第91話 答えてくれよ

「ケンタさん! キャベツを奪いました!」


 ドーン! という感じで。

 奪い取ったキャベツを示すなっちゃん。


 1個でも盗みを働くと、後はスニーク状態が切れる。

 ここから先はアクセル状態。

 アクセル状態は暴力も解禁される。

 ひったくり犯を逃走中に捕まえようとしたら、普通襲って来るよな。

 だからだろう。


「このクソアマ!」


 殴り倒された岡が、ダメージから立ち直って反撃しようと拳を振り上げたら。


「遅いですよ」


 いつの間にかなっちゃんが岡の後ろに回り込んでいて。


「らいだーぱんち!」


 後ろからなっちゃんが岡を2発のテレフォンパンチで殴り倒した。


 自分を上回るフィジカルを得ている人間に、ただ力いっぱい後ろから殴り倒される。

 まず脇腹。それで怯んだところを後頭部を。


 そしてくるくる回りながら岡は倒れて、そこから起き上がってこなかった。




「キャベツを食べるんだ。二度浸け禁止の効果が解除される」


 俺はなっちゃんに指示を出す。

 キャベツの葉を毟って食べろと。


「はい!」


 言って、ムシャムシャとキャベツを食うなっちゃん。


「僕にも頼む」


 谷町さんはすでに大阪スキル技を使用しているから。

 まあ、要るよね。


 なっちゃんは頷いてすぐに行動を開始した。


 ひったくり被害者を殴り倒したからか。

 なっちゃんは普通の速度で谷町さんの元に走って行く。


「はい」


 キャベツを毟って谷町さんに差し出す。

 ……このキャベツ、葉を毟ると端からまた同じ葉が生えてくる。

 どうなってんだ? これも大阪スキルの産物なのか?


 谷町さんはムシャムシャやりながら


支配の餃子キングギョウザ


 大阪スキル技を使用した。

 すると、その手に握られるデザートイーグル。


「……なるほど。解除されてる」


 フッ、と。

 冷たく笑う谷町さん。


 ……天海は。

 この様子に、露骨に焦りの表情を浮かべていた。




「……会話は行動に含まれないんだろうな。でも、逃亡は行動に含まれるのか」


 でなきゃすでに逃亡してるだろうし。


「アンタ、安全な行動しか取れないタイプだろ」


 俺のそんな言葉に、天王寺さんが反応。


「動いたら即座にガラスミサイルを叩き込むからね」


 そこに谷町さんも


「僕も即座に射殺する」


 ……詰み。


 さあ、どうする天海?

 すると


「……話し合おうじゃないか。何が不満なんだい?」


 にこやかに。

 だけど、その表情は引き攣っていた。


「お前のような殺人鬼が、大手を振って活動できる今のこの地獄の大阪が気に入らない」


 谷町さんが即答する。


 それに対し

 愛想笑いを浮かべながら


「分かった! これからは殺人は我慢するよ! それに、キミの母上の靴の隠し場所を教えてあげてもいい!」


 こいつが樽井の襲った女性の靴を管理していたのか……!


 驚きと……そして怒り。

 こいつらにとっては、その女性の魂の凌辱の証が、友情の証だったりしたんだろうな。

 そして今、こいつはそれを自身の生存のカードとして切ったんだ。


 天海は手の平を前に突き出した、抑えて! のポーズをする。

 何が「抑えて!」だと怒りが湧くけど。


 それがこの男の狙いなのかもしれないと、グッと耐えた。


 その言葉に対し、谷町さんは


「……聞こうか。どこに隠している?」


 合わせる。

 天海は


「太陽の塔の内部空洞だよ! そこに鍵を掛けて隠しているから! 案内するよ!」


「あ、必要ないです。鍵なら私が開けられます」


 手をあげてなっちゃん。

 なっちゃんはピッキング犯を象徴する大阪スキル技「空き巣の王」が使用できる。

 鍵を理由に天海を解放する理由はない。


 だから


 そのとき。

 谷町さんのデザートイーグルが火を噴いた。




「……今のタイミングだと、レンコンを使用しているんじゃないかと予想したんだけど、ハズレか」


 硝煙をあげる銃口をそのままに、何の表情も浮かべていない谷町さんは淡々と言った。

 欲しい情報が貰えたから、用済みになった天海を射殺しようとしたのか。


 だけど、その銃弾は弾かれた。


 ……もし大阪スキルを使用することが行動に含まれないなら、こいつは間違いなく子供を大量に生み出しているし。

 そもそも岡を連れて来て、自分の大阪スキルの弱点を露呈させてない。


 だからまあ、レンコンを使用したら無敵が切れるのは容易に辿り着く結論だ。


 ……天海は真っ青になっていた。

 ガタガタ震えながら、コイツはこう訴える。


「……お願いだ。助けてくれ……死にたくないんだ! 僕はもう、100年近く生きてるんだよ!」


「だから? あなたが殺した女の人たちも、生きたかったはずよね?」


 天王寺さんはそう言い、なっちゃんに近寄って。

 その耳に何かを囁いた。


 なっちゃんはそれに頷いて。


 スカートのポケットにねじ込んでいた本を引っ張り出し


「源氏物語! contentsハイエース召喚!」


 なっちゃんのスキルシャウトに反応し。

 さっきここまで乗って来たハイエースが消えて。

 新しいハイエースが再度召喚される。


 そしてその新しいハイエースに


 天王寺さんが電動こけしを突き刺して。

 

 アアアーッ!


 ヨガらせ、下僕化。

 なっちゃんがそこに乗り込んで。


「ハイエース拉致!」


 ……天王寺さんをハイエースし。


 車をスタートさせた。

 

 天海に向かって。



★ここから天海目線



 まずい。

 マズすぎる。


 僕の100年近い人生の中で、最大のピンチだ。


 知り合いの大阪スキル使いで、一番条件のいい男である岡を、護衛に連れて来た。

 いつもはそんなことはしないのだが、今度は1度に4人相手にしなきゃいけないわけだから。


 自分1人で戦うのは不安だったんだ!


 岡は強い。

 それに、自分の利のためなら、何でも平気でする男だったから。

 絶対に僕を裏切らない。


 僕の大阪スキルの秘密の一端を教えても、それを材料ネタにして反逆してきたりしない。

 何故なら、僕を殺せば四天王の不老不死が途切れる。

 そんな不利益をこいつがわざわざ飲むわけがない。


 そのはずだったのに……!


 それが全部、仇になるなんて!


 あいつらのハイエースが迫って来る。

 どうする?


 僕が知っているあのハイエースは、交通事故を起こすと消滅し、以後召喚できなくなる。

 だけどあいつらはそれをあえてやってきた。


 どういうことだ……?


 あのハイエースには、交通事故を起こせるモードがあるのか?

 確かめたい……!


 だけど


 


 僕の大阪スキル技「アスパラガス」の効果。

 アスパラガスの花言葉に「何も変わらない」がある。

 それを超能力化した能力だ。


 僕が現状を変えようと行動を起こさない限り、僕自身も現状維持が出来る。

 そういう大阪スキルだ。


 なので……僕はボーっと突っ立っていたり、べらべら適当に喋っている限り、何の影響も受けない。

 銃で撃たれようが、毒ガスを吸わされようが、何の影響も受けないんだ。


 けれど。


 逃げようとしたり、攻撃しようとしたり、大阪スキルを使おうとしたり。

 何か「現状を変えよう」と動いたとき。


 僕の無敵は切れてしまう。


 だから……


 レンコンを使うことができなかった!


 どうする?

 逃げるべきか?


 いや、逃げたら確実にデザートイーグルで撃たれる!


 どうすれば……どうすれば良いんだ!?


 そして僕が迷っている間に。

 僕はハイエースに撥ねられた。


 痛みは感じなかったけど。


 その空中に跳ね上げられた目まぐるしい視点移動に、僕は混乱した。




 そして気づくと。

 僕はハイエースの車体の下に挟まり。


 そのまま引き摺られていた。


 ガリガリッ、とか。

 ドカッ、とか。


 すごい音がしていた。


 ……僕には何の影響も起こさなかったが。


 しかし、戦慄する。

 何だこれは……?


 やっぱり、違った。

 これは木津川の大阪スキルと違う……!


 どういうことなんだ……?


 混乱する。

 混乱するが……


(その真相をレンコンに訊ねた瞬間、僕は死ぬ……!)


 この車に引き摺られている状況。

 これで僕が生きて居られるのは、アスパラが効いているからだ。

 アスパラが今の僕の生命線。切れたら終わり。


 だから……レンコンを使うわけには……


 そのとき。


 声が聞こえて来た。


「……聞こえる? 天海さん?」


 ……僕が狙っていた女……天王寺理香子の声!

 あまりの美しさに、是非とも自分の手で、串刺しにして殺したいと思っていた女……!


 その女が、言って来た。


「……このまま3キロ引き摺った時点で、無条件であなたは死ぬからね。そういう大阪スキルなの。これ」


 ……え?

 信じられない。無条件の即死技……?


「う、嘘だッ!」


 反射的に言い返す。

 すると彼女は


「嘘じゃ無いわよ。大阪ではよく飲酒運転した悪質ドライバーが、通行人を撥ねて、そのまま3キロ引き摺って殺してしまう凄惨な事件が起きるのよ。これはそれを超能力に昇華した大阪スキル技」


 平然と、淀みなくそう話したんだ。


 ……僕はネイティブ。

 本当の大阪というのは知らないが……


 現実の大阪も、そんな無法地帯なのか?


 確かめたい……しかし……


「……ちなみに今60キロ。3キロ引き摺るにはあと3分要らないわね。……その3分で自分の罪を数えなさい」


 その言葉で


 思わず、思ってしまった。


 レンコンよ! ここから逃れるにはどうすればいい!?


 返って来た答えは


『そのまま何もするな』


 そこで気づく。


 あ……


 レンコンを使ってしまった……?


 途端に僕の無敵が切れ。

 継続してダメージを受ける状況が僕の現状に切り替わる!


 激痛!

 身体が削られる!

 骨がどんどん折れていく!


「あぎゃあああああああ!」


 喉の奥から悲鳴が漏れる!


 逃げなきゃ!

 でもどうやって……?


 レンコンよ……

 教えてくれ。


 僕はどうすれば逃げられる?


 だけど……


 


「なんでだ……なんでだよおおおお!?」


 ウフフフフ……


 そのとき。

 僕の周囲に、血塗れの女たちが現れた。

 

 数えきれないほどの。


 その女たちは嬉しそうに、僕の身体を逃がすまいと押さえつけてくる

 僕を押さえる何本、何十もの女の腕……


 何だお前ら! 僕を放せ!


 放してくれええええええ!


 

★天王寺理香子目線です。



 私が天海に余命宣告をした直後。

 ものすごい悲鳴がハイエースの下から聞こえて来た。


 ……私の脅しでつい、レンコンを使ってしまったのね。


 まあ、そんな大阪スキル技は無いんだけど。

 以前、大阪で起きた事件から着想を得て、捏造したでっち上げ。

 即死技・3キロ引き摺り、なんて。


 真っ赤な嘘。


 そして私は運転席でハンドルを握っている友達に声を掛ける。


「ナツミ、アクセル全開。悲鳴が途切れるまでフルスロットル」


「……分かってるよそれくらい!」


 ナツミはそう私の言葉に応えてアクセルを踏み込んだ。


 ……私はその、ハイエースの運転をしている友達の後姿を見て思う。

 ナツミは強くなった。自分で自分のやることを考えて、実行できる強い人間になった。


 それに引き換え、私は……自分はどうなんだろうか。


 狭量で、他人に厳しい自分。

 そんな私は、変われたんだろうか……?

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