第98話 当たり前でしょ

「谷町さん」


 占いの館にやってきて。

 谷町さんは周りに「坊ちゃん」と呼ばれている。


「坊ちゃん、今日はどのような御用件ですか?」


「お母様は現在予定が連続で入っていらっしゃるのですけども」


 それに対して


「母さんに僕の息子の行方を占って欲しいんだ」


「そうか。予定は大事だものね」


 そう、穏やかに返していた。

 子供の件に関しては、スタッフの人はざわついていた。


 攫われた、って伝えたときに。



 ……谷町さんらしくない。


 危機的状況を伝えて、相手の譲歩を期待するなんて。

 そういう「察しろ」っていうムーブ。


 谷町さんは嫌うと思うんだけどな。


 まぁ、そんなことを言ってる場合では無いし。

 谷町さんのお母さんにとってみれば、孫だしな。


 ……そして通されたのは。



 応接室。


 綺麗な部屋だ。

 特別なお客を招き入れる場所に違いない。


 占いの部屋は道場って感じだったけど。

 この部屋は普通に洋室だな。


 ただ、調度品に和を少し感じたけど。


 ソファの前に置かれているテーブルは木だったし。


 活けてある花は和を感じるテイスト。


「ここに来たのははじめてですよね」


 なっちゃんがキョロキョロしている。

 そうだね。


 京子さんはここに来なかったから、入る機会が無かったというか。


「センスすごい良いわね。自分もこういう応接室を構える家に住んでみたいわ」


 天王寺さんも感心してる。


 まあ、実力者が来るところだしな。

 この占い館。


 それなりの格式は求められるよな。


 そんなことを思っていたら。


 ……谷町京子さんが、この応接室にやってきたんだ。




「……詳しい話をしなさい」


 向かいの席に着くなり、谷町さんに。

 京子さんは言って来た。


 その顔には、緊張感があったんだ。


 ……今の京子さんの心中は、どうなっているんだろうか?


「……母さん。僕の息子がどこにいるのか教えてください」


 深々と頭を下げて。

 それには、もしかしたら聞いてもらえないかもしれないという思いが見て取れた。


 すると


「……頭を上げなさい。孫の居場所。何を犠牲にしても占わないわけは無いでしょう」


 京子さんは、谷町さんにそんな言葉を掛けたんだ。

 俺たちは息を飲んだ。


 顔を上げる谷町さん。


 その顔を見ている京子さんは……


 穏やかで、優しい顔だった。


「……何ですかその目は。母親に向かって」


 京子さんの言葉。

 それに対し、谷町さんは。


「……僕の息子のことを、孫って呼んでくれるんですか?」


「当たり前でしょ」


 穏やかで、そこには優しさがあって。


「……あなたは私の息子なんだから」


 ……この言葉を聞いたとき。


 引くかもしれんけど。

 俺の方が泣いてしまったよ。


 ……簡単にここまで行けたはずが無いんだ。

 色々悩んだに違いないんだ。


 でも、最終的に京子さんはこの結論に達したんだな。


 すごい……


 素晴らしい。


 俺がそう、涙をハンカチで拭っていると。


「……男の人も、こういう場面で泣くんですね」


 ……女子2人にそんな感想を述べられた。


 あのねぇ。

 

 大人の男ほど、こういうときに来るんだよ!

 色々世の中の嫌なところを見て来てるからな!


 男は涙を見せないのがデフォとか、そんなレッテル貼りはやめて欲しい!




 俺たちは、占いの館を後にした。

 望んでいた答えを与えて貰えたために。

 それは……


「……樽井は、おそらく中央区の売春窟にいる……」


 それが、京子さんの占いの結果だった。


 谷町さんの息子さんは売春窟にいるらしい。


 店の名前も聞いた。


 母乳喫茶「蛇蝎乳だかつちち


 蛇や蠍のコスプレをしたウエイトレスからのサービスを受けられる母乳喫茶。

 そこで樽井の所有物になっているウエイトレスに預けられているらしい。


 ……ちょっとだけ天王寺さんを見る。

 彼女にとっては、自分のIFみたいな面がある性風俗だ。

 運が悪かったら、そこに売られていたかもしれないんだから。


 ……気の毒ではあるけれど。

 天王寺さんは立派な戦力だからな。


 悪いけど、耐えてくれ。


 俺はそう、心の中で彼女にお願いした。

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