第59話 木津川さん

「お金になる大阪生物って……ヒャクシタ鳥とか、シルバーマンとか、サクラ草ですか?」


 天王寺さんがその初老男性……木津川さんに訊ねた。


 シルバーマンは全身が銀で出来た素体人形みたいな大阪生物。別名生ける伝説。

 自身に触れた生き物を無差別に銀の像に変えてしまう。

 だから、遭遇したら命の危機だけど……大量の銀が手に入るチャンスでもある。


 サクラ草は動く植物。根で歩き、触手めいたツルで襲って来る。なんでサクラなのかというと、仲間の生き死にの戦闘を野次馬する性質があるんだ。

 それがまるで、仲間の増援を演出しているサクラみたいだからサクラ草。

 実際はどうも、仲間が仕留めた獲物のお裾分けを期待してるらしいんだが。だったら手を貸せよと思うけど、こいつらはしない。

 ゲス過ぎる。

 まあ、そのせいで比較的安全に狩ることができる大阪生物ではあるんだけど。(1対1の連続に持ち込むことが簡単なので)


 ……こいつはその身体の絞り汁に薬効があって、塗り薬になる。

 欠損した身体の再生まではいかないまでも、切り傷程度なら見る間に塞いでしまう凄い薬効があるんだ。

 だからそれなりの値段で売れる。


「うん。まあ目的はヒャクシタ鳥。運が良ければだけど。サクラ草が狩れれば上出来というところかね」


 天王寺さんの問いに対して、木津川氏の答え。


 ……うん。

 まあ、それが現実的な態度ってもんだとは思うけど。


 ……無能力者がこんなところまで入り込むのは自殺行為に近いと思うんだけどな。

 かなり深部まで行かないと狩れないやつらばっかだし。


「ひとりでは危ないですよ」


 なっちゃんがそう木津川氏に注意する。

 まぁ、気持ちは分かる。

 言いたくもなるわな。


 大阪スキル使いならいざ知らず、無能力者が1人で道頓堀深部での狩りなんて。


「お金が無いばかりに避けられない苦しみというやつがあるからね。そうも言ってられないんだ」


 だが

 木津川氏の意思は変わらないようだ。


 ……確かにそれはある。

 この、地獄の大阪は人身売買やら、臓物モツを売り捌くのも普通に起きる世界。

 現世であった最後のセーフティネットなんて存在しないもんな。


 ……だったら。


「あの」


 俺は提案する。

 木津川氏に対して


「一緒にやりませんか? 身のこなしを見る限り、充分戦える人みたいですし」


 ……誘うことにした。


 いいよな皆?

 後ろを振り返りながら。


 女子2人は嫌な顔はしていなかった。




「へー、木津川さんって、現世では会社役員なさってたんですか」


「逢坂くんは新入社員だったんだね。気の毒に」


 社会人としての喜びを堪能する前に逝ってしまうとは。

 大変な不幸だ。


 そういって、俺のことを憐れんでくれた。


 ……長年社会人やってきた人の言う事だから、重みがあるな。

 こっち来たときは何も思ってなかったけどさ。


 向こうで普通に生きていたら、結婚できたかもしれないし。

 子供を持つ喜びってやつも、味わえたかもしれない。


 平和な世界で。


 ……うん。帰れるなら帰りたいな。

 多分無理だけど。


「木津川さん、役員ってどういうお仕事なんですか?」


 そこになっちゃんがちょっと食いついて来ていた。


「ええと、梅田さんだったね」


 木津川さん。

 さすが現世では人の上に立ってただけあって、他人の名前を1回聞いただけでしっかり覚えている。

 名刺みたいなもの、無いのに。


 優秀……


「はい。梅田菜摘です」


 なっちゃんの質問に対して、木津川さんはしばらく考えて。


「……そうだね。私の仕事は会長の仕事のサポートだったかな。……私がお仕えしてた会長は、カリスマはあっても気まぐれな人だったから、そのまんま放置すると会社が持たないところがあったからね」


 そう、懐かしそうに語った。

 えっと……


「じゃあ、木津川さんが居なくなったら会社がマズいことになってるんじゃないですか?」


 そう、天王寺さんに先に言われた。

 すると


「ハハ、完成された組織というものは、代役をキチンと用意してるものだよ。私がいなくなっても、問題なく回ってるはずさ」


 木津川さんはそう何でもない感じで笑って返した。

 ……これが社会人の年季というものか。


 1年生で逝ってしまった俺には分からなかった世界だな……。


「……私のお父さん、お酒に酔ったときに1回だけ……あ、ゴメンなさい。何でも無いです」


 なっちゃんが何か言いかけ、黙る。


 ……あー。

 なっちゃん、あまり会社役員に良いイメージ持ってなかったんだな。


 そうじゃないんだよ。なっちゃん。

 会社組織で上に行く人って、ちゃんとしてるんだよ。

 そうじゃなきゃ、会社が持たないからね。


 多分、役員でない社員が徹夜が頻繁にあるのに、役員は……みたいなイメージあったのかもしれないけど。

 違うんだな。

 別のところで大変なはずなんだ。


 この木津川さんの場合は毎日会長の相手だ。

 これが辛くないはずが無いんだよ。


 俺だって、最終面接で社長と対面したとき、スゲー緊張したもの。

 怖えよ。その気になれば自分の首を捥ぎ取れる人と毎日対話って。


「まあ、色々あったよ。色々ね……」


 そう言って、木津川さんは遠い目をした。


 そんな話をしながら歩いていると。


 ……銀色に輝く道楽蟹を発見した。


 いや。銀の道楽蟹の彫像に。


 全員、停止した。


 えっと……


「近くにシルバーマンがいる……?」


 引き攣った顔で、天王寺さんの言葉。


 その可能性あるよね。

 だったら……


 即ここから逃げる。


 ……その前に


 アアアーン!


 俺が頼む前に、天王寺さんがその銀の道楽蟹に電動こけしを突き刺した。

 道楽蟹のまんまだったら、肛門に突き刺さないと操れないけど。

 銀の彫像になってしまったら、もう銀塊と変わらないから、どこに刺しても操れるんだよな。


「さあ、逃げましょう!」


 天王寺さんの言葉。

 シルバーマン本体に見つかる前に逃げないとな。


 俺たちは全力で走り出した。

 銀の道楽蟹がそれについてくる。


 ……これで俺たちはこの日、大量の銀を得て。

 売り飛ばしたら、めさめさ金になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る