第87話 予想外の出来事

「天海の子供は天海の分身じゃないかもしれない、ってことだよ」


 分かりやすく言い直してみる。

 別個人、別人格。

 意のままになる存在では無い。


「つまり……?」


「天海の意思をそのまま反映した動きをしない可能性があるってことさ」


 それがどう使えるのか分からないけど。

 種別が子供で生み出されているなら、そうだろ。


 時代によって、子供は親の所有物であると捉える文化圏はあっても。

 子供は親の意のままに動くのが普通であると思われた時代は無いはずだ。

 そんなもん、ありえないことだし。

 

 子供が親の言う事なんて聞くかよ!

 だって幼いんだから!

 ある程度大きくなって、はじめてそういう感覚が身に付く。

 そのはずだ。


 それが俺の見解。

 それを受けた天王寺さんが、別の発想をするかもしれない。

 だから、現状の情報で確度の高いことは共有しないと。


「それよりも、手を止まらせてゴメン! 天海が来る前にこのあたりのものをなるべく下僕化して!」


 ハッとした顔になった天王寺さんが、電動こけし片手にマンホールやら道路やら、店先のショーウインドウガラスやらをヨガらせていた。

 天王寺さんの大阪スキルは電動こけしを突き刺した対象をヨガらせて下僕化する、までだから。

 天海との戦闘では一番使っていける大阪スキルだ。


 ……ちなみに、天海から逃げる選択肢は考えていない。

 望んだら正解を引くことが出来る技「レンコン」がある以上、逃げても無駄だし。

 そして、もしそうしたら、よりドツボに嵌る。


 向こうに準備をさせてしまうからな。

 現状でも不利なのに、より不利になる。


 だから……

 むしろ俺は、天海が諦めて帰ってしまうことの方を恐れていた。





「やあ、覚悟は決まったかな?」


 その数分後だった。

 天海がやって来た。


 ニコニコと、楽しそうに微笑みながら。


 後ろにひたすらキャベツを食っている肥満した巨漢を伴って。

 確か名前は岡死神太郎だったっけ?


「私は殺されてやらないわよ!」


 天王寺さんがそう強く言い放つと


「おや、気づいていたのか」


 意外、という顔をする天海。


「当然でしょ。あの場面で谷町さんを殺すのに、私だけ生かす理由無いじゃない」


「僕がキミを気に入って、手元に置いておきたくなった可能性は考えないんだ?」


 美少女と殺人鬼の問答。


 そんな天海の問いに


「……あなたの趣味は女の子を殺すこと。女の子を愛することでは無いでしょ」


 天王寺さんはそう答えるも


「美しいものが歪んで壊れてしまうのが好きなんだ。それが僕の愛し方なんだよ」


 愉しそうにそう返す。


 ……この会話の隙。

 その隙に


「源氏物語! contentsひったくりアクセル!」


 ……作戦通り。


 なっちゃんがひったくりアクセルを発動させた。

 おそらく天海たちから全く姿が見えなくなっているなっちゃん。


 この技の詳細は、こうだ。


①盗みたい相手の持ち物を指定する。


②それを5分以内に相手から奪う。


③盗むまでは完全隠密状態で、いかなる手段でも見つけることは不可能。そして盗んだ後、移動限定のクロックアップ(時間の早回し)がかかる。


④5分以内に盗む行為が1つも達成できなかった場合、ペナルティで技の効果が消える上、約30分身動きが不可能になる。(逮捕されたことの象徴らしい)


 なので……

 俺はなっちゃんに「岡はキャベツ。そして天海はパンツを盗む目標にして」と指示した。

 目的は岡のキャベツを盗んで逃げること。

 そして、天海に視認されないこと。


 なんでキャベツを盗むのか?

 それは、キャベツだけが、岡が所有権放棄を選択するのに躊躇いがありそうな持ち物だからだ。


 俺もやったことだけど。

 スキル使用者が盗む目標に指定した物品の所有権を放棄すると、このひったくりアクセルは効果を解除される。


 だから、そうした。

 天海はレンコンの効果で何の所有権を放棄すれば解除されるのかすぐ分かるだろうけど、流石にパンツは脱げまい。

 そして岡は「キャベツを捨てろ」と言われて「はいそうですか」とは言いづらそうだ。

 あんな、戦闘しようかという状況でも食うほど好きなんだから。


 そういう考えだ。


 で、キャベツを奪い、逃げて。

 天海に見えない場所で、ハイエースを呼び出して。


 後ろから岡に煽り運転を掛ける。

 そうすればいくらなんでも驚いて、一瞬逃げるはず。

 それさえできれば、なっちゃんが岡の身体能力を得ることが出来る。


 甘いかもしれないが、目いっぱい建設的に考えて、これなんだよ。


 すると天海が案の定


「……あの小柄な少女の姿が消えたね……確か木津川の技の『ひったくりアクセル』か」


 と、看破した。


 やはり、知ってたか。

 そしてそれは……レンコンを使って……


 だが


 ここで。

 天海が顰め面をしたんだ。


 そしてこう指示した。


「岡、キャベツを抱え込んで守れ」


 ……え?

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