさま……」


 ぼんやりと宙を見つめたままつぶやき、ほんのりと頬を染める妹の姿にティンは苦笑した。


「どうやら、ずいぶんと楽しく過ごしたようで」

「あらあら、まあまあ! お熱はお熱でも、そういうことなの。ロールちゃんもそんなお年頃なのね!」

「なん……だ、と!?」


 コロナがうれしそうに声を弾ませる。

 それに対し、シャークは唖然とつぶやいて動きを止めた。どうやら思考も停止しているのだろう。瞬きすらもせずに固まった。


 夫人の言葉を勘違いしたらしい。エメローナが慌ててもう一度、ローレンシアの額に手を伸ばす。

 ぺちり。

 勢い余ってぶつかった手のひらには、さすがにローレンシアも気づいたらしい。

 はたと瞬いて、手の持ち主であるエメローナに眉を寄せる。


「エメローナ、食事中に人の額を叩くとは何事ですの。きちんと座って食事なさい」

「はわ、いつもの姉様です!」


 喜ぶエメローナを不審げに見ながらも、ローレンシアは停止していた時間など無かったかのように食事をはじめた。

 そしてそれを見ていた他の家族もまた、各々食事に戻っていく。


 ティン、エメローナ、コロネに続いてショークもまたようやく再始動したとき。


「そうだわ。わたくし、トレッド様とまたお出かけしましょうと約束をしましたの。家の都合で外せない日がありましたら、後ほど教えてくださいませ」


 ローレンシアがさらりと次の約束の話しを放り込んで、ショークが再び動きを止めた。


「あらあら、いいわねえ。あなた、ロールちゃんの予定をできるだけ早く決めてあげてね」

「え〜姉様またお出かけしてしまうんですか? わたしもいっしょに行きたいです!」

「こらこら、よさないかエメローナ。出かけたいのだったら僕が付き添うよ。それにしても、さっそく次の約束を取り付けるとは。我が友ながら抜け目ないねえ」


 母はにっこり。

 義妹は口を尖らせ。

 兄はほんのり呆れまじり。


 それぞれがそれぞれの反応を見せるなか。

 

「ロールが……『大きくなったら父様と結婚しますわ』と言っていたローレンシアが……」


 当主であり父であるショークはひとり、呆然とつぶやいていた。

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