[第四章:かのじょをたすけて、あそこを守って]その5

 戦いは、天空の[シヴァ]から降り注ぐ、多数の砲弾によって開幕した。

「…来るなのですよ!」

『回避。である』

 遥か上空から、曲線を描いて徐々に上昇するゆーさんへ、巨大な砲団が降り注ぐ。

 狙いは大雑把だ。距離があることと対象が小さい事、現状は[シヴァ]にカタパルトによる死角があることで狙いをつけづらいことに原因があるのだろう。

 だが、それを打ち消すほどの圧倒的物量がゆーさんへと襲い掛かってくる。

『…予測、困難。である』

 回避するためには一番近い弾の軌道を予測計算し、その上で回避行動をとる必要がある。

 しかし、砲弾が圧倒的に多い以上、その処理は膨大だ。

 もとよりこんな戦いを想定しているわけではないゆーさんの処理能力では、計算しきることは不可能に近かった。

 …だからこそ、それを察しためーてぃが言う。

「ゆーさん。私が後続の弾道を予測する。ゆーさんは一番近いのだけ…!」

『…了解。である』

 めーてぃは現在人形ではあるが、その本体は超高性能なコンピューター…情報処理機器だ。

 大陸の全てを、補助有りとはいえ管理するほどの圧倒的な処理能力は、弾道を予測するのにはもってこいだ。

 ただ、その処理結果を伝達するには電子的な繋がりがゆーさんとない以上、口頭で伝えるしかない。

 故に、最も近いものまで予測しても間に合わない。

 だからこそ、めーてぃはゆーさんに最も近いものの予測だけは任せた。

 そして、それならゆーさんの処理能力でも予測し、それを元に回避行動をするのが可能だ。

『…回避行動。である…!』

 来る。

 距離から少し到達のかかった砲弾の雨がゆーさんと人形たちを消し飛ばしに。

 そして、それを防ぐためにゆーさんは動く。

『…出力調整、体勢変更、微調整、加速…である!』

 同化した糸を操るふーわと共に、ゆーさんは体を操る。

 噴射口が光を放ち、マゼンダの機体を空で舞わせる。

 十メートル先へ、五メートル横へ、三メートル後ろへ、七メートル左前へ、六メートル斜め右下へ。

 めーてぃの声が砲弾の雨のつくる音と共に響く中、ゆーさんは幾度となく回避行動をとり続ける。

 そして、それをしながら確実に敵へと近づいていく。

「…!…高精度誘導ミサイルなのですよ!」

 [シヴァ]の方を見ていたみるこが叫ぶ。

 彼女の視線の先では、先の砲撃の弾幕ほどではないが、それなりに数の多いミサイルが向かってくる。

 みるこはその形を見て、過去の経験からか誘導ミサイルと判断したようだ。

「…避けるだけじゃ足りない…!」

『…こちらに動きに同調してくるならば…』

「…加速するなのですよ!来るまで時間があればあるほど狙いは正確になるなのですよ!だから…!」

『強行突破。了解。である』

 さらに、速度をあげる。

 それにより機体がきしむが、

「…耐えさせてみせる」

 ふーわが糸を操り、負荷のかかっている場所に潜り込ませ、負荷の軽減や破損した場合の即時修復などを行っていく。

 それによって、機体はさらに加速し、徐々に一塊りとなって向かってくるミサイルに接近。

『軌道、強制変更。である』

 そこで、ゆーさんは強引に動きを変更。少し前に出て集まってくるミサイル群のつくる中央の隙間を、ギリギリのタイミングで突破する。

 直後、急に正面の対象が消失したミサイルたちはぶつかりあって空で爆散する。

 しかし、それにかまっている暇はない。

 ゆーさんたちは、さらに空へと舞い上がる。

『現在、カタパルトまでの距離、およそ六百メートル。である』

 近づいてはいる。

 だがまだ遠い。

「…油断禁物」

 ふーわは目を細め、呟く。

 直後、再び熱い弾幕が彼女らに降り注ぐ。

『予測開始』

「…計算する…ぽん!」

 動く。

 ふーわが補助し、めーてぃが教え、ゆーさんが空を往く。

 そうして、彼らの敵本体との距離はさらに百メートル縮まる。

「…第三次弾幕、突破…ぽん!」

「…あそこ!行くなのですよ!」

『了解。である』

 そこで、めーてぃたちはカタパルトの真下へと到達する。

 頭上には漆黒の巨大金属板が遠目に見える底は、[シヴァ]からすれば完全な死角。

 弾幕を張ることはできず、せいぜいミサイルを撃つ程度だ。

 しかも、迂闊に放てって流れ弾が支柱などを破壊してしまえば、カタパルトの土台から崩壊させることになり、発進が失敗することとなる可能性もある。

 故に、相手は下手な攻撃をできないはずだ。

「…攻撃がやんだ」

「…ここならある程度、安全に行けるなのですよ」

「…なら、少しだけ速度を落とす。常時限界近くでは負荷で機体が空中分解しかねない」

『正しい判断。である』

 ふーわの言葉に従い、ゆーさんは少しだけ速度を落とし、機体への負荷を多少なりとも軽減する。

「…まだ、相手は発進してないなのですよ?」

『そのよう。である』

「…確実にいく…ぽん」

 カタパルトの下を消耗しすぎないように、かつできるだけ早く行き、確実に[シヴァ]の懐に潜り込む。

 それを実行しようとゆーさんはやや斜め上(敵機正面に出るため)に負荷を軽減するため一時空中でほぼ止まり、機体の角度を変える。

 そして、再び上昇を開始しようとする。

 …そのときだった。

「…罠なのですよ!」

 みるこの声が素早く飛ぶ。

 直後、土台の側面から多数の銃弾が一斉にゆーさんへと降り注ぐ。

『…!』

 察知するが早いか、ゆーさんは全力で加速。 

 一気に上へと舞い上がる。

 だが、あまりに急な動きにふーわのカバーが追い付かず、機体の一部に異常が出る。

 それによって、一瞬機体の軌道がふらつく。

『…である!』

 不味い。

 そんなことを誰かが言った直後、相当な大きさを持つ弾が、ゆーさんの背中へと迫った。

「…ふっ!」

 突如、それまで全く発せられなかった声が出る。

 同時、二つの得物が…さすまたが空気を押し出すように外側へ振られる。

 それにより、接近した弾はかなりの反動ありきではあるものの軌道が逸らされ、あらぬ方向へと飛んでいった。

『離脱…である!』

 二秒後、ふーわの協力のもと態勢を立て直したゆーさんは高速でカタパルトの土台から離脱。

 遠くに[シヴァ]を見れる位置へと躍り出、上昇する。

「…迂闊だ」

 そう言うのは、脚をふーわの糸で固定された執行者だ。

 彼女は両手にさすまたを持った状態で、ゆーさんの頭に腰かける。

「…執行者が背後を守る。なんとしてでも、行け」

『…了解。である…!』

 執行者の嫌そうな声に力強く返し、ゆーさんは答え、空を行く。

 そして、残りの距離は二百メートルに達する。

 同時、さらなるミサイルの弾幕が襲い掛かってくる。

 それをめーてぃたちの協力でどうにか乗り越えた先、距離は確実に縮まっていく。

 …そして数分後、ついには[シヴァ]の巨体がはっきりと見えてくるようになる。

「…ここまで、来たなのですよ!」

 近い。まだ距離はあるが、みるこたちは確実に相手へと迫っていた。

「…さぁ、行く!」

『了解。である!』

 ふーわの言葉とともに、ゆーさんはここぞとばかりに速度を上げる。

 今度は狙いがつけやすくなったせいか、先ほどより精度の高い砲撃によるさらに濃い弾幕を抜けながら、彼らは敵に迫る。

 彼我の距離、現在百五十メートル。

『…負荷が…しかし…である!』

 マゼンダの機体は舞う。

 徐々にふーわもカバーしきれないパーツの疲労で動きは鈍くなり、時折流れ弾が機体の端をかする。

 その度に衝撃で止まりそうになるのを、ふーわとゆーさんは強引に抑え込み、機体を動かす。

 徐々に負荷の蓄積により速度が落ちていく中、それでもマゼンダの機体は進み続けた。

 そしてついに。

「…ふっ!」

 執行者が投げたさす股がミサイルを爆散させ、迫る多数の弾を回避し、機体は右へ。

次いで、その煙を突っ切ったとき、機体はカタパルトの中央寄りに進んだ[シヴァ]の攻撃の死角たるすぐ背後、鉄板の上へと至った。

 重い音とともに、機体が着地する。

『…後少し。である』

「…まだ、相手は発進できていない。今のうちに!」

「なのですよ!」

「お願い…ゆーさん!ぽん!」

『…了解…である!』

 脚を一歩踏み出す。

 弱点はすぐ先だ。

『飛行は後…最高速度で一分半のみ』

 それだけあれば、行ける。

 弱点へと到達できる。

『…である』

 相手が最初に見たより前に出ているというのは、発進がすぐに迫っているということだ。

 どうにしろ、時間はない。

『…行く。である…!』

 マゼンダの機体に比べてはるかに大きい[シヴァ]の胴体にしたには、ゆーさんが通るには十分な空間がある。

 そこを突っ切ればそれでよい。

 故に、ゆーさんはカタパルトを傷つけないために結果的に無防備な[シヴァ]の真下へと入ろうとした。

 …そのときだった。

 聞き覚えのある声…[BSIA]のカティアの声が響く。

『行かせませんよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

 突如としてシヴァの胴体の下部が開き、一機の、遠隔操作型に改造された[ABB]が現れる。

 四つの脚を持ち、胴体をまるまる機関銃に変え、腕にショベルアームを装備したその機体は、雰囲気こそ多少異なるが、以前[ふわっちゃー]に現れた[パンドラボックス]のように見えた。

『この、[パンドラボックス改二]で防ぎます!』

 その言葉の直後、敵機はローラーを露出させ、カタパルト上を滑走。

 ゆーさんへと迫ってくる。

『…!』

『この前のリベンジ、果たさせてもらいます!』

「…不埒者め」

 そこで執行者がふーわの糸を解き、跳躍。

 着地と同時に残ったさす股を構えて敵機へと迫る。

『邪魔ですよ!』

 [パンドラボックス改二]の機関銃が火を噴く。

 それは執行者を狙って、次々と弾丸を吐き出していく。

「…不埒者の弾など…!」

 走る。

 執行者は流石の身のこなしで、カタパルトの上を走り、敵機へと迫る。

「…邪魔を、するな…不埒者…!」

 瞬間、飛び上がった執行者のさすまたが[パンドラボックス改二]の機関銃をへし折る。 

 ここまで、僅か三秒。

『く…』

『である!』

 直後、ゆーさんが動きの止まった敵機へ滑るように接近、その胴体と脚部の付け根をブレードで的確に切り、真っ二つにする。

『そ、そんな…!』

 ゆーさんと執行者が跳躍して距離を取った直後、[パンドラボックス改二]は爆発。砕け散る。

『…本来の目的を…である!』

 瞬殺した敵など気にしていられない。

 そんなことを態度で示し、ゆーさんは一瞬向けた視線を、敵機の残骸から[シヴァ]の方へと視線を戻す。

 …そのときだった。

『!?』

「なに…ぽん!?」

 いきなりだった。

 多数の銃弾が、ゆーさんの脚部を貫いた。

 余りに急なことと骨格が破損したことにより、ゆーさんは倒れこそしないが、膝をついてしまう。

『残念でしたね。ふふふ』

 ゆーさんたちの目の前。

 そこにはいつの間にか、多数の[パンドラボックス改二]…その同型機が佇んでいた。

 その数、十五。

『…これは……である』

 ゆーさんは唐突に現れた敵を見て呟く。

『見てのとおりですよ。[シヴァ]には艦載機があるんです。これはその一部、地上戦用のもの。あなたたちのような邪魔者を排除するための機体です』

 そう言うカティアの言葉の後、常棟の声が聞こえる。

『残念だったな』

 同時、多数の弾丸がゆーさんの胴を貫く。

『…損傷拡大…である』

 さらに、内部フレームへ破損が至ることで、機体の動きはさらに鈍くなる。

「ゆーさん…!」

 心配そうにそういうめーてぃの先で、[パンドラボックス改二]たちは蠢き始める。

『R。てめぇらはよくやったようだが、ここまでだ。[シヴァ]はこれより発進する』

『…!』

 通信越しの常棟の言葉に、全員が息を飲む。

 直後、[シヴァ]の巨体が震え、カタパルト上を移動し始める。

『まだ…である!』

 言葉とともに、ゆーさんは動こうとする。

 だが、

「…ダメ…カバーがまだ…!」

 ふーわが糸をせわしなく動かしながら言う。

『…明らかに、あなたたちの敗北ですよ?』

 そこにカティアの声が響いてくる。

 同時に敵機の足音が多数響く。

「…[シヴァ]が行っちゃう…!」

 めーてぃは巨体を見つめて言う。

 止めなければ。その意思が困った言葉はしかし、宙に虚しく散る。

 …そして。

『俺たちの勝ちだ』

 カタパルトの上から[シヴァ]が加速して飛び立つ。

 八つの脚が折りたたまれて膝の先が板のように伸び、機体は…巨大な破壊兵器は、自由な空へと解き放たれてしまう。

「…そんな…」

「間に合わなかった…なのですよ」

 そう、絶望した声でめーてぃとみるこが言った直後だ。

『そう。あなたたちは間に合わなかった。そして、あなたたちは負けたんですよ?』

 カティアの言葉とともに、動けないゆーさんの周りへ[パンドラボックス改二]が足音を響かせながら集まってくる。

『そう、あなたたちは負けた。そして敗者には…管理者の世界を邪魔する者には…消えてもらいます!』

 完全に調子に乗り切った様子で、カティアは言い、敵機体はゆーさんたちを包囲していく。

「…そんな…」

『…である』

「…なのですよ」

「…く」

 各々が呟く中、機銃が四方八方から向けられる。

 その間にもふーわがゆーさんの体をどうにか動かせるようにしようとするが、糸自体も弾丸で消し飛んで減っていることもあり、間に合わない。

 明らかに、彼女らは詰みの状況にあった。

『さぁ、最後の時です』

 [シヴァ]の飛行音が遠ざかる中、カティアの声が冷たく響き渡る。

 まるで、死刑宣告のように…いや、これはそのものだ。

『…さようなら。私たちは理想を実現させますね!』

 その言葉が発せられた直後、多数の機銃が火を噴き、ゆーさんたちを粉々に粉砕する。

 …そのはずだった。

『!?』

 瞬間、最前列にいた[パンドラボックス改二]の銃口が、投擲された金属塊により、折れ曲がり、弾を吐き出せずに暴発。

 その直後、土台の下から現れた何かがゆーさんを抱きかかえ、数歩分後退する。

「…!五月雨のドゥルワァー!」

 みるこが思わず叫ぶ。

 その視線の先、今なおふーわが修復を試みるゆーさんを抱いているのは、この大陸の[AAA]最後の戦力、五月雨のドゥルワァーの乗機、[ロサラ]だった。

 機体はそれなりに損傷し、左腕の剣とマントの大半は喪失されていたが、致命的な損傷は見られない。

 そんな機体はゆーさんを置き、その前へと立つ。

 まるで、ゆーさんたちを守るという風に。

「…ドゥルワァー?」

 みるこのその言葉に、静かな声が[ロサラ]から響く。

『…ここは我が引き受ける…』

「……」

『…[ロサラ]はもう飛べぬ。…事前に聞いた通り、その飛行可能な[AB]は、そこの人形が動かせるのだろう?故に…託す』

 [ロサラ]は、自身の方を向く[パンドラボックス改二]たちに向き直り、右腕の剣を構える。

『…[BSIA]の暴走を、止めるのだ』

「…ドゥルワァー。…ありがとう、なのですよ」

 みるこは[ロサラ]を見てそう言う。もはや過去であり関係ないとする身の上ではあったが、かつての戦友に感謝の意を伝えることぐらいはしなければと思ったのだろう。

『礼はいらぬ。……そなたの思いは知っている。…この戦いを終え、幸せになるがいい』

 その言葉と共に[ロサラ]は、五月雨のドゥルワァーは動き出す。

 目の前の障害を排除し、後を託すために。

「…なら、こちらもそうしよう」

 執行者もまた、ドゥルワァーと同じように[パンドラボックス改二]と対峙する。

 そして、十五の四脚の群れへと飛び込み、それらを足止めする。

「…よし!めーてぃ、みるこ!動かせる!」

 ふーわの声が響くと同時に、ゆーさんがどうにか立ち上がる。

「行く、なのですよ…」

「うん…ぽん」

『行く、である…!』

 傷ついたマゼンダの機体は空へと舞い上がる。 

 目指すのは、徐々に離れつつある[シヴァ]。

 なんとしても[ふわっちゃー]を守る。

 そのために、彼女らは最後の突撃を行う。

『一直線、限界加速!である』

 

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