第3章 憂鬱な夜
家に帰ってから一人でベランダに出た後僕はまた一本、煙草に手を出していた。空虚だった肺に煙が入り、足りていなかったものが満たされた気分になって行く。一日に何本も吸うわけであるが夜一人で吸っていると月川愛のことをよく思い出してしまう。今日なんていうのは余計に思い出してしまう夜であった。
愛莉に会ってこの言葉にし難い孤独のようなものを紛らわせることができるかとも思っていたが。なんだか今日は彼女の言う通り心ここにあらずといった調子であった。彼女はもう生きていないのだ。とても不思議な気分である。
半年が経つうちに彼女の存在が徐々に薄まって行くのも感じていた。だがまたこうして彼女の存在が自分の中で大きくなると彼女のことばかり考えてしまう。僕の知る彼女は確かに活発な人間ではなく、静かで品のある女性だった。どこか掴めない所もあり、これがまた僕の好奇心を大いに刺激した。彼女は最後にいったい何を見てどう感じてどんな感情でこの世を去ったのだろう。明日起きたら彼女が最期を迎えた海のほうに行ってみたくて仕方がなくなった。
僕は吸い終わった煙草の火を消し、水を飲んだ。明日学校には一応顔を出さなくてはいけないなと思いながら学校が終わった後彼女が最期を迎えた海に行こうと決心し、電車の予約をした。床について寝ようにも彼女のことを考えるあまり、ろくな睡眠などとれはしなかった。彼女とは一度海に行ったことがある。彼女はその時なんだか切ない目をしていた。遠くに浮かぶ船を見て彼女は
「人間って小さい生き物なんだね、どんなに頑張ってもこんな自然に抗って生きようだなんて無理があると思うの。」
と僕に言った。
「人間はこれまで自分の欲望を叶えるために度を越えた行動をしすぎたように思うよ、これが当たり前になってしまって生きている僕らも同罪なのかもね。」
僕らの会話はそこで途切れた。
「もう行こうか。」
僕はこの沈黙に耐えることができなかった。
「そうね。」
彼女はそう言って物哀しそうに海を眺めてそう言った。
「なにか海に思い入れでもあるの?」
と僕は気になって聞いてしまった。
「違うの、ただこう、海という存在の大きさを改めて知って人間スケールがいかに小さいか気付かされてしまった気分なの。」
「そっか。」
僕は物事を文学的に語る彼女の姿を見て、彼女にまた惹かれてしまった。
そんな思い出に耽っている内に朝日はとうにこの街を照らしていた。カーテンを開けると求めてもいない光が入ってくる。
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