第2話

 先遣隊から地図には載っていない小さな集落など、周辺の情報を教えてもらってから僕らは別れた。口ではヘトヘトだと言っておきながら、疲れを感じさせないきびきびとした動きで去ってゆく彼らを見送ってから、僕らも行動を開始する。

「フリッツ、使い魔を飛ばせ」

 僕はまず、このチームで唯一の術技兵、つまり魔法使いであるフリッツにそう指示した。僕の指示を受けて、フリッツがバックパックからトンビによく似た大型の鳥が入った鳥籠を取り出す。中に入っている鳥からは生命の息吹など微塵も感じられない。瞬き一つ、身じろぎ一つせずに翼を畳んだ姿勢のまま止まり木に止まっている。一見すれば、剥製にしか見えない。もちろんただの剥製ではないし、正確にいえば剥製ですらないのだが。

 フリッツは籠から鳥を取り出すと、空高く放り上げた。ラグビーボールのように放物線を描いて飛んでゆくそれが、最高高度に達した時。突然、鳥が息を吹き返したように勢いよく両翼を開いた。そのまま二度、三度と大きく羽ばたくと、ぴーひょろろ、と哀しげに一鳴きしてからぐんぐん上昇してゆき、やがて僕らのはるか頭上で旋回を始める。

 それは本物を精巧に模して造られた偽物の鳥、軍用の人工使い魔だ。本来、動物を使い魔として使役するには契約を結び、定期的に魔力か或いは契約者の体液を与える必要があるという。そして、一度契約したらどちらかが死ぬまで契約は続く。一方的な破棄は許されない。

 そういった面倒を省くために開発されたのが人工使い魔だ。何を材料にしているのかはさっぱり分からないが、本物そっくりに作られた体に内蔵されている魔導機関へ魔力を込めると起動し、起動中はその術士にのみ従う。内蔵されている魔導機関は作り物の鳥に命を吹き込むだけでなく、チーム間の通信を本部へ中継したり、腹の部分に埋め込まれている水晶の瞳が映す地上の風景を映像としてリアルタイムで送ってくれるといった本来の使い魔にはない機能も備わっている。空を舞う動きはまるで本物のトンビにしか見えないのだから、敵に見られても疑われるようなことはない。そして、用が済んだら魔導機関を停止させればいい。再び剥製に戻った鳥は、次に魔力を込めた誰かに同じように従う。


「……感覚共有は良好。交信状況も正常です」

 何かに集中するように目を閉じていたフリッツが、やがて僕にそう報告した。毎度のことながら鳥類、の模造品、と感覚を共有するというのはどんな感じなのだろうか。そんなことを思いつつ、僕は光術バイザーのディスプレイ上にトンビの視覚情報を呼び出した。視界の端に、自分たちを遥か高見から見下ろしている映像が映し出される。それを確認してから、僕は星辰波交信具を起動させた。

「こちらハウンド・シックス。本部、応答願います」

 首元に括りつけてある小型送信具に囁くと、しばらくしてヘルメットに内蔵されている受信具に本部からの応答が入る。僕は続けて転移の成功とチーム全員の無事を告げ、これから状況を開始すると報告した。

「よし。交信はクリアだ。行くぞ」

 いって、僕はチームに隊列を組ませる。


 先ほど別れた先遣隊や、その他多くの特殊部隊がそうであるように僕らのチームも四人一組だ。まず、経験豊富な術技兵であるフリッツに隊の先導を任せる。今夜、僕らがここにいることは誰にも知られていないとはいえ、一応この辺りは敵の支配地域だ。何かしらの結界や魔法的な罠がないとも限らない。なので、チーム唯一の術技兵であるフリッツに使い魔による上空偵察と魔法探査を並行しつつ、前方警戒にあたってもらう。

 その後ろに続くのは一応、このチームのリーダーである僕だ。

 最後衛はアダムスに任せる。このチームだけでなく、先進魔導戦開発グループでも最先任の下士官たるアダムスとは入隊して以来の付き合いだ。妙な巡り合わせで僕の方が先に階級を追い越してしまったが、実は彼の方が軍歴も長い。もっとも信頼のおける相棒であり、安心して背中を預けられるのは彼だけだった。

 そして、最後の一人。ラトレルはなんとつい先日、選抜テストをクリアしてきたばかりの新人だった。それどころか、士官学校を卒業したばかりの新品少尉であり、軍に入ってからはこれが初めての実戦だという。士官学校に入れるほど優秀で、過酷な特殊部隊員の選抜テストをクリアできるだけの実力もあるのだろうが。作戦前に行った習熟訓練の動きを見るとやはり少し頼りない。なので、今回はひとまず、僕の補佐ということにしておいた。

「要するに、大尉の傍を離れるなってことです」

 僕が指示を出し終えたところで、アダムスが念を押すようにラトレルに言った。

「良いですか。少尉はともかく、俺たちに遅れず着いてくることだけ考えててください。それが出来れば、今回は御の字です」

 まるで子供のような扱いだが、それも仕方がない。なにせラトレルは士官学校を卒業したばかりの、正真正銘の新品少尉なのだ。兵隊にとっては神にも等しい存在である魔導軍上級曹長のアダムスからみれば、おむつもとれていない赤子にしか見えないのだろう。どうして俺たちが子守りなんぞしなければならないのかと任務の前にも散々愚痴っていた。

 そもそも。通常なら将校でも一般部隊で数年の経験を積まなければ特殊部隊には入隊できない。だというのに、どういうわけだかラトレルはその過程をすっぽかしてやってきた。なんでも士官学校を首席で卒業したからだという。理由は何であれ、アダムスには、規則を捻じ曲げて入隊してきたという事実が何より気に食わないようだ。

 まあ、アダムスの気持ちも分からなくはないが、だからといってその不満をラトレルにぶつけるのは少々筋違いな気がする。新品少尉風情に軍の規則を捻じ曲げるような力などあるはずがない。結局、全ては上が決定したことで彼はそれに従っただけなのだ。


 それに僕は新人少尉を抜擢するという異例に決定について、ある程度事情を察せるだけに、ラトレルに対しては同情的だった。たぶん、彼が選ばれたのは指揮官として将来有望な若者で、かつ軍に入って間もないからなのだろうと僕は読んでいる。

 どういう意味かといえば、僕ら先進魔導戦開発グループは反アメティカ的魔法使い暗殺なんていう、法的にも道義的にもぎりぎりアウトな任務をこなしている極秘中の極秘部隊だ。確かに新入りが経験豊富な特殊部隊員であればあるほどありがたいけれど、その経験を積んだ分だけあちこちで顔が知られているということでもある。元々が閉鎖的な軍隊という組織の中で、特殊部隊のコミュニティはさらに輪をかけて狭い。その中で例えば、以前所属していた部隊の同僚が「そういえばアイツはいま、どこの部隊にいるのだろう」という好奇心を抱くことがあるかもしれない。連絡を取ろうとしたり、居場所を探そうとすることだってもちろんあるだろう。たとえ政府と軍がどれだけ厳格な情報統制を行っていたとしても、ほんの些細なきっかけから元度横領が真実に辿り着かないとも限らない。

 そうした危険、というか面倒を少しでも減らしつつ部隊を存続させてゆくための一つの方法。それが今回の、異例の新品少尉抜擢の理由なのではないか。要するに、将来有望な若者が下手に軍内部で顔を売るより先に、さっさと秘密のベールの内側へ引きずり込んでしまえと、そういうわけだ。

 なんとも乱暴な計画にも思えるが、万年人手不足で悩んでいるのは現場だけとは限らないということなのかもしれない。


 隊列も決まり、アダムスのお小言も終わり、さて。いざ出発となった段だった。

「アメティカ軍最高のオペレーターだと名高いクロード大尉と任務を共にできるなんて光栄です」

 唐突に、ラトレルがそんなことを言い出した。

「なんだそれ……いったい、誰がそんなことを」

「選抜の際、教官殿が繰り返しおっしゃっていました。貴方は伝説だと」

 顔を顰めて聞き返した僕に、ラトレルが答える。その顔には素直な尊敬が浮かんでいて、僕はますますげんなりとした気分になった。

「今回の選抜担当っていうと」

「アメリア・コールドウィン大尉です」

 誰ともなしに確かめようとした僕の言葉を引き継ぐようにラトレルが言う。

「ああ、彼女か」

 アダムスが得心のいった様子で頷いた。

「確かに。お前さんを崇拝してたな」

 そういって、意地悪く笑うアダムス。僕はそれを無視して記憶を辿った。アメリア。アメリア。人の名前を覚えるのは苦手だ。しかし。アメリア・コールドウィンといえば、確か一年ほど前まで僕のチームにいた戦闘支援担当の術技士官だった。昇進と同時に別チームへ異動となったのだが、妙に僕に対してへりくだったというか、馬鹿丁寧な態度をとる女性だった。そういえば、その頃も誰彼構わず僕のことを大げさに吹聴して回っていた気がする。だからこそ憶えていたのだが。

「……他に妙なことをいってなかったか?」

 嫌な予感がして、僕らはラトレルを問い詰めた。

「ええと。貴方はアメティカ軍史上初の、非術技兵から特殊部隊員になった方だと。それで、今もなおアメティカ軍の特殊部隊が非術技兵を受け入れているのは貴方の功績が多大だったからだ、とも」

 予感が的中し過ぎて、僕は思わず失笑してしまった。純粋な若者に嘘を吹き込むなと、今度コールドウィンにあったらキツく言っておこうと思った。

 そもそも。僕は仕事のことで褒められるのが好きじゃない。誰だってそうだろう。人殺しが得意だなんて、褒め言葉にもならない。

 しかし、ラトレルもラトレルだ。素直というか、人の言葉を鵜呑みにしてしまうという点では世間知らずというべきか。なんにせよ、彼は僕に関して大きな思い違いをしている。

 確かに僕はアメティカ軍特殊部隊が非術技兵、つまり魔法が使えない一般兵を採用し始めた際の第一期生だった。けれどそれは僕がすごかったからでもないし、もちろん僕一人がそんな特別扱いを受けたというわけでもない。

 

 そもそもアメティカ軍が魔法を使えない兵士にも特殊部隊の門戸を開いたのは、とある作戦の大失敗があったからだ。反アメティカの魔法使い至上主義者たちとの戦いの最中で起きた事故ともいえる事件で、対魔法戦特殊部隊員が一度に十人も命を落とした大惨事だった。被害の大きさから軍も政府も隠し通すことができず、公表されることとなったこの事件は今もなお、アメティカ軍特殊部隊の歴史における最悪の悲劇として名高い。時の国防長官は失われた十名の特殊部隊員を指して「一個師団に匹敵する戦力を失ったに等しい」と嘆いたという。それはたぶん、誇張でもなんでもない。遥か昔から魔法戦闘に長けた精鋭魔法戦士の戦闘力は一騎当千と謳われてきた。それが一度に十人も戦死したのだ。むしろ、一個師団という表現さえ控えめだったのかもしれない。

 ともかく。この一件を受けて、政府は軍特殊部隊の大規模な再編に着手した。その一環として、これまでその資格が与えられていなかった一般兵士にも選抜テストを受けることを認めたのだ。硬直しつつある特殊部隊組織の風通しを良くするため、というのがその建前だったけれど。本当のところは、魔法戦闘に長けた精鋭魔法戦士を使い捨てるにはあまりにもコストが高すぎるということなのではないだろうか。要するに、僕はその代用品の一つとして選ばれたに過ぎない。

 もちろん、魔導技術の発達に伴って、魔導兵器の威力も年々向上しており、魔導化歩兵が発揮できる火力も以前とは比べ物にならないということもあるのだろうけれど。

「ともかく、僕は最高のオペレーターでもなければ、伝説でもないよ。もしも僕が優秀なのだとしたら、それは僕を教育してくれた人がとびきり優秀だったっていうだけの話さ」

 ラトレルの誤解を解くために僕が口にした言葉は自虐でも謙遜でもない。ただの純粋な事実だ。

 真実。僕はその人から全てを教わった。魔法使いとの戦い方も、彼らを殺すための技も、戦場で生き残るための術も。この世で生きてゆくための知恵も。なにもかも。

「それに僕が伝説だとしたら、そこにいるアダムスは神話だ。そいつは僕よりも軍歴が長い上に、僕と同じ時期に特殊部隊入りした非術技兵の一人だぞ」

「特殊部隊の同期の中じゃお前が一番出世頭だけどな」

 僕に矛先を向けられたアダムスがからかうように言い返してきた。同期で生き残ってるのは僕らだけだろ、と言いかけて僕は言葉を飲み込んだ。新品少尉が初任務に臨もうとしている時に、余計な不安を与えたくないと思ったからだ。

「もういい。無駄話は終わりだ。さっさと足を動かせ」

 僕は指揮官権限をもって話しを切り上げると、足を速めるよう二人に命じた。実際、夜明けまでには任務を終わらせないといけないのだ。無駄にできる時間はほとんどない。

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