第10話 儚い幸せ

 キキキキィ!


 道楽蟹が俺に気づき、接近して来た。


 それと同時だった。


「大阪スキル発動!」


 梅田さんの声。

 大阪スキルを起動するとき、大概の人はそれを宣言する。

 発声することにより、自分の大阪スキルの存在を確かめ、確実に起動させる。

 そういう意味があるらしい。


 ……後ろだから見えて無いけど、多分今、梅田さんの左手には1冊の本が出現しているんだろうな。

 梅田さんの大阪スキル「与謝野晶子」は、左手に本を出現させ、該当頁を開いた状態で使用技名を唱える。

 これで発動するんだよ。


「みだれ髪!」


 ……そう。

 こんな感じ。


 俺の身体に強い力が湧いてくる。


 ……ありがとう。梅田さん。


 これで……


 キシャアアアア!


 道楽蟹がハサミを使って襲って来る。

 俺はそのハサミを躱しながら


 思った。


 ……戦える!


 道楽蟹の弱点は、腹部。

 甲羅は鉄と同じくらい硬いけど、腹部は柔らかい。


 だから俺は、ハサミの連続攻撃を躱しながら。

 槍を突き出した。


 俺の槍が蟹の腹部に突き刺さる。


 ――突き刺さった俺の槍は、道楽蟹の腹部の脆い装甲を貫いた。

 そして蟹の内臓を回復不能なレベルで傷つけていた。


 


 雇い主はクソ野郎だったけど。

 仕事自体は楽しかった。


 給料はほとんど無かったけどな。

 三食が一応保証されていただけで。


 その辺で、梅田さんともたまに愚痴交じりの雑談をするようにもなった。




「なあ、梅田さん」


「なんですか逢坂さん」


 万屋の店舗内の仕事中。

 俺は、彼女の格好を見て、常々思っていたことを口にする。


「梅田さん、ジャージ以外はずっとその緑色のパーカーとジーンズしか服を見て無いけど、やっぱ、あれのせいでお金ないから服が買えないの?」


 雇い主に聞かれるとまずいので、声を控えめに。


 すると、梅田さんはちょっと困った顔をして


「あー、うーん」


 言われて、少し苦笑というか、困った顔をする。

 あ……ちょっとデリカシーの無いこと訊いてしまったかも。

 少し後悔したけれども、ここで謝ったら最初から言うなとか言われそうだな。


 なので、気づかなかったフリをした。

 ……えっと、俺ちょっと最低?


 で、梅田さんは悩みながらも、こう言ったんだよね。


「ここ、地獄では洋服屋さんがほぼ無いんですよね。新品のやつですけど」


 ふむふむ。


「あるのは古着屋で」


 うんうん。


「そーゆーの、追剥が獲得して来た被害者の服なんですよ」


 ……なるほど。

 それは買えんわ。


「新品はウン万円しますね。そういうの作れる観光系大阪スキルの持ち主がいるみたいで。その人の店で買えます」


 ……たっけぇ……

 生前の財力だったら、梅田さんに新しい洋服を買ってあげられるのに。

 今の食べるだけで万々歳の状況だとそれは無理だなぁ……


 そんな感じで梅田さんとも打ち解けてきた。

 ここは地獄だけど、それなりに幸せのようなものがあった。


 あったんだけど。


 その日、こう言われたんだ。


 突如、クソ野郎がその場に現れたんだ。

 いつもは奥に引っ込んでるのに。


 ヤツは上機嫌だった。


 ……何か良いことあったのか?

 そう、どうでもいいことだったけど、頭の片隅で考えた。


「オイ」


 デカイ身体を揺らしながら、ヤツは梅田さんに話し掛ける。


「な、なんですか店長?」


 ちょっとだけ怯えた感じで、梅田さん。

 そんな梅田さんに


 ヤツはこんなことを言いやがったんだ。


「……目標金額まで金が溜まって来ただ。あとは菜摘、お前を泡に沈めれば俺の夢が叶うだぁ」


 ……は?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る