第4話 義妹なんて求めてませんわ!

 一行は屋敷のサロンに案内された。

 陽当たりの良いそこは広すぎず狭すぎず。ほどよく区切られた空間で、気に入りの本を片手に落ち着くには最適だろう。

 おあつらえむきに置かれたソファは、広々としたふたり掛け。ローテーブルを挟んで同じものが向き合うように置かれていて、使い勝手も良さそうだ。


 そんな素敵な空間にあって、ローレンシアはやはり不機嫌。

 その原因は、となりに座った義妹の存在だ。

 

 エメローナとローレンシアが並んで腰掛け、向き合う形でティンとトレッドが腰掛けている。

 オージィ男爵は入り口を背に、ひとりがけの大きな椅子に腰掛けた。

 大きいはずの椅子が、男爵の丸い身体でみっしり埋まる。

 そして皆で囲むローテーブルの上には、色とりどりの菓子と人数分の紅茶が並んでいる。


「わあ! このクッキーとってもおいしいです。ケーキのクリームがお花の形でかわいい〜。姉様ほら、見て見て〜!」


 給仕が下がるが早いか、手を伸ばしたエメローナ。

 あれもこれもと自分の皿に盛り付けて、隣に座る姉に見せている。

 山盛りの菓子にうんざりしたのか、きゃあきゃあと騒ぐ義妹がうるさかったのか。ローレンシアはついと顔をそむけた。


「わざわざ顔に押しつけてくれなくとも、同じ物がテーブルに置かれているのが見えないのかしら?」

「ええ〜? でも、わたしの盛り付けたのを見てほしいんですよぅ」


 見てどうなるというのか、ローレンシアにはまったくわからない。


 強いて言うなら訪問先の主、オージィ男爵が「どうぞ」と言うのを待って手を出すべきではあったが。

 男爵はにこにこ笑って見守っている。不愉快に思われた様子はないので、ローレンシアもわざわざ指摘するつもりはなかった。


「どうぞどうぞ。皆さま遠慮なく召し上がってください。どれもわしの経営する店で作られている菓子でしてね。平民でも買える値段でありながら貴族の方にも食べていただけるよう、改良に改良を重ねたものなのです」

「ありがとうございます。遠慮なくいただきますわ」


 男爵に促されて、ローレンシアはひとつふたつと菓子を皿に取る。

 それの何が気に食わなかったのか、エメローナはふくれつらだ。


「なんだぁ、姉様も食べたかったんじゃないですか。なんでわたしが見てって言ったときは怖い顔するんですか、もう。意地悪ぅ」

「…………おいしいですわ、男爵」


 ローレンシアはエメローナの視線をまるっと無視。たっぷりの沈黙を挟んで、男爵に笑顔を向けた。

 お手本のようなとてもきれいな笑顔なのに、なぜか底冷えがする。


 助け舟を出すべきか、出すならば誰に? それともこの場を早く終わらせるべきか。

 ティンは考えて、後者を選んだ。


「とても素敵なサロンですね。聴取に来たのを忘れてしまいそうだな」

「おお! 正統なる貴族の方にそう言っていただけるとうれしいものですな。この場所はわしも気に入っておりまして、買い取った時のまま使っているのです」


 男爵はほっこりうれしそう。


「聴取と言ってもあの日、俺とお前はずっと隣にいたからな。俺が見たのと同じ内容を調書に書くだけだ」


 騎士トレッドは派手な見た目そのままの、豪快な仕草で菓子を食べ紅茶を飲んだ。


 その通りとはいえ、あまりにも正直すぎる言葉。これでは物を盗まれた男爵が気を悪くするのではないか。

 ローレンシアとティンはそう思ったが、当のオージィ男爵はにこにこ笑いながら頷いている。


「ええ、ええ。騎士の方達にも気軽に休憩を取っていただくよう、お伝えしておりますから。ブレイド家の方々もどうぞゆったりとお過ごしください」

「けれど、男爵の持ち物が……」


 盗まれた、とは言いづらかった。

 必要なことであったとはいえ、自分たちの犯行である。

 完全にしらばっくれるのも良心がとがめる。


 言い淀むティンの様子を男爵は気遣いと取ったのだろう。

 ますます目尻を下げて人の良い顔で笑う。


「実を言いますとね、あの品はお付き合いをはじめたばかりの商人に紹介されて買った品のひとつでして。さほど思い入れも無いのです。商売がうまいのか、ついつい欲深になってしまっていたところだったので、これを期にお付き合いを改めようと思いましてね」


 商人あがりの男爵のこと。商売人同士の付き合いというものがあるのだろう。

 そんな酸いも甘いも知っているはずの男爵は、お菓子をぱくり、むしゃり。

 うまそうに食べて続ける。


「調子に乗りかけたのを怪盗に止めてもらった、というのもおかしいのでしょうけど。颯爽と去っていくあの姿を見てから、どうにも清々しい気持ちになっておりまして。今回のことはうっかり壊したとでも思って、すっぱり忘れようと思っているんです」

「そうですか」

 

 ぱちくり、瞬いたローレンシアは自分の胸がほうっと温まるのを感じた。

 

 怪盗をしていて褒めてくれるのは、事情を知る兄や両親だけ。

 世のため人のためとはいえ、人の物を盗むという行為は良いものでは無い。ローレンシアの心は知らずのうちに、疲れを溜めていたようだった。


「そうですか」


 男爵の言葉を噛み締めてローレンシアは微笑む。

 心からこぼれた柔らかな表情を偶然目にしたのは、向かいに座っていたトレッド。


「……げほっ」

「おやおや、トレッド。男爵のお菓子がおいしいからって慌てすぎだよ」

「いや……いや、うん」


 ティンが背中をさするのに、トレッドは答えようとして言葉を飲み込む。


 お前の妹の笑顔に見惚れてむせた。

 などと本人を目の前にして言えるほど、彼は女性慣れしてはいない。

 自分自身の思わぬ反応に戸惑いつつ、焦って口走る。


「俺もあの怪盗は美しいと思った。あの日見た姿がいまだに目に焼き付いている」

「まあ」

「おや」


 唐突に怪盗を褒めるようなことを言い出したトレッドに、ローレンシアは思わず頬を染め、ティンは軽い驚きの声をあげる。


 その反応で我に返ったのだろう。トレッドはわざとらしく咳払いをひとつ。


「い、いや。ただの個人の感想だ」

「いえいえ。わしもあの怪盗を美しいと感じましたよ。駆け抜ける駿馬を見送るような心地になりましたから」


 男爵が肯定して、にこにこにっこり。

 それだけで場がなんとなく丸く収まるのは、見事な丸顔のなせる技か。


 ほっこりほのぼの。

 穏やかな空気が流れる。

 ティンも、今は深掘りせずに置こうかと思いはじめたとき。


「おじさま、エミィほかのお品も見たいです! 同じ商人さんからたくさん買ったんでしょ?」


 元気な声がおだやかな雰囲気を吹き飛ばす。

 

「エメローナ、おやめなさい!」


 直球も直球。

 確かにティンとローレンシアは男爵の所持するほかの品々に怪しいものがないか確認したいと思っていた。

 けれどそれはあくまで自然な流れに任せて、あるいは隙を見てローレンシアがこっそりと行う予定のこと。


 このように唐突で、子どもの我がままめいたやり口は想定していなかった。

 無邪気を装い笑うエメローナがどんな意図を持って発言したかもわからない。


 なにより、男爵がもう良いと言っているのを蒸し返すつもりか。

 ローレンシアが叱責すると、エメローナはすかさず目を潤ませる。


「どうしていけないの、姉様。わたしはただ、残りの品物が盗まれていないか心配だったんだもの」


 うるうる、きゅるん。

 エメローナはどうして怒るの、と言わんばかりの顔と仕草を披露する。

 怒る気も失せたローレンシアが紅茶を傾けた。代わりに口を開いたのはティンだ。


「確かに、聴取のためとたくさんの人が出入りするなかに、怪盗が紛れていないとも限らないね」


 したり顔で言うが、そんなことはもちろん無い。

 怪盗本人であるローレンシアはここにいるのだし、その活動内容を決めているのはティンその人なのだから。

 とんだ茶番である。


「わあ! さすがは兄様。そうなの、わたしそう言いたくって!」

「男爵、不躾なお願いだとは思いますが」


 声弾ませるエメローナにひとつ微笑んで、ティンは申し訳なさそうに眉を下げた。


「いやいや、構いませんよ」


 男爵は手をふりふり、朗らかな笑顔を見せる。


「今日で聴取も終わりと聞いていましてね。皆様を見送ったら、処分のために確認をするつもりでしたから。騎士団の方々もそろそろ引き上げの時間でしょう。年寄りの相手をさせるのも何ですが、よろしければ午後のお茶をご一緒しつつ見てやってください」

「それはうれしいな」


 目的が達成できるとあって、ティンはうれしそうだ。

 ローレンシアも禍を見ることはできるが、より繊細に読み取る力はティンのほうが上。

 役割分担としても、あるべき形におさまりそうだとローレンシアがひそかに安堵する。


 甘味処に寄る約束は無くなりそうだけれど。

 ほんの少し残念に思ったローレンシアを横目に、ティンが続ける。


「トレッド、僕の代わりにローレンシアのお出かけに付き合ってやっておくれよ」


 にっこり笑う兄の横顔を見つめ、ローレンシアは瞬いた。

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