第9話 道楽蟹

 悔しかったけど、俺は非道を働く雇い主・多古田の下で働くことになった。

 主な業務は、店番と狩り。


 店番は平和で楽。

 おそらく、迫田さんはこれしかできなかったのかな。

 老人だしな。


 ここの店の主力製品は道楽蟹の甲羅。

 道楽蟹の甲羅は、鉄と同程度の硬さを持ち、粘りも同程度なので。

 削り出して刃物に加工し、武器にする職人がいるらしく。


 そういう人たちが買っていく。


 かなり高く売れていると思う。


 万札が飛び交うのよね。


 ……この地獄の大阪の通貨、円なのよ。

 どこが発行しているのかと思うんだけど。


 調べてる時間無いから調べて無いんだけどさ。


 モノが地獄だからあまり深く考えてはいけないのかな?

 それとも、流れてくる大阪落人が持っていたのが流通しているのかしら?


 ああ、その流れなんだけど。


 この地獄の大阪の住人の構成が少しだけ分かって来た。


 迫田さん、どうも大阪落人じゃなかったみたいなのよ。

 あの人は、生まれたときからここにいる人種で。

 所謂ネイティブ。

 過去の大阪落人同士が夫婦になって、子供を設けて。

 その子孫なのよ。


 大阪落人は大阪スキルを持つけど。

 ネイティブは必ずしもそうではないらしく。

 だから、この地獄では弱い立場にあるみたい。


 そこから考えて、迫田さん、あの年齢まで生き抜けたのは、奇跡だったのかもな。

 だから余計、悲しいよ。


 で


 もうひとつの業務。

 それを俺は今からすることになっていた。


 つまり狩りだ。


 あのクソ店長の「一狩り行ってくるだぁ」という命令で。

 俺は狩りに出向いている。


 ……俺、別に体育得意じゃ無かったんだけどなぁ。


 サポートで、梅田さんがついてきてくれてるけどさ。


「油断しないでください逢坂さん。ここはすでに道楽蟹の生息地域です」


 青いジャージ姿の梅田さんが、俺の後ろについてくる。

 俺は道楽蟹の甲羅を削り出して穂先を作った槍を携えて、ビビリながら周囲を警戒していた。


 道頓堀周辺の無人の廃墟地帯に徘徊してるんだよな。


 陸生の蟹なのよ。道楽蟹。


 なんでも、人間の死体と生ごみを食べて生きているらしい。

 ここ、死体と生ごみの投棄場所なので。


 ……当然、生きた人間も食べるらしいんだけどな。

 だから、襲ってくるわけだけど。


 そうして、探っていたら。


「あ……」


 梅田さんの声。

 その視線を探る。


 そこには……


 生ごみに群がる道楽蟹の大群が。


 ……いっぱいいるなぁ。

 3メートル級の巨大蟹。


 甲羅は赤で、蟹としてのフォルムはヤドカリに近いかもしれない。

 丸っこいんだ。平べったくなくて。

 そしてハサミがごっつい。


 そんなのに一斉に来られると非常にマズイわけだけど。


 俺は生ごみにありつけない道楽蟹のうち、1体に目をつけた。


 ……孤立してるんだよ。

 狙い目だ。


 俺は槍を構え、道楽蟹に近寄った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る