第一部 先進魔導戦開発グループ

第1話

 かつて、この世界は魔法使いたちのものだった。その当時、魔法を使うことのできない人々の扱いは奴隷や家畜とほぼ同然だったという。奇跡の力を持つ者だけが魂ある存在だと考えられていたからだ。

 けれど、ある時「こんなことはもうやめよう」と云いだした人たちが現れた。彼ら解放者は魔導式を発明し、人々に魔法の道具や武器を与えると、全人民の支配からの解放を目指して戦いを始めた。

 その戦いに勝利した人々が作り上げたのが、自由と平等の国アメティカだ。


 けれど。解放戦争はまだ終わっていない。

 世界にはまだまだ、旧態依然とした魔法使いによる支配がまかり通っている国や地域がたくさんあるからだ。力による支配と抑圧から人々を解放するため。魔法使いと、そうではない人との間にある不平等を正すため。自由と平等の守護者を自任するアメティカは今もなお、万民解放のための聖戦を続けている。

 だから、僕は人殺しになった。

 別に望んでこうなったわけじゃない。幾つかの偶然と不幸、或いは幸運。それに成り行きが加わって、気付いたらこうなっていたという方が正しい。要するに、周りに流されるがままに流されて行きついたのが、このどん詰まりだったというだけの話なのだけど。


 アメティカ魔導軍、先進魔導戦開発具グループ。

 それが、僕の所属する部隊の名だ。

 陸海空、それに海兵隊とともにアメティカ五軍を構成する魔導軍は、戦略級と称される大規模な破壊壊術式や、それらから国土を防衛する魔法障壁の管理運用などを担っている。そうした任務の性質杖、各分野における専門的な戦闘集団である他軍種とは異なり、どちらかと言えば研究や技術者集団といった側面が強い。けれど、軍である以上、その存在の第一義は戦闘だ。そのために当然、魔導軍も他軍種と比べれば小規模ではあるけれど、戦闘部隊を持っている。中でも総司令部直下に置かれた特殊部隊「特殊戦術群」は、対魔法戦においてアメティカ全軍でも最強との呼び声が高い。

 僕ら先進魔導戦開発グループはその特殊戦術群の分遣隊として創設された極秘部隊だ。主な任務は対魔法戦、要するに魔法使いとの戦いにおける新装備や新戦術の開発、試験、評価を行うこととされていた。

 地上における全人類を魔法使いの独裁的な支配から解放することを至上の命題にしているアメティカ軍にとって、最大の敵は言うまでもなく敵の魔法使いだ。特に、僕のような魔法を使えないただの兵隊にとって、戦場で敵魔法使いと相対することは通常、死を意味する。彼らはその指先一つで、僕らが持つ呪杖から放たれる呪いの弾よりも遥かに大きな破壊と死を撒き散らすことができるからだ。そのため、魔法使いと戦うための特別な装備や戦術が必要とされた。それを考えるが、僕らの仕事というわけだ。

 先進魔導戦開発グループにはアメティカの各軍から引き抜かれてきた対魔法戦のエキスパートたちと、軍民問わず国中から集められた最優秀の頭脳と技術を持った術士たちが所属している。研究者たちが予算を湯水のように使って開発した新装備や技術の有効性を僕ら実証部隊が検証し、運用法をマニュアル化して軍の戦術システムに組み込む。そうやって僕らがこれまでに開発してきた様々な装備や戦術はアメティカ五軍の戦力を大いに増強してきた。例えば、現在ではアメティカ軍のみならず各国の軍隊が採用している近接魔法戦闘術や対魔法戦術の基礎理論を作り上げたのも僕らだ。

 けれど、その事実を知っている人間はあまりいない。前述した通り、僕らは極秘の部隊だからだ。そのため、僕ら先進魔導戦開発グループの存在を知っているのは魔導軍総司令部の要員と、アメティカ軍の特殊作戦の一切を統括している特殊作戦軍のトップ、そして一部の政府高官だけ。軍が公表している編成表には記載されていないし、議会の予算会議でも名が上がることはない。つまりは、表向き僕らは存在しないことになっている。

 どうしてそこまでして僕らの存在をひた隠しにしているかといえば、一つは機密保持のためだとされている。僕らが開発中の装備や技術に関する情報が万一にでも漏洩して、それを敵に知られてしまえば、完成前に対策を講じられてしまうかもしれない。そうなれば、膨大な時間と莫大な資金をつぎ込んだ研究が水泡に帰してしまう。

 そうした事態を防ぐため、というのがまず一つ。

 そしてもちろん、真実というものは例外なく多面体をしている。だから、この事実もまた真実の一側面に過ぎない。

 いや、部隊設立当初は確かに、それが唯一の真実だったのだ。部隊の専門性と機密性に目を付けたとある政府高官が、我が国の安全保障に関わる重大な脅威の速やか、かつ、密やかな排除という任務を僕らに命じるまでは。

 我が国の安全保障に対する重大な脅威、というのは当然、アメティカに対して敵対的な魔法使いたちのことだ。反アメティカを標榜する国家の元首だとか、魔法使い至上主義を掲げる団体やテロ組織の指導者だとか、そういった連中が含まれる。そして、その速やか、かつ密やかな排除とは、端的に云ってしまえば暗殺のことだ。

 そう。要するに僕ら先進魔導戦開発グループはアメティカが誇る魔法使い専門の暗殺集団なのである。

 そもそも、魔法使いを殺すために最も有効的な手段は暗殺なのだ。何故なら、魔法使いとの戦いを制するためには、如何に相手に魔法を使わせないかというのが重要になってくるからだ。そのためには物陰からひっそりと機を窺い、気配を消して背後から忍び寄り、一撃で喉を掻き切り、心臓を貫いて息の根を止めるのが最も確実で手っ取り早いのだ。

 陸軍や海軍、それに海兵隊も似たような対魔法戦専門の特殊部隊を持っているけれど、僕らほどの筋金入りは他にいない。何しろ、彼らに魔法使いの殺し方を教えてやったのが僕らなのだから。

 圧政によって虐げられる人々を解放するためだとか、紛争に巻き込まれて困窮する人々を救うための人道支援だ、などと綺麗事を並べ立てて他国への軍事介入を繰り返しているアメティカは、そうでなくても色々な国や人たちから顰蹙を買っている。そこへきて、実は裏では国家主導で暗殺を行っていました、などということが公になれば、非難轟々どころの騒ぎではなくなるだろう。ここまで言えば、その実行役である僕らがあたかも存在しないかのように扱われている理由を分かってもらえると思う。


 強烈な閃光がようやく落ち着いて、身体が引き伸ばされているような感覚も消えた頃。僕はゆっくりと瞼を持ち上げた。

 そこは暗い夜の森の中だった。僕ら立っているのは少し木々が開けた場所で、足元には青白い魔力の燐光が燃えカスのように燻っている。

 僕は即座に警戒態勢を取った。片膝を突き、杖を構えると周囲の状況をより詳細に確認するため、ヘルメットの光術バイザーを起動させる。目の前に薄い光の膜が張られて、視界が一気に明瞭になった。

 見回した限り、ひとまずの危険はなさそうだ。そう判断した僕は次に、チームの全員が揃っているか、声をかけて確認した。

 転移陣を用いた敵支配地域への隠密潜入は、先進魔導戦開発グループの常套手段だ。僕ら以外の特殊部隊が未だに使っている伝統的な空挺降下や潜水などよりも敵に発見される危険が少なく、ほぼ一瞬で世界中のどこへでも部隊を展開させることのできる便利なものだが、もちろん万能というわけでもない。一度起動させるだけでも、アメティカの一般的な家庭が一年間で消費するのとほぼ同じ量の魔力が必要になるし、転移先にも前もって陣を設置しておく必要がある。そしてもう一つが、事故の危険性があるということだ。時々、転移に失敗して散らばってしまうヤツがいる。散らばる、といっても転移先の座標が、という意味じゃない。転移中のアクシデントによって、転移後に肉体の一部か、或いは全身そのものが文字通り四散してしまう現象を指して僕らはそう呼んでいる。主に転移中の姿勢が悪かったりすることで起こるらしいのだが、僕がこれまでに見たことのある中で一番酷かったのは、下半身が綺麗さっぱり吹き飛んで、その欠片と中身がそこら中に散らばってしまったヤツだ。その時は転移して早々地獄絵図で、任務どころではなくなってしまった。

 今回はそんなこともなかったようで、僕は少しほっとした。他にも慣れないうちは転移時の独特な感覚に酔ってしまい気分が悪くなることもあるが、それは乗り物酔いと一緒で放っておけば治る。

 メンバーと声をかけあってお互いに心身共に異常がないことを確かめたところで、近くの茂みが小さく揺れた。一瞬で全身の筋肉が緊張し、思考よりも早く肉体が戦闘態勢に切り替わる。

「待て待て、撃つなよ」

 言いながら、一斉に杖を構えた僕らの前に現れたのは魔導軍の特殊戦術群の部隊章を付けた大尉だった。先行していた長距離斥候班の指揮官だろう。彼を見た僕は、チームに杖を下ろすよう手振りで示した。それに大尉もまた周囲へ向かって何かの合図を出す。すると、木々や茂みの影に身を隠していた彼のチームがそろそろと歩み出てきた。

「任務、ご苦労様」

 僕は短い労いの言葉を口にしつつ、大尉に片手を差し出した。大尉がどうもといいながら僕の手を掴む。

「しかし、聞いてはいたが便利なもんだな」

 僕らの足元に目を落としつつ、大尉が驚いているような羨ましがるような声で言う。もちろん、転移陣のことについていっているのだろう。

「ここまではどうやって?」

「西の国境までは送ってもらえたんだが、そこからは徒歩だな」

 三日も歩き詰めでヘトヘトさ、と大尉がうんざりしたように肩を竦める。僕らをあの地下室から一瞬でここまで連れてくるためにそれだけの距離を延々と歩いてきてくれたと思うと、それが彼らの任務であるとはいえ、頭が下がる。

 もっとも、ここからは僕らがへとへとになる番なのだが。

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