第2話 半年前
事の始まり、もしくは終わりは、そう──半年前。次の公演の打ち合わせをするために、
「鹿野さぁ、俺と結婚しようよ」
不田房の声を聞いた瞬間、呼吸が止まった。目の前にいる男が、10年という決して短くはない年月をともに駆け抜けた相棒だと、信じられなくなった。
今は、次の公演の打ち合わせをするための時間ではないのか。火の点いていない煙草を取り落とした鹿野の手を強く掴み、不田房は繰り返した。
「結婚したい。無理かな?」
「な……」
なんでそんなこと言うんですか、不田房さん。
愛想笑いもできなかった。不田房のことを、初めて怖いと思った。
結局、その日は打ち合わせどころではなかった。鹿野は逃げるように喫茶店を飛び出し、夜になって不田房から送られてきた「急にごめん」というメッセージを読んですぐに削除した。自宅に──当時鹿野は実家から然程離れていないマンションでひとり暮らしをしていた──いるのもなんだか恐ろしくて、実家に転がり込んだ。大学で民俗学の教授をしている父・鹿野迷宮は青褪めた顔で飛び込んできた娘・素直に詳しく事情を聞こうとはしなかったが、
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