第92話 正しい認識
俺はハイエースを追って走っていた。
谷町さんもそれに続く。
「……彼女たちは強くなったな」
谷町さんの独白。
それは……俺もそう思う。
なっちゃんは、他人に助けを求める前に、自分で考えて自分で最適と思える行動が起こせる子になった。
助けて貰うことが前提の子じゃなくなった。
もっとも、それは彼女の大阪スキルが元々は
天王寺さんは、なっちゃん以外に心を開かない、信用しない。
そういうところ、あったと思うけど。
俺は、自分が信頼のおける誠実な男かどうか自信無いし分からないけど、そんな俺と意思疎通し、仲間として機能できる関係性を作る柔軟さを身に付けた気がする。
なっちゃんみたいに、一目で信頼できることが理解できる人間以外とも、関係を築けるようになったんだ。
そして。
同時に思った。
……どうなんだろうな。俺。
こういうのは、俺が判断することじゃないし。
俺は俺の問題点を、改善できたのだろうか……?
なっちゃんが天海を引き摺って走り去って行った大通り。
途中からそのアスファルトに、大量の血液が塗り付けられている。
……ここから、天海の無敵状態が切れたのか。
それだけの悪行を行って来たヤツだけど……
こうしてみると、悲惨ではある。
その血の跡は道標にもなった。
追って行くと……
ぐずぐずになって倒れている誰か。
その誰かを囲む2人の少女。
そしてその上に輝く光の球。
「よくやったなっちゃん、天王寺さん!」
天海は死んだ。
それは光の球で確認できる。
そしてそれを成し遂げた2人。
成果を挙げたんだから、労わないと。
「ありがとうございます」
「……やりました」
だが2人とも、表情が暗い。
流石にこの惨状は、勝利を喜ぶという当然のことを妨げるのか。
だから俺も、それ以上言わなかった。
そして俺は浮かんでいる光の球。
そちらに注意を向ける。
そんな俺に、谷町さんは
「……僕は樽井の資格を奪い取る。だからキミが取ってくれ」
分かりました。
俺は心でそう断り、光の球に手を伸ばす。
すると……
自分の中で、何かが増大した。
魂の嵩が増えた。
そう表現するしかない感覚。
そんな感覚を感じた。
光の球を体内に吸収するときに。
「……これで、俺も大阪四天王の資格を得たのか」
口にすると、達成感が湧いてくる。
そして……
俺たちの足下のアスファルトに横たわっている変死体。
自動車で死ぬまで引き摺られた成れの果て。
天海の亡骸を見る。
割と美形だと感じていたけど。
もう、顔が分からないくらい、グズグズになっている。
立派な紳士の衣装もボロボロになり、手足もへし折れ、捻じくれている。
……損傷が激しすぎて分からないけど。
やっぱり、死ぬ直前、こいつは泣き叫んだんだろうか。
なんとなく、そんな気がしたんだ。
そして
ちょっと勇気が要ったけど。
「……なっちゃん、車を出して欲しい」
こいつの死体を道頓堀に捨てに行く。
その意を伝えるために。
……地獄の大阪での弔い方法だ。
道頓堀に死体を捨てるのは。
ここの住人は、死んだら道頓堀に捨てられて、道楽蟹の餌になり。
その道楽蟹はハンターに狩られることで、また地獄の大阪の住民の役に立つ。
そういう、循環。
「……分かりました」
正直、こんな邪悪な奴に一般的な弔いは要りません。
そんな返答が返って来る可能性も考えたけど。
そこまではなっちゃんたちも鬼になっていなかったらしい。
太陽の塔。
天海戦の翌日に、俺たちは4人、揃ってやってきた。
未来的なデザインの、奇妙な塔。
その内部は空洞になっていて。
そこには生命の進化を示すデザイン画が展示されているらしい。
そこまでは知っていた、
「源氏物語! contents空き巣の王!」
大阪スキル技「空き巣の王」は、10分間だけ空き巣のチャンピオンの仕事を可能にする大阪スキル技。
立ち塞がる鍵は悉く開き、スキル使用者が欲しがっているものがどこにあるかも察知できる。
ただし……
制限時間である10分以内に、仕事を完遂しないと逮捕される。
具体的には、10分以内に侵入した建物から脱出しないと、このスキルが一定期間使用不能になる。
それは……10年間。
万一失敗すると、貴重なこの技が10年も使えなくなる。それは避けないと。
入口の鍵を解除して、太陽の塔の中に侵入してずんずん歩くなっちゃん。
ついていく俺たち。
そしてその先に。
大きなダイヤル式金庫が置いてあった。
人間の身長より大きな金庫。
「開けます」
なっちゃんはそう言って近づくも、天王寺さんが前に出る。
「私の方が多分早いわ」
言って、大阪スキルを発動させ。
即、天王寺さんは金庫を下僕化して、金庫に自ら開けさせた。
俺たちは太陽の塔の外に出て。
塔の前の道路で焚火をはじめ、そこに靴を1足投げ込んだ。
……女ものの、革靴だ。
女子高生が履いていそうな。
そこで状況が想像できて、何が起きたのか理解できてしまう。
谷町さんはそれを無感情な顔で見つめていた。
……金庫の中には数多くの靴があった。
その中で、谷町さんの母上の靴がどれか分からなかったけど。
「これです」
なっちゃんがすぐに見つけてくれた。
……とりあえず、これを焼かないと。
その他については、後で考えよう。
買って来た薪にが燃える。
その炎に巻かれて、革靴に火が回る。
異臭が漂って来た。
革靴のゴムの部分や、中敷きの部分に火が回った証拠だろうか。
そして。
たっぷり10分くらい掛けて、革靴1足は灰になった。
「……これで」
谷町さんがそれを見て口を開いた。
無感情に。
こんなことを言ったんだ。
「僕は嘘に塗れた『尊敬する男性の子供』でなく、無事に正しい『最愛の人の命を無残に奪った仇敵に無理矢理産まされた憎悪の象徴』になったわけだ」
……谷町さん。
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