第105話 奴隷の一刺し

 何だろう?

 ある意味、運が良いのかな?


 樽井、両足を膝から下で失っていたけど。

 出血が大したこと無かった。


 爆弾の炎で焼かれたんだろうか?


「……ずっと待っていたよ。お前が刀狩りを使うのを」


 そして谷町さんが底冷えする声で語り出した。

 悶え苦しむ樽井に向かって。ゴミを見る目を向けながら。



 お前が刀狩りでデザートイーグルと一緒に奪ったのは、僕の手作り爆弾だ。

 素材を全部、僕の大阪スキルで支配して「僕に絶対服従する」ように仕立て上げ……


 その状態で、イチから組み上げたんだよ。

 ……わざと、本来なら途中で暴発して大爆発する状態でな。



 谷町さんの餃子は、包み込んだものを完全に支配する。

 そして谷町さんに逆らわなくなる。


 それは、銃撃時の反動、武器自体の重さなどの、当然の物理現象すらも含まれる。


 そんな状態だ。

 暴発だって防がれるはずだ。


 谷町さんは、とっくの昔に暴発して大爆発しているはずの爆弾を、餃子に包んで持ち歩いていた……!


 全てはこのときのために。


 樽井に奪わせ、その時点で暴発封印を解除する。

 この攻撃を決めるために。


「本来は最初の遭遇時にお前に使うつもりだった」


 谷町さんは続ける。


「だが、そのときは餃子から開封しないと刀狩りの対象にならないということが分からなくて、ダメだったんだよな……お前が馬鹿で助かったよ! ……同じ技が何度も通じるなんて考える、最悪の馬鹿でな!」


 ……こんな谷町さんは見たことが無かった。


 それぐらい、憎くて呪い続けた相手……


 それに、一撃を入れたんだ。

 それも致命的な一撃を……!


 後は……俺に任せてくれ。


 俺は足を踏み出した。


 倒れたままの樽井に。

 樽井は喚き続けながら悶え苦しんでいたが、俺が歩いてくるのに気づき、絶句した。

 これから殺される。その恐怖で、痛みを超えたのか。


「た……助けてくれ!」


 何を勝手なことを。

 俺は受けたダメージで、歩くのは正直辛い。

 だけど……気合だけで歩き続けた。


 一歩ごとに、内臓に苦しみが来る。

 それでも、歩みを止めない。


 だけど


 ドシャ


 俺は気づくと横倒しになっていた。

 まずい……これ以上歩けない……!


 これ、もう根性の問題じゃ無いわ……!


 立ち上がろうとするも出来ない……。


 そのときだ。


 ゆらり、と立ち上がる気配があった。


 それは……

 

 金髪の若い女性。

 谷町さんの子供を最初に抱いていたこの母乳喫茶の嬢だった。




「おお! でかした! そこらに散らばっている拳銃を使って、そいつらを射殺しろ」


 樽井の声に気力が戻る。


 ……樽井の、奴隷……!


 まずい……なんとか動かないと……!


 もがく、けど


 全く動けない……!


 彼女は、ゆらゆら歩きながら。

 樽井の言う通り、床に散乱しているトカレフのひとつを拾い……


 ……彼女は樽井に向かって歩き始めた。


「僕を助けるのは後で良い! まず敵を倒すんだ!」


 そんな彼女に向かって、樽井は叫び続ける。


 ここで、俺には分かってしまった。


 視線を投げる。


 ……天王寺さんも分かっているみたいだった。

 なっちゃんもだ。


 そして……谷町さんも。


「聞こえて無いのか!? 優先度が違う!」


 歩みを止めない彼女に……樽井は叫び続ける。


 彼女は……おそらく……


 樽井に履物を奪われていない。

 つまり……草履取りの束縛を受けていないんだ。


 根拠はある。


 それは……彼女から谷町さんの長男を取り返したとき「お仕置きされる」と言ったこと。

 草履取りは、対象から敵意を取り去り、高い好感度を持たせる洗脳系大阪スキル技。


 その状態なら、最初に出るのは「ご主人様を失望させる」「見捨てられる」だろ。

 なんでお仕置きなんだ? むしろ任務を失敗したんだから、ご主人様のお仕置きは当然の結果で、本人的には何もされないより気が楽なんじゃないのか?


 それ以外にも。

 彼女は徹底して樽井を恐れていた。

 慕っている様子は欠片も見せなかった。


 ……さすがに変過ぎる。


 なんで樽井は彼女の履物を奪わなかったのか?

 それは……大阪スキル抜きで、奴隷を屈服させたい。

 そんな欲求があったのかもしれない。


「言うことを聞け! 僕は後回しで良いんだッ!」


 当の樽井は全く気づいていない。

 これから彼女が何をしようとしているのか。


「肉袋14号!」


 パンッ。


 ……それが樽井の最期の言葉になった。


 樽井の奴隷だったこの店の嬢が、樽井の頭にトカレフの銃弾を撃ち込んだのだ。


 樽井は射殺された。

 頭を撃たれたので即死だろう。


 途端に、俺以外の人間の拘束が解けた。


「私の名前は肉袋14号じゃないッ! 川澄奈央だッ!」


 ……彼女は怒りの籠った声をあげながら、何度も引き金を引いていた。

 そのたびに上手く着弾したのか、樽井の身体が揺れている。


 ……超越者を気取り、他人を踏みにじり続けた男の最期。


 それは、自分の奴隷に射殺されること。


 ある意味、相応しい最期だったのかもしれない。

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