第90話 このためだったのか

 天王寺さんが胸を曝け出して天海の子供を駆逐した。

 大手柄。


 だけど。


 天海の子供を殲滅した後、彼女は胸を隠して泣き崩れていた。


 ……天王寺さん。


 気持ちは少しだけ想像できる。

 できるけど……


 今はそのときじゃない。


 だから


「天王寺さん! 今はそのときじゃない!」


 そう叫び、彼女に発破を掛ける。


 ……内心、自分に嫌悪感を感じながら。


 

 ああ……

 新人営業だったとき。


 一時期直接的な上司だった酷い先輩。


 それと同じことをしてんのかな。

 俺……


 

 俺は新人の営業だったとき。

 一時期病みかけたことがあった。


 指導役の先輩に問題があったんだ。

 その人材育成に。


 ……本人はスパルタ式を自称してたけど。

 俺には無理だろ、の一言だった。


 新人の俺に、いきなり大きなお客さんの担当を任せてきたんだ。

 まだ満足にイロハも習っていないときに。


 だけど


「仕事は盗んで覚えろ」


 この一言で、指導は終了で。


 ゲームで言えば、棍棒と布の服だけ与えられ、いきなりドラゴンに挑んで姫を救ってこい。

 こういうことを言われた。


 ……当然だけど、商売絡みで赤の他人と話すなんてこと、やったこと無いから分からないし。

 本を読むにしても、何を読めば良いのかも分からない。


 ……謂わば我流剣術で、剣術家に勝てとか。

 無茶苦茶なことを要求されたんだ。


 自分で調べることは重要なことだけど、限度があるだろ。

 何から何まで全部自分で調べろってのは絶対おかしい。

 何も指導しないのが指導なんて、意味が分からない!


 で、指導はしないけど、叱責はする。

 それを繰り返されるうち。


 ……段々、頭がおかしくなっていくことが自覚出来てきて。

 壊される前に会社を辞めるか、と思い始めたとき。


 ……先輩のさらに上の上司が問題に気づいて。

 俺の指導役からその先輩を外した。


 そのとき思ったね。

 俺が他人を指導したり指示する立場になったなら。


 俺は絶対、目標や手掛かりのひとつも与えないようなことはしないって。


 だから言ったよ


「岡のキャベツを食えば、二度浸け禁止の効果を消せるんだ!」


 ……この情報を天王寺さんに伝えることには2つ意味がある。

 ひとつは天王寺さんに目標を与えて、立ち上がって貰うことと。


 あとひとつは……


 ブロロロ、と車のエンジン音がする。

 見ると、向こうから……

 少女が運転するハイエースが疾走してきた。


 ……天海たちにキャベツに意識を集中して貰うためだ!




 なっちゃんは、岡のキャベツ死守の方針を知った瞬間。

 スニーク状態で、離れてからのハイエース召喚をやったんだ。

 そして、戻って来た。


 煽り運転の装をするために。


 迫って来るハイエース。

 ハイエースは煽り運転モードなので、轢く速度では無かった。


 だけど


「なっちゃん! フルスロットル!」


 大声で指示を出す。

 聞き入られるわけがないのを自覚して。

 いや、俺の真意をなっちゃんが汲んでくれることを期待して。


 俺の言葉を聞き、少しだけハイエースの速度が上昇する……こともなく。


 いや、その前に。


「岡、あのハイエースに体当たりだ」


 ……天海から岡への、この指示。


 俺はこれを恐れていた。

 混乱の中、うっかり煽り運転が成立している。

 これを狙っていたんだけど。


 天海はおそらく煽り運転の装を知っている。

 それを予想していたから。


 だけど……

 そうはいかなかった。


(……まずい)


 どうする?


 岡がハイエースに体当たりしたらアウトだ。

 それは煽り運転では無く、交通事故だ。


 それじゃ煽り運転の装の効果を得られない。

 むしろ……詰みだ。


 ハイエースを没収されてしまう。


(……一か八か……)


 岡に「天海に騙されるな!」という大声で混乱させる手を思いついたけど。

 それはおそらく通じない。

 何で天海でなく、敵の俺の言葉を信じるんだよ……?

 ありえない。


 けれど、何もしないわけには……


 そう思っていたときだ。


「岡、死んだのは自業自得だ。カスの分際で幸せになった!」


 ……天海の声でそんな言葉が聞こえたんだ。


 ……え?


 その場に居たほとんどの人物が固まった。


 その間に。

 なっちゃんの運転するハイエースが停車する。

 岡の目の前に。


 今のは何だったんだ?


 一瞬後、俺は気づいた。

 天王寺さんも。


 ……そして、岡と天海も。


 声の発生源。

 それは……


 谷町さんの手の上にとまっている鳥類。

 大阪生物・ヒャクシタ鳥。


 ……この生物。

 大阪スキルのコピーが可能という特殊能力が注目されがちだけど。


 そもそもとして、ペット目的で狩られる理由は。

 声帯模写がアホみたいに上手いこと、なんだよな……。


 ここで、俺は気づいてしまう。


 さっき、谷町さんが天海に、無駄としか言いようがない謝罪要求めいた問いかけをしたのは。

 このためだったのか……!


 天海の言葉から、聞き流せない発言を捏造するために……!


 そしてそれに気づいたとき。


「うぼああああ!」


 ……岡がぶん殴られていた。


 岡以上の身体能力を得て。

 たやすく岡からキャベツを奪い取ったなっちゃんに。

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