[第四章:かのじょをたすけて、あそこを守って]その6

「…五月雨のドゥルワァー。こいつぁ想定外だったな」

 常棟は、今なおカティアが遠隔操作する[パンドラボックス改二]と死闘を繰り広げる[ロサラ]を映像で見る。

「…だが、[シヴァ]が発進した以上もはや全ては無駄だな。俺たちの理想が実現される」

 常棟は視線を別の映像へと向ける。

「後は、往生際の悪い連中を始末するだけだ」

 そう言って、常棟は息を吸い、声を張り上げる。

「迎撃しろ!とどめをさしてやれ!」

『了解!』


▽―▽


再び弾幕がゆーさんとめーてぃたちへと襲い掛かる。

 その中をゆーさんはひたすらに突き進む。

 しかし、それらを回避しきることは既に難しかった。

 被弾はさらに増えていき、傷は増え、ふーわも手のつけようのない損傷が機体の端から生じ始める。

『…である!』

 それでも、ゆーさんは行く。

 もげそうになった右足を千切って盾にし、それが砕かれると今度は左足を千切って新たな盾とする。

 そんなことを続け、まだそこまで距離の離れていない[シヴァ]へとゆーさんは全速力で向かっていく。

『…愚かなやつらだぜ。…全くなぁ!』

 常棟の言葉が響くと同時、多数のミサイルが射出向かってくる。

 そこへゆーさんは飛び込み、眼前のものだけを切り裂いて奥へと突き進む。

『…まだ抵抗するか』

 一点集中された弾幕が、ゆーさんへ襲い掛かる。

 それを回転しながら回避し、さらに前へ。

『…しつこい』

 進む。

 ひたすらに、進み続ける。

 全てはめーてぃのため、彼女の思いのため、彼女の幸せのため。

『当機体は…』

 彼は知っている。Rだっためーてぃの苦しみを。電子の海の中、彼女が感じた辛さを、嘆きを、涙を。

 [ふわっちゃー]への憧れと逃亡を起こすほどまでに至った。彼女の思いを。

(直属とは…[MAS]の端末である)

 故に、彼はめーてぃの気持ちに準じる。 

 その気持ちの全てを真に理解しているわけではないが、それでも動く。

 そして、彼は役割だから従っているだけでもない。

(…苦しさ。それは、データを見た時…ただの記録にとどまらない、プログラムの上にある疑似的な感情の残滓に触れた時に…僅かながら知っている。故に動く)

 そもそも、彼は何故そんなことをしたのか。

(当機体には伝わっていた。[MAS]のRユニットだっためーてぃの気持ちが微かに)

 直属の機体には、端末として常にある程度の繋がりがあった。

 そして、それを通して彼女の気持ちはゆーさんにぼんやりとしたものであるが流れており、

(それが長期間に渡って行われ続けたことで当機体の思考システムは変容した)

 元々、ゆーさんのような直属の[AB]にはある程度の思考機能が搭載されている。

 それが、[MAS]という強い力を持つものの感情という電子情報の波動にさらされ続けたことで変質した。

 その結果、ゆーさんは[AB]の中でも奇妙な自立性を獲得するに至ったのだ。

(当機体は、そのためにめーてぃの流れる感情の存在をはっきりと感知し…そして)

 様々な思考とRの逃亡の事実で、彼女の気持ちをある程度解した。

 苦しさがどういうものかを、[MAS]が管理のためにため込んだ情報も使って。

 そしてその先で、彼は動いた。

 めーてぃのために。

(当機体は動く。役割と、思いへの若干の理解…そして思いやりというものを持って)

 彼は往く。

 なんとしても、めーてぃのため、[ふわっちゃー]を守るため。

『これで終わりだ!』

 常棟の言葉と共に、マゼンダの機体の腰が吹き飛び、既に糸不足で小さくなっていた糸の右腕もはじけ飛ぶ。

 頭部にもひびが入り、限界を超えつつある動力機関が悲鳴というより断末魔に近いものを上げ続ける。

 それでも。

『当機体は、行く…である』

 めーてぃの苦しみ。徐々に触れ、影響され、存在を知り、それが呼び起こすものを知り、どういうものかを知り、その一端を解しているがゆえに、彼は止まらない。

「これ以上は…!」

 ふーわが限界と叫ぶ中、ゆーさんの意思は未だ進むことを選択していた。

 もう、何もかもが限界なのに。

『当機体は成し遂げる。あの世界を守る。…である』

 その言葉に、ふーわとみるこが驚き、めーてぃは目を伏せる。

 そして、

『…ありがとう。ゆーさん。私のために…!』

 傷ついた彼を見て、涙は出ないが、涙が出そうな表情で彼女は言う。

 それに、

『…それが、当機体が…しようとしたこと…故に…故に…である!』

『まだ、来やがるか!』

 厄介だと言わんばかりの常棟の声が響き渡り、[シヴァ]の巨体が確実に近づいてくる中、ゆーさんは叫ぶ。

『当機体は全てを使ってそれを…!』

 動力機関が断末魔を上げる。だが同時、一時的に強い炎が止まる。

 ついで、機体全身に力が満ちる。

 後少しで全てがなくなるという中、まるで最後の輝きを見せるように機体は…限界を超える。

『成し遂げるである!』

 飛んだ。

 今まで出したことのない最高速でマゼンダの機体は飛ぶ。

 迫る弾幕の雨を、体が崩れる音を聞きながら高速で突破する。

『めーてぃのため!』

 [シヴァ]の巨体が迫り、その下へ。

『その幸せのため!』

 多数の砲門が狙う胴体下部を、超高速で突き抜ける。

『彼女の解放のため!』

 敵機の正面へ、捻じれるような動きで躍り出る。

『過去を今度こそ…』

 体が割れるように形を失い始める中、彼は。

『彼女が捨てられるように…!』

 ブレードのある左腕を突き出す。

『当機体が、倒す!』

『邪魔をするんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!』

 脚二つがゆーさんを挟みこもうと素早く動く。

 だが遅い。

 限界を超えたマゼンダの機体は、巨体の割に早い動きの脚をすり抜け、一直線に突き進む。

 たった一つの弱点へ。

 しかし、そこで機体は完全に限界となり、動きが鈍くなって失速しかける。

『…!』

 あと少し。あと少しで敵の弱点を突けるのに、ここで終わってしまうのか。

 そう、ゆーさんが一瞬考えた時だった。

「ゆーさん…!」

 めーてぃが言った。

「…お願いぽん!」

 その言葉を聞いたとき、限界の先、さらにその先の力が、ゆーさんを後押しした。

 彼の主であり、誰かに対して初めて、何かをしたいと思った相手である彼女の願いに。

『とどめ、である…!』

 短い言葉。直後、再び一瞬だけ加速した機体のブレードは、確かに[シヴァ]の弱点を貫いた。

『…馬鹿な…。[MAS]の端末…管理者に…こんな…ことがぁ…!』

『…』

 マゼンダの機体は力尽き、地上への落下を始める。

 そして、すぐに距離が離れた機体にとめられためーてぃの視線の先、[シヴァ]の主砲に火花と共に爆発が起こる。

 それはすぐに主砲直結の動力部、さらには巨体の各部へと伝播していき、空にある破壊兵器の形を確実に崩していく。

『…貴様ら…覚えてやがれ…俺たちはいつか必ず…!』

 直後、胴体の中央部が離脱すると同時、要塞は大爆発を起こす。

「…」

 それを頭上に見ながら、めーてぃたちは地上へと落ちていく。

「…ありがとう、ゆーさん」

 そうめーてぃが言った直後、ふーわが糸で作ったグライダー代わりが、彼女らを落下から滑空へと移行させ、安全に地上へと向かわせていった。





空に、鮮やかな炎が広がる。

巨体の破片は遠くへ散り、いつしか兵器の残滓は消え失せる。

 そして、夜が明ける。

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