第106話 未来への責任

「やっと、歯が生えて来た」


 家、というか店。

 俺は朝起きて、寝巻のまま鏡の前に立ち。

 3日で折れた歯が生えて来たことに安堵と興奮を覚えていた。


 あの後。

 なっちゃんと天王寺さんのヒーリング・スペル二重奏と、アホヒーリングの合わせ技で脅威の回復力。

 内臓破裂はすぐに治り。

 折れた永久歯も、この通り。


 3日で治った。

 アホヒーリング、すげえ。


「おはようございます……あ、逢坂さん、歯が生えたんですね」


 洗面所に入って来た天王寺さん。

 もうすでに部屋着に着替えて、いつも通り隙無くキチンとしてる彼女。


 そんな彼女が俺の様子を見て、そんな一言。


「うん……おかげさんで。ありがとうね。ヒーリング・スペル」


「いえいえ。逢坂さんのアホヒーリングのお陰も多いんじゃないでしょうか?」


 お礼を言うと、謙遜される。

 ヒーリング・スペルによる回復促進力があったからこその3日だし。

 謙遜は要らないよ。


 しかし……


 俺は、あのときのことを思い出す。




 樽井の奴隷が樽井を射殺して。

 怒り狂っていた奴隷が、積年の恨みを晴らすために死んだ樽井に銃弾を撃ち尽くし。

 その弾切れを起こしたトカレフを捨て、次のトカレフを探しはじめたとき。


「それぐらいでやめておけ」


 谷町さんが一喝したんだ。

 その反逆奴隷に。


 奴隷はキッと谷町さんを睨みつけ


「黙れ餓鬼! 私がこの化け物にどれだけ酷い目に遭わされたと思ってる!?」


 その顔は鬼の表情で


「樽井の気まぐれで、私は散々玩具にされてきた! それがお前なんぞに分かってたまるか糞餓鬼がッ!」


 唾を飛ばしながら、自分の復讐の正当性を訴える。

 ……正直、谷町さんがこれを言うのは意外だった。


 谷町さんだって、樽井の事を憎み続けて来たはずだ。

 だったら、奴隷に同調したって何も不思議もないはずなのに。


 なのに、谷町さんは


「お前の痛みなんて、僕は知らない……それに、そいつの魂はすでに地獄あるんだよ。抜け殻をいくら破壊しても意味はなく」


 女性に全く同情を向けずに


「そいつはそんなこと、全く気にしない……だから、やめろ。これは命令だ」


 ……谷町さんに詰められ、奴隷女じゃ全然太刀打ちできない。

 当然だけど。


 樽井の死体を残し、憎々し気に立ち去って行く。

 覚えていろ、いつか復讐してやる、そんなことを言いながら。


 そして残された樽井のハチの巣になった死体から。

 輝く球体が浮かび上がって来た。


 そしてそれをスタスタと歩いて掴み取り。

 最後の大阪四天王の資格は、谷町さんが入手した。


「……あとは、梅田さん、天王寺さんを治療してあげて、ある程度治ったらその後速やかに逢坂さんを2人掛かりで」


 指示を飛ばした。




 その後、谷町さんは樽井の死体を道頓堀に捨てた。

 何で谷町さんはそんなことをしたんだろうか?


 道頓堀からハイエースで帰るとき。


 どうしても気になったから、聞いてしまった。


 すると谷町さんはこう答えた。


「……最初は樽井を殺せれば後はどうでも良かった。刺し違えてもいいとすら思っていた」


 ぽつり、ぽつりと


「子供を作ったのもそのためだ。樽井との殺し合いで、道連れの選択肢を作っておきたい。なんだかんだ言って、僕は母さんの一人息子なのは事実なのだし、血を残しておかないと、母さんの血を引く人間が1人も居なくなってしまう」


 なるほど……


「だけど……そのために5人花嫁候補を身請けし、彼女たちと家族として生活を共にして、本当に自分の子供ができると……樽井を倒した先が気になるようになってしまったんだ」


 こんな酷い世界で子供を作ってしまうのは、無責任なんじゃ無いのか?

 せめて、もう少しマシな世界にしておくのは、親の使命なのでは?

 樽井を倒すのであれば、その先……大阪王に謁見してこの地獄の大阪の現状について変えて貰えるように直訴を狙うべきなのでは無いのか?


 自分個人の復讐心から、世界に対する責任に目的が変化してしまった。

 そうなったのは子供のせいだ。


 そして……

 反逆奴隷による樽井の死体損壊をやめさせたのも、親の責任。

 自分の親が、いくら憎くてたまらないからと、死んだ人間の死体を破壊する様を平気な顔で見ていることは、嫌なんじゃ無いか?

 それだけ。


 でも、大きな理由だったんだろうな。

 この俺より14才年下の大人の頭脳の男性にとっては。

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