第7話 きらきらがたくさんです!
ローレンシアとトレッドが馬車に乗り去った、オージィ男爵の屋敷にて。
オージィ男爵が先に立ち、一行は二階へと移動していた。
「二階の北側に大きな金庫のついた部屋がありましてな。あのブローチと一緒に購入したものはすべて、そこにしまっているのです」
「男爵……そんな貴重な品のある場所を案内してしまって大丈夫ですか? 僕らならば別室で待っていますから」
屋敷のどこになにがあるのか。
よほど親しければ知っていることもあるだろうが。
男爵になったばかりのオージィとティンは、先日の夜会で初めて顔を合わせた仲である。
当日は多くの客がいたため、たいした会話も交わしてはいない。今日、お茶を飲みながら話した時間のほうが長いほどだ。
気をつかうティンに、オージィは「はっはっは」と楽し気に腹を揺する。
「お気遣いくださいますな、本当に大切なものは別の場所にしまっておりますから。北側の部屋は元々の屋敷の持ち主が作った宝物庫と聞いておるのですが、どうにも使い勝手が良くないもので、物置がわりになっていましてな」
「ええ~。物置って、ねずみとか出ます? あたし苦手なのにぃ」
しょぼんと眉を下げたエメローナがティンの腕にしがみついた。
ローレンシアがここにいたならば「人の家を貶めるような物言いはおやめなさい!」と𠮟ったことだろう。
エメローナに関して様子見をしているティンでさえ「こら、やめなさい」とたしなめる。
けれど男爵は心が広かった。
少女の言葉に怒るでもなく、ふむふむとあごを撫でて思案顔。
「ううむ、ねずみはさすがに見たことがありませんな! 我が家の使用人たちがきちんと掃除はしてくれておりますからね。ただ、本当に物置なので、そんな場所にブレイド家の方をご案内したと知れたら、わしが怒られてしまうかもしれませんなあ」
「ははは。男爵は冗談がお上手だ」
「やだ! エミィ怒られるの嫌いです」
和やかに話しつつ歩けば、すぐに目的の部屋にたどり着く。
大きな扉だった。
広い廊下とほとんど同じ幅と高さ。
ひとりで開けるのは骨が折れるだろう。
前もって使用人に告げて開けさせていたようで、大きな扉は左右に開いて廊下の窓辺を塞いでいる。
そのせいだろうか、部屋に向かう道がずんと暗くなったように見えた。
「さあさ。お入りください」
促されるまま足を踏み入れた。途端に、ティンにべったりくっついていたエメローナがひとりで駆け出す。
「わあ! ひろーい!」
「こらこら、エメローナ。ぶつかって壊してしまったらどうするんだい」
部屋のなかは薄暗かった。
扉を開けたときに明かりもつけてくれたのだろう。
ランプのガラス越しに室内は照らされている。それでも部屋の入り口に立つティンから、部屋の奥に駆けて行ったエメローナの顔が見えないくらいには、薄暗い。
「窓が無いのですね」
「そうなのです。詳しいことはわからないのですが、前の屋敷の持ち主が宝物を守るためにに部屋をまるごとひとつの箱のように作ったとか」
(これでは災付きの品があったとして、ローレンシアが盗りに入るのは難しそうだ)
身軽さをもたらす品を所持してはいるため、部屋が二階にあることは問題ない。
けれど、侵入するための窓がひとつもないとなると、屋敷の内部に協力者がいなければ、ローレンシアの身が危なくなるだろう。
「兄様〜、こっちにたくさんきらきらしたものがありますよ!」
エメローナの呼び声に思案を切り上げて、ティンは薄暗がりへ。
彼としてはまっすぐ進んだつもりだったが、数歩進んだだけでつま先を何かにぶつけ、よろめいた拍子に壁にぶつかる。
ごん、よろよろ、どん。
瞬く間にふらふらになったティンに、男爵があわてて手を貸した。
「すみません、どうにも不器用なもので」
「そ、そうですか。ああ! でしたらこちらに良いものが」
オージィ男爵はさりげなく室内を誘導しながら、部屋の奥へ向かう。
たどりついた薄暗がりでは、エメローナが並んだ箱を前に楽しそうにしている。
「兄様、ほら見て! たくさん!」
「これは……すごいな」
壁一面にもうけられた棚の上、すべてにきらびやかな箱がある。
そのどれもが、あふれんばかりの宝飾品でいっぱいだった。
「改めて見るとすごい量ですな。どうしてこんなにも買い込んでしまったのか……爵位を手に入れて調子に乗っていたのでしょうなあ。いや、お恥ずかしい」
「ご自分で引き返せたのだから、男爵はきっとこれから大成しますよ」
ティンが口にしたのは、お世辞でも何でもない。
爵位を手に入れたころに件のブローチを手に入れたと聞いた。
強制的に焚き付けられた欲で身を滅ぼさずにいたのだ。ブレイド家に不審がられる程度には頻繁にパーティを開き、勧められるままに宝飾品を買いはしたようだが、それだけだ。
欲に弱い者であれば、物欲だけでなくあらゆる欲を暴走させて犯罪に手を染めていたかもしれない。
「しかし、これだけの量。どう処分なさるおつもりですか?」
「それが頭の痛いところでしてなあ。買ったものをそっくりそのまま処分してしまうのは、相手の商人の評判に関わりそうですし。かといって、欲しい人にあげてしまうのも、もしその人の元に怪盗が現れて驚かせては申し訳ないですし」
悩むオージィ男爵はどこまでも人が良い。
この人の良さが根底にあったからこそ、禍付きを身につけてもこの程度の影響で済んだのだろう。
男爵に断って、ティンは品々に顔を近づける。
(これは……完全に裏があるなあ)
力は大したことがないが、どれもこれも禍の種をかかえている。
古来より禍付きの品は、人の思いが凝り固まってできると言い伝えられていた。
ゆえに、これだけ多くの品々がそろって禍をまとわりつかせているなど、そうあることではない。
(まずは取り扱っていた商人の名を聞き出して、それからブレイド家の息がかかった商人を紹介して買い取りを申し出るか……)
「ねえ、おじさま。だったらこのきらきらした物たち、もらってはだめ?」
ティンが段取りを考えている真っ最中。
唐突にエメローナは言った。
「だっておじさまはもういらないけど、売ったりあげたりもできないのでしょう。でもでも、ブレイドのお家なら怪盗だってきっと来ないと思うの!」
自信満々にこぶしをにぎる、その姿は無邪気に見えるけれど。
(何が狙いだ? 教会から強引に養子として入ってきたから、何か裏があると泳がせていたけど……もしかして、ブレイド家の直系と同じように禍を見る目を持つのか?)
笑顔を絶やさないよう気を付けつつ、ティンは思考を巡らせる。
手先は不器用は彼だが、思考はこんがらがったりしない。
(たとえそうだとして、これらを我が家にもたらすその狙いはなんだ)
エメローナの言動は年齢のわりに、あまりに幼い。
それでも養子になってから今日までの間、振る舞いが一貫していた。そのことから単純にそういう性格なのかもしれない、という可能性を消さずにいたティンだが。
(やっぱりこの子には裏がある。改めて気を引き締めて振る舞わねばと、ローレンシアにも伝えておこう)
注意しつつも、もうしばらく泳がせようと密かに思う。
義兄がそんなことを考えているとも露知らず、エメローナはオージィ男爵と話している。
「ブレイド家ならば確かに、悪しき者を寄せつけはしないのだろうけれど。しかし、わしのようなぽっと出の者がお世話になるなど、ご迷惑ではないかね」
「大丈夫ですよ。だってブレイドのお家は正義の味方だもの。おじさまが困ってるのなら、きっと助けてくれるはずよ。ね? 兄様!」
エメローナが期待にきらめく視線をティンに向けた。
その隣では、男爵が申し訳なさそうにしながらも、期待を込めた視線でティンを見ている。
(彼女やその背後にいる者の狙いはわからないが、今回は好都合だな)
腹のなかであれこれと計算しているとは思えないやさしい微笑みを浮かべて、ティンはふたりに頷いた。
「男爵が望まれるならば、後ほどブレイド家から使いをよこしましょう。男爵の所蔵品を気に入って、譲ってもらうためにね」
「おお! ぜひぜひ。お願いしたい!」
丸い顔をほっこりとさせて、男爵はうれしそうだ。
「つきましては、無用な問題を起こさないために、これらの品を持ち込んだ商人についてうかがっておきたいのですが」
答えるティンもまたにっこりと笑う。ローレンシアに怪盗業をさせずに済みそうだ、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます