第112話 最後の決断

「僕は……戦いたい。だけど……」


 谷町さんはそう言い、振り返る。


「……僕1人で勝てないだろう。その予感がある……」


 谷町さんの顏には……後ろめたさがあった。

 とても卑怯なことを自分は口にしようとしている。

 その自覚があるのか。


「僕には夫として、父としての責任がある。意味無く勝算の無い戦いに飛び込むことはできない……だから」


 そこから先の言葉。

 それは予想できたことで


「……各自、ここで1回解散して1時間1人で考えてくれ。そして僕に賛同できるなら戻って来て欲しい。……それで全員揃わないなら僕は諦める。……けれど」


 もし、1時間後に全員集合出来たなら……大阪王に挑もう。


 そういうことか。


 ……分かりました。


「なるほど。そういうことですか谷町さん」


 天王寺さんが最初に口を開き。


 くるり、と背中を向けてこの天守閣から立ち去っていく。


「リカちゃん!」


 なっちゃんがその背を追おうとするが


「ナツミ、ここはバラバラになるときよ。……あなたも1人で考えて。大阪王に挑むか否か」


 強い口調でそう告げる。


 そう……ここは1人で考えないといけない。

 人が2人以上集まると、同調圧力が発生する。


 そんなものが無い状況で、1人で決めなきゃいけないんだ。


 なっちゃんは少し悲壮な表情を浮かべる。

 今になって、谷町さんの言ったことの本質が分かって来たのか。


 ……ここは俺も心を鬼にしなきゃいけない。


 俺も背中を向けた。


「なっちゃんも1人で考えるんだよ」


 そう言い残して。




「桜咲いてるんだな」


 俺は大阪城を出て、近場の広場に立ち寄った。

 いや、庭園かな。


 公園っぽい場所で、桜がいっぱい植えられていた。


 そして、季節なのかどうか分からないけど……

 満開の桜が。

 まだ日が高いから、暖かい日差しが。

 典型的花見日和。


 ……会社でのお花見、入社時に1回やったきりで。

 2年目は忙しくて、花見の話持ち上がらなかったよな。


 楽しかったよな。花見……。


 ……さて、考えるか。


 大阪王。

 俺が見た限り、あれは邪悪な存在じゃない。


 多分、世界の法則が人格を持った存在だ。


 なので、必ずしも倒さないといけない存在では無いと思う。


 けれど……


 あの法則を制御できないと、この地獄の大阪の環境が変わることはおそらく無いだろう。

 俺たちだって、いつか後から生まれて来た別の邪悪な大阪スキル使いに倒されて、四天王の資格を奪われる日が来て。


 また元のように、新しい中津や天海、樽井が跳梁跋扈する地獄が蘇ってくるかもしれない。


 そうしないためには、大阪王のチカラを手に入れることは必須、だよな。


 じゃあ、戦うしか無いか。

 色々積んで来たこと、それを無駄にはしたくはないし。


 ……しょうがないよな。


 今思うと、自分の行動が何をもたらすのか深く考えないで、ノリで行動を起こすことが多かった俺だけど。

 この選択は間違いじゃない。


 それは胸を張って言えると思うんだ。


 ……よし。


 俺は、引き返すことにした。

 大阪城の、天守閣に。




 天守閣に戻ると。


 すでに、天王寺さんとなっちゃんも戻って来てて。


「あら、遅かったですね。てっきりナツミが最後になると思っていたってさっき話していたんですけど」


 天王寺さんが微笑みながらそう返して来て


「自分じゃそんなに長く考えていた自覚無いんだけどね」


 そう笑い返した。


「ケンタさん」


 その、一番悩むと思っていたなっちゃんが。


「私、ここで戦わないと絶対に後で後悔すると思ったんで、決断しました」


 その顔は緊張で強張っている。


「そうね。それに……」


 天王寺さんは、そこに付け加えた。


 私たち大阪落人には、死の先があるから。


 うん……そうだね。

 それは確実にあるよね。


 天の声による裁判が。


 だから先が分からないネイティブよりは、死の恐怖は強くないと思う。


「その状況で、挑まないのは確実に大きな失点になると思うんですよ」


 楽しそうに笑いながら自分の見解を述べる天王寺さん。


 ……なるほど。


 俺も釣られて笑ってしまう。


「……決まったようやな」


 俺たちの会話から、俺たちの出した結論を知るに至った大阪王。


 傍でじっと話を聞いていた彼は。

 その腕を大きく広げ


 こう宣言する。


「さぁ……かかってこんかい。……人間ども」


 その言葉と同時に。

 俺たちは芝生の広場に移動していた。


 瞬間転移……!?


 戸惑うが、今はそんな場合じゃない。


 俺たちは


「大阪スキル発動ッ!」


 全員同時に。

 大阪スキルを発動させた。


 ……ひょっとしたら最後になるかもしれないが。

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