第33話 警察なんていないんですよ?

 谷町将の家は、淀川区にあった。

 高級なマンションだ。


 ……入口はセキュリティで、マンション住人しか通れない仕様。


 入口をガラスの自動ドアが阻んでいる。


 ……多分、強化ガラスだよなぁ。

 ガラスの向こうには、機械のアームに設置されている機関銃が見える。


 おそらく、この強化ガラスの自動ドアをたたき壊して侵入した不届きモノを全自動で射殺するシステム。


 淀川区は比較的治安良いけど、それはあくまで「比較的」だからね。

 こういう備えをするのは当然かもしれない。


「……どうする?」


「入りますか」


 俺の問いかけに、やる気満々な天王寺さん。

 彼女は


「大阪スキル発動!」


 えっと……


 実を言うと、ノープランでここに来たんだよね。

 住所だけはなんとか探り当てたんだけど。

 どうすればコンタクトが取れるのかまるで思いつかなかった。


 だから、来るだけ来たら、何か名案が思い付くかも、と思ったんだけど。

 ……まるで思いつかず。


 そこで天王寺さんに相談の意味で聞いたんだ。

 

 どうする? って。


 そしたら。

 いきなりの大阪スキル発動。


 ……天王寺さんは、電動こけしを振るってノリノリ。

 ちょっと前まで、親友に知られるのを恐れていたのに。


 カミングアウトしてしまうと、悪乗りしてしまうもんなんだろうか? こういうの。


 まあ、天王寺さんは何をするのかと思ったら


 アハアアアアアン!


 いきなり、自動ドアの鍵部分を電動こけしで突いたんだ。

 同時に、自動ドアがよがった喘ぎ声が聞こえた。


 すると


 ウイーン、と自動ドアが開いた。


「行きましょう」


 天王寺さんはそのまま進む。

 ドアを破壊せずに入って来た侵入者なので、警備システムは作動しない。


 ……えっと


「まずくない? 不法侵入でしょ?」


 歩き続ける天王寺さんを俺は呼び止めるようにそう言うと


「……この地獄の大阪に警察なんていないんですよ? だから警察は呼ばれません」


 平然とした彼女の言葉。

 それに対し


 うん、そうだね。

 だからと言って……


 そこまで考えて、ハッとした。


 ……あ……そうか。

 警察に頼れないってことは、本来不法行為に該当するべき行為を誰かに仕掛けられても、それを警察に問題として投げられるという可能性が無いのか。


 つまりだ。


 マンションの住人に会いたいからと、知らんヤツがマンションのセキュリティを乗り越えて、マンション内部に入り込んで訪ねてくる。


 普通なら通報されて終わり。

 会うことなんて叶わない。


 だけど、この地獄の大阪ではその選択肢が取れない。

 だから、この問題は訪ねられた方が解決しないといけないんだよ。


 そうすると、本人に会わずに「帰れ」の一点張りで追い返すのは下策になる。

 そのせいでそいつに殺される可能性を残すことになりかねないから。


 ……だったら


「会うしかないわけか」


 ようやく、そこに辿り着く。

 まあ、自動ドアを破壊したり、家族を人質にとるような行為を取れば別だけど。

 俺たちは極めて平和的。何も壊してないし。

 今のところは友好的。


 この状態で中に入り込んで、いきなり玄関ドアの前に立てば、会わざるを得ないだろう。

 敵対的行為は何もしてないのに、セキュリティを突破してきた。

 そしてその要件は「挨拶したい」と、来る。


 この状況で機嫌を損ねて敵にしてしまうのは下策だ。

 今度はもっと酷いことをされるかもしれない。


 だから、とりあえず交渉だけはしなきゃならない。


 ……無法状態の最適行動に適応してる。

 なっちゃん曰く、彼女は学校の成績が順位1桁だった、って言ってたけど。


 なんか、納得……!


「……分かって貰えましたか」


 歩きながら言う彼女の声は、少し嬉しそうだった。

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