四
「いや、え?」
少女が変な声を出す。犬上は扉に手をかけたまま動けない。
「誰ですか?」
「あ、いや」
「てか、なんなんですか? その変な服、昔の人のコスプレですか?」
「こすぷれ」
復唱する犬上。それ以外何も喋ろうとしないので、少女はますます怪しむ。
「あのー、なんか応えてください。これ以上何も喋らないと警察呼びますけど」
「けいさつ」
「あー、もうその様子じゃダメそうですね。じゃ、遠慮なく。イチイチゼロっと」
少女の細い指先が、何やら薄い板を叩いた。肩くらいまでに伸ばした黒髪がサラリと揺れる。
その瞬間、犬上はなにかを悟った。それがどこからもたらされた感覚なのかは分からない。だけれど、確かに彼の脳内ではその少女が板を耳に当てたら終わりだという警鐘が鳴り続けていた。
「ま、」
やっとのことで声を出す。
「待ってくれ!」
犬上の叫びを聞いて、少女が怪訝そうにこちらを見る。彼はもう一度ゆっくりと言った。
「は、話せば分かるんだ。怪しい者ではない。話せば分かるから!」
焦りながら言う犬上。少女は構えていた薄い板を下ろし、改めて扉の前に立つ男を見た。
「『話せば分かる』って、
「イヌカイ?」
強い犬を飼うのだろうか。犬上が少女の口から発せられる未知の言葉の羅列に面食らっていると、彼女ハァとため息をついた。
「あなた、本当に何もわからないのね。本当は今すぐにでも通報したいくらい怪しいけど、特別に事情を聞いてあげる。あなたは、誰?」
横髪を耳にかけながら少女は尋ねた。犬上は戸惑いつつも、丁寧に答える。
「犬上御田鍬、という者だ」
すると少女は少し驚いたような顔をした。
「イヌカミ……なに?」
「御田鍬」
「ミタスキ……なにそれ、覚えにくい名前ね」
少女は眉をひそめて続けるね。
「じゃああなたは、今日からイヌよ」
「イヌ!? それはあんまりでは」
「じゃあ、なに。ワンちゃん? なにか呼んでほしい名前があるなら言ってみて」
「では……」
ここで犬上の欲望が少し出た。
「『イヌカミさま』なんてどうだ」
「ハイ却下ー!」
少女がパンッと手を鳴らした。それと同時に崩れる犬上の希望。
「住居不法侵入な上に、華の
意地悪く言う少女。分からない単語も多かったが、犬上は自分がよく思われていないということを察する。
「うーん、そうね。やっぱりイヌって呼びましょう。イヌ、よろしく」
満面の笑顔で言う少女に、犬上は何も返す事ができない。かろうじて尋ねる。
「じゃあ……お前のことは、なんて呼べば良いんだ?」
「んー、そうね」
黒髪に華奢な身体付きの少女は、少し考える素振りを見せてから答えた。
「わたし、
「あいわかった。じゃ、ユカリ」
犬上がそう言った次に。
「「あのさぁ」」
二人の声が、
「ここはどこ?」「あんたどこから来たの?」
見事に被さった。
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