第35話 フラックを探して

 漂うのは生ごみの臭いと糞尿の臭い。

 ドブの臭い。


 ……ここは道頓堀。


「道頓堀にここまで深く入ったこと無いですよね」


 なっちゃんが一緒に歩きながらそんなことを言う。


 無人の建物が立ち並ぶ魔物の街。

 この地獄の大阪で最も危険な地域。


 それが道頓堀。


「フラックって何なんですか?」


 なっちゃんと並んで歩いている天王寺さんの言葉。


 ……天王寺さん、フラック知らないのか。


 まあ、危険な大阪生物だってことと。

 死体からたまに発生するってこと。


 それくらいしか知らないんだけど俺も。


 たださ。


 フラックっていう魔物は知ってる。

 昔のゲームに出て来たやつなんだけど。


 道化師の格好をした妖魔って位置づけだ。

 攻撃を受けると首を刎ねられたり、石化したり、麻痺したり、毒を受けたり。

 おまけに吹雪のブレスを吐く。


 だから多分、そういう大阪生物なんだろう。


「……道楽蟹とは比べ物にならないほど強い大阪生物だって話だ」


「そうなんですか……」


 大阪生物との交戦経験が道楽蟹しか無い天王寺さん。

 フラックの実力を測りかねているみたい。


 ……まあ、俺もなんだけどね。


 道楽蟹以外では、半魚鶏としか戦って無いから。


 ……フラックか。

 まさか、そいつを探して道頓堀を歩くことになるなんてな。




「夫は、今修行のために道頓堀で発生したというフラックを狩りに行っています」


 谷町将のお嫁さん曰く、問題の彼は道頓堀に修行しに行ってるらしい。


 ……修行って。


 真面目の皮を被った女好きのエロショタじゃないのかよ。

 口には出さなかったけどさ。

 人物評をザッと聞いた限り、俺はそう思い込んでいた。


 だって金にあかせて、上玉の娼婦を5人も嫁に迎えて、ハーレム築くようなやつだろ?

 エロショタ以外ねぇだろ、と。


 それはなっちゃんも天王寺さんも同じだったようで

 2人とも驚いている。


「谷町さんって、バトルジャンキーなんですか?」


 バトルジャンキー……?

 あまり聞かない言葉だな。


 天王寺さんの発言。

 それに俺は少し余計なことを考えた。


 戦闘狂ってことかな?

 ジャンキーが薬物中毒って意味だし。


「違います。夫は目的があるんです」


 それに対して……夫が侮辱されたと感じたのか。

 お嫁さんはエライ強い調子で否定してくる。


「そのために、強くならないといけないんです」


「ああ、ゴメンナサイ。気を悪くされましたか?」


 ……俺は頭を下げた。

 それに倣って、天王寺さんも頭を下げてくる。


 まぁ、驚きのあまり思わず言ってしまったんだろうな。

 普段は失礼なことを言う子じゃないしな。


 ……気持ちは分かるけど。


「……いえ。ちょっと感情的になりました。スミマセン」


 ……向こうも謝って来た。

 なんというか……すっごい愛されているというか。


 この人、夫を尊敬してるなと。


 それがさ、肌で感じ取れてしまった。


 ……うーん。

 個人的にすごく興味湧いて来たぞ。


 大阪ハンターの才能だけあるクソショタなんじゃないのかと内心思ってたんだけど。

 違うかもしれない。……いや、多分違うんだろう。


「素晴らしい旦那さんなんですね。将さんは」


 そう、リップサービス的に言ってあげたら。

 彼女は


「ええ……あの人に会って、私は男性を愛するということの意味を教えてもらいました」


 そう、幸せそうに言ったんだよな。




 ……そんな風に、俺が谷町家であった会話の内容を反芻して。

 谷町将という人物への興味を募らせていたら。


 聞こえたんだ。


 テテテン テン テン


 ……太鼓の音だ。


 目の前に、人影があった、


 その姿を見たとき。


 ……ぞわっ


 俺は凄まじい、波動に似た闇のオーラを感じた。

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