六
「ユカリ、その、たいむすりっぷとはなんだ」
犬上が眉をひそめて聞くと、由香里はすぐに答えた。
「うーん、簡単に言うと時を超えるってことよ。あなた、蘇我蝦夷が生きている時代から来てるんでしょ?」
「大臣殿を呼び捨てするとは」
「良いのよ気にしないで」
「いや気になるわ」
犬上のツッコミを無視して、由香里は更に続ける。
「あのね、単刀直入に言うと、私とイヌが生きている時代は違うの。イヌの時代は、今私が生きている時代から、1300……いや、1400年も前の日本なのよ」
これには犬上も言葉を失った。
「え……どういう、ことだ? ユカリは俺より遥か先の未来を生きているってことか?」
「そう」
「でもそれはおかしい。現に俺とユカリは、今こうして空間を共有している」
犬上が指摘すると、由香里が人差し指を立てた。
「そう! 今の現象こそがタイムスリップなのよ。あなたの生きる蘇我蝦夷とかが活躍した時代と、私の生きる時代が何かしらの理由で繋がっちゃって、今この空間ができているの」
「それは本当か?」
「嘘かもね」
由香里がテヘッと笑う。
「私だって正直よくわからないわよ。でもイヌの言い分からすると、おうちの扉でも開けたのかしら? そしたらここに繋がっていたってことよね」
「ああ。俺が家の入口を開けたら、この明るい部屋に来ていた」
「やっぱりね」
「じゃあユカリの言う通り、何らかの理由で時代が繋がって俺がここに来たんだとしよう」
犬上は冷静に言った。
「だけど、その何らかの理由ってなんだ? 俺は分からない」
「そうね……」
由香里は暫く天を仰いで考えたあと、何やら思いついたというふうに手を伸ばした。彼女の左手が取ったのは、先程の例の薄い板。――犬上のことを警察に通報しようとしたときに使った、スマートフォンだ。
「何をしようとしているんだ?」
犬上が不思議そうな声を出す。それに対して、由香里はムフフと怪しい笑みを返すだけ。
「ちょっと待ってて、イヌのこと調べたげるから」
「俺のことを調べる? その板で?」
「これはただの板じゃないわ。なんでも分かる魔法の板よ」
「まほうのいた……」
もげそうなほど首を傾げ、不安そうな顔をする犬上。その様子に笑みをこぼしながら、由香里はスマホの検索フォームに彼の名を打ち込み、決定ボタンをタップした。
「犬上御田鍬……あ、」
由香里は表示された画面に、知っている単語を見つけた。確かこれは、日本史の授業で習ったやつだ。
遣唐使。
それが、犬上御田鍬を検索した中で一番最初に出てきた。
由香里は、チラッと顔を上げ、目の前の男を見る。青い冠に、水色の衣。少し不安げな顔をしている彼が――。
「イヌ、あなた、日本で最初の遣唐使、なの?」
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