第8話 1人入って1人抜ける

 多古田万店……中は元コンビニを居抜きで買い上げて店舗にした感じで。

 主に巨大な蟹の甲羅が商品棚に並んでる。

 他は、何に使うのかイマイチ分かりにくい古道具。


 ……どういう商売の形態なんだろうなぁ?


 で、レジのあるところに60才くらいの老人がいた。

 青いジャージ姿で、その上に緑のエプロンをつけていた。


 この人がこの店の店長?

 その人。梅田さんを見つけて慌てた感じで


「おかえりなっちゃん! 心配したよ!」


「すみません迫田さん。ご心配をお掛けしました」


 言って、梅田さんは深く頭を下げた。


 幟の件、気づかれてたってことなんだろうか?

 だったら、助けに……って、思ったけど。

 もしレイプの現場に立ち会ってしまったら、助けようにも梅田さんを襲っている荒くれたちに返り討ちに遭ってしまう恐れがあるし。

 こんな老人だったらさ。


 それに関しては、俺は何も言えないな。

 俺の感覚が異常なのは分かってるし。

 自己犠牲を強制するのはおかしいよな。


 まぁ、それよりも。


 俺は、紹介して貰おうと一歩前に出た。


 そのとき


「……店長は?」


「奥だよ」


 ……勇み足を踏むところだった。


 迫田さんと呼ばれた老人は、店長じゃなかった。

 別の人……


 俺はその迫田さんに礼をして、奥にいるという店長に会うことを考えた。

 順当にいくなら、梅田さんの案内を待つべきだよな。


 梅田さんは奥の従業員スペースみたいなところに向かい。

 ――ちなみにその後姿が、何かウサギか何か小動物っぽくて、可愛いと思ってしまう俺。

 そしてその後、俺はその後の反応を待つ。


 ちょっとしてから戻って来て「来て下さい」と言われた。

 ……よし。


 1年ぶりの面接か。

 是非とも、合格してみせるぞ。




 奥のスペースに進む。

 狭い。狭いけど……


 奥のデスクに、誰かいた。


「お前がここで働きたいと言ってる奴かぁ~?」


 すごく間延びした声だった。

 それが、こちらを振り向いた。


 それはとても太った成人男性で

 ピッチピチの黒いTシャツと、ゴムの入った灰色ゆったりズボンを身に着けていた。

 そして足はサンダル。


 体重……絶対100キロをオーバーしている。

 そういう男だった。


 とても目が細くて。

 頭は禿げていて。

 歯は、なんか溶けている感じがする。

 シ〇ナーでも吸ってんのかこの人は?


 色々思ったけど


「こちらが逢坂さんです。店長」


 梅田さんの紹介。

 俺は頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 その一言を添えて。


 店長……だよな?

 状況的に。


「おでは店長の多古田だぁ」


 やっぱりか。

 店長、つまり多古田は俺の身体を値踏みするように見つめ


「よし、合格だぁ」


 ……よっしゃ!

 俺は心で小躍りした。

 見た目、すっげえ怪しい人物だけど、今はそれどころじゃないしな。

 働けるだけありがたい。


 そう思っていたとき


 多古田はこう言った。


「こいつが入るならもう迫田はイラネ。あいつクビ」


 ……え?




「……迫田さん」


「今までありがとうな。なっちゃん」


 クビ宣告を受け。

 梅田さんは迫田老人に別れの言葉を言っていた。

 梅田さんの目は潤んでいる。


 ちょっと待てよ!?


 あの迫田さん、何かまずいことやったのかよ!?


 なんで迫田さんをクビにするんだ!?

 理由を教えろ!


 そう、言いたかったけど。


 ……なんか、ふたりに目で止められたんだ。

 これにとやかく言ってはいけないんだ、って。


 あの2人はこの処分に納得している。

 だから……俺がここで暴れる理由は無い……。


 そう思っていた。

 ……とても、悔しかったけど。


「それじゃ、僕は行くから。なっちゃん、これからも頑張って生きるんだよ」


「迫田さん……」


 エプロンを脱いでジャージ姿になって去っていく。

 その老人の後姿はとても寂しくて。

 見ていて、胸が締め付けられた。


 ……会ったばかりの人だけど。

 梅田さんときちんとした関係を作った人なんだ。


 悪い人なはずがない。

 なのに……!


 ……なんなんだよ。これ。

 こんなの、絶対に間違ってるだろ。

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