[第四章:かのじょをたすけて、あそこを守って]その4


轟音とともに、巨大な構造体が持ち上がる。

 もはや一つの基地にも見えるそれは、ある意味では間違っておらず、内包する巨体を整備する施設でもあり、

「いよいよだなぁ…」

 内部の巨体を発進させるための、あまりに巨大なカタパルトでもあった。

 それを証明するかのように、構造体の上部分の一部が、支える支柱と共に前方、海のある方へ向かって伸びて言っていた。

 そして、それと同時に構造体の頂は割れ、中から巨体が見えてくる。

『…』

 空からの鈍い光に照らされ、まず真っ先に目に入るのは巨大な八つの脚だ。

 先端が爪のように鋭く尖ったそれは、半ばから巨体の胴体部へと向かって折りたたまれており、直角になったその部分の下には、推進器らしきものが取り付けられている。

 そのような脚は、左右に分かれてそれぞれ四本ずつ、四対を形成している。

 ついで目を引くのはその胴体だ。

 八つの脚を生やす角ばったそれは、上から見ても横から見ても、前から見ても、どことなく楕円を描くような構造をしている。その基礎構造の上には、多数の直方体を土台として砲台のようなものが幾つも設置されていた。

 さらに目につくのは、後ろに向かって伸びる、翼のようなものだ。

 それが胴体真ん中からやや後ろ側に、左右二つずつ、後ろから見ればX字を描くように斜めに付いていた。

 …そして、最後に目立つのは、胴体の正面側にある巨大な横穴にも見えるものだった。

 そんな姿と、全高七十メートル、横幅四十メートルの縦幅百三十メートルの威容を誇るその兵器の名は、[シヴァ]といった。

「後少しだ。後少しで、全てが始まる…」

 その[シヴァ]の中で、常棟は言う。

 彼が座る副長席の周囲には球体の後ろ側三分の一のみを切りとったような形の空間があり、その隅には青い画面が広がっている。手前には多数の[BSIA]の構成員が座席に座り、目の前の機器を操作していた。

 カティアもその中の一人であり、彼女は常棟のほぼ真正面(厳密にはやや下側)にあたる

部分の席に降り、操縦桿を握っていた。

 彼女らは、全員が[シヴァ]の搭乗員。全ての[幻想領域]を破壊し、[AAA]をも殲滅する巨大な機動要塞を操る者たちなのである。

「…先輩、もう少しで発進の準備が終わりそうです」

「そうか。…ここまで長かったな」

 言って、常棟は周囲の者たちを見回す。

「てめぇら、後少しだ。あと少しで[シヴァ]は完全に起動する。空へと上がる。この巨大カタパルトを使ってな。そうなれば、全ての[幻想領域]の破壊は決まったも同然だ」

 その言葉に、[BSIA]の構成員たちは頷く。

「…ここまで長かった。多くの仲間が死んできた。…だがその犠牲も今日、報われるぞ」

 常棟は海の方…[幻想の三角領域]がある方を見つめる。

「…[シヴァ]が移動要塞として機能すれば、全てが上手くいく。これまでの時間は、今日のために会った」

「そうですね、先輩。今日という日のためにありました」

「ああ。これで全ての人は管理者の下に還る…」

 そのために、彼らはここまでやってきて、そしてこれからも行動する。

「手始めは当然、[幻想の三角領域]だ」

「そうです。…私が何度も負けさせられたあそこを、まずは」

 カティアの言葉に常棟は頷く。

「…さぁ。お前ら頑張ってくれ。ジジイも[MAS]を通して見守ってぇやがる」

 そこで常棟は立ち上がる。

「…俺たちの集大成で、世界を元に戻す!そうだよな、お前ら!」

「そうですね、先輩!世界を管理者の守りの下に!」

「ええ!」

「そうしよう!そうしよう!」

「よーし!」

「了解!」

 次々と、構成員は共感と肯定の声を上げる。

 その多数の声が彼のいる空間、[シヴァ]のブリッジに反響する。

 後数分で発進が始まる中、彼らの士気は最高潮へと達していた。

 [幻想領域]を壊し、管理者の世界を復活させる。

 その意思を強く宿し、彼らは今、そこにあった。

 …そのときであった。

「…!?」

 突如、ブリッジに警報が鳴り響く。

 不審なものの接近を告げる警報だ。

「…どうした!?周囲は[MAS]の直属が守っているはずだぞ!?」

 そうである以上、ここに近づけるものなどいない。この大陸の[AAA]はほぼ壊滅しているし、[MAS]が大半の施設を掌握している以上、ミサイル攻撃などとも考えにくい。

 ならば、一体何なのか。

「何かが、来ています…[MAS]の信号こそ放っていますが…おかしいです!」

 本来想定されていないことが起きた故に、警報は響く。

 その中で、索敵担当の女性の声が張り上げられる。

「場所は下から…大きさは…これは…!?」

「どうした、何が来ている…!?」

「…[AB]です![MAS]直属の[AAW]の機体の一つが…こちらに向かってきます…!」

 ついで、周囲の監視を担当する係の男が叫ぶ。

「映像、出ます!」

 直後、球体の表面が荒れたかと思うと、すぐに周囲の映像が表示。同時、機体左下の映像が、ややぼやけながらも拡大されて表示される。

「…これは…!」

「人形…!?」

 そこには、四体(厳密には三体と抱えられた一体)を後頭部や背中に乗せた[AB]、

AAW-MC1U―3cの姿があった。

「こいつは…!」

 常棟が目を見開く中、マゼンダの機体、その頭部のバイザーとモノアイが、強い光を放つ。


▽―▽


「…」

 めーてぃたちはゆーさんの背に、ふーわの糸で絡まりながら空を飛んでいた。

「…空中機動要塞[シヴァ]。なんとしても…ぽん」

 高速での飛行の中、そう呟いためーてぃは先刻ふーわたちに言ったことを思い返す。

(あの機体は圧倒的な装甲と機動性を誇る機動兵器。もし空へと飛び立てば、そう簡単には落とせない。それに、機体表面にある砲塔の数は全部で二百。接近も難しい)

 ふーわたちが感じた以上に、敵は強大だ。

 真正面から戦って勝てる相手ではない。

(けど、弱点がないわけじゃない)

そう。めーてぃは知っていた。

[シヴァ]には一つ、最大の長所にして短所が存在している。

 それは…、

(機体の胴体正面にある、主砲)

 横穴にも見えるそこは、[幻想領域]の守りを破り、消し飛ばすための巨大な粒子砲だ。

 最大の攻撃力を誇り、放熱の都合五割ほどが剥き出しのそここそが、[シヴァ]唯一の弱点である。

 そして、装甲など付けようがないそこへの、発進前の動きが限定された状態での攻撃こそが、めーてぃ達のただ一つの勝算であった。

(けど…そこに攻撃するにはゆーさんの近接武器しかなくて、接近しなきゃいけない。だから、そのときに足で蹴られたりして邪魔される横じゃなくて、正面から行かないといけない)

 そもそも、敵機の胴体側面や脚部には敵の接近を防ぐための大量の砲塔が存在している。

 それを超えなければ、目的の場所には達することができず、それらの斉射を回避して正面へと行く手段は、現状の彼女らにはゆーさんしかない。

 加えて正面も弾幕がないということはなく、懐に入った時の邪魔がないと言うだけだ。

 厚い弾幕を突破して(耐久力は足りないので速度で)懐に潜り込み、弱点を突く。

 それを、ゆーさんに頑張ってもらう他ない。

「…ゆーさん」

 めーてぃは自身の気持ちを汲み、ここまで来てくれた彼を見つめる。

 そして、[ふわっちゃー]のことを思う。

 短い期間で大好きになり、離れた時は戻りたいと思い、かつても今も求めている大事なあの場所のことを。

 大切な、めーてぃという人形が帰る場所のことを。

 彼女はそこを守りたいと強く心に抱き、その思いを乗せてゆーさんに言葉をかける。

「お願い。頑張って…ぽん」

 短いながら強い思いの籠った言葉。

 それにゆーさんは、

『了解。当機体はめーてぃの思いに応える。である』

 しっかりと答え、加速する。

 同時に速度故の突風が吹く。

「…強めにとめておく」

 ふーわが言い、自分たちをより強くゆーさんの体に固定する。

(お願い、ゆーさん…!)

 強い風に吹かれながら、機体は[シヴァ]に向かって高速で向かっていく。

 …そのときだ。

「…!見るなのですよ!カタパルトが…!」

 みるこが言うと同時に、轟音と共にカタパルトがより上の方へと動き始める。

「…不埒者が。引き離す気か」

 執行者が顔をしかめる。

 その視線の先でカタパルトはどんどん上昇していき、高さは一キロを少し超えたところにまで行く。

「…支柱を壊して落とすことはできないなのですよ!?」

「…難しいと思う。一本一本が相当太いし多いから。そんなことしてたら発進されちゃう…ぽん」

 [シヴァ]が空に行けば、現在はカタパルトの存在故に使えない機体下部の砲撃にさらされることになる。そうなれば、接近する前に装甲が厚いわけでもないゆーさんは撃破されてしまう。

「…発進する前にどうにか接近して弱点をつく。それしかない…ぽん」

『了解。出力をさらに、上げる…!』

「お願い…ぽん!」

『である!』

 ゆーさんは一気に真上へと上昇していく。

 そのときだ。

『通信。である』

 突如ゆーさんは電波を受信する。

 みるこがそれに首を傾げ、

「…この状況で、一体誰なのですよ…?」

『[シヴァ]より』

「…どういう?話し合いでも…?」

 ふーわは怪訝な表情を浮かべる。

 そこに、ゆーさんは言う。

『Rを出せとのこと。である』

 R。その言葉にめーてぃたちは反応する。

(相手は[BSIA]。…なら)

 もしかしたら。そう思ってめーてぃはゆーさんに、

「…分かった。繋いで…ぽん」

『了解。である』

 その言葉の直後、ややノイズ交じりで向こう側からの声が届く。

『どうやら、繋がったようだな』

 映像はない。言葉のみが向こう側から、めーてぃ達の方へ届いてくる。

「一体何の用なの?[BSIA]の常棟」

『その声は…Rか。やっぱりか。人形を見てもしやと思ったが…』

 常棟の発言の冒頭に対してめーてぃは顔をしかめ、

「…私はめーてぃ。…ぽん」

 その低い声での言葉を、常棟は鼻で笑う。

『はんっ、まだそんなことを。どうやら消去は失敗したらしいな』

「…」

 めーてぃは助けてくれたふーわたちをちらりと見る。

 だが、すぐに常棟の言葉で意識を戻させられる。

『……てめぇが回収した時の姿で、そこにいる…なら、ジジイ…ラザースルーとさっきから連絡がつかないのはてめらのせいか。てめぇがそこにいることを聞いても返事がねぇ…』

「そうだけど?」

 戦ったうち一人であるふーわが言い、みるこも頷く。

『関係な人形は黙っていろ』

 常棟はぴしゃりとふーわに言って黙らせる。

 それから、めーてぃに改めて語り掛ける。

『R。てめぇはそこで、何をするつもりだ』

「…決まってる。[ふわっちゃー]を守る。そのためにその機体を墜とす」

『[幻想の三角領域]をだ?…はんっ。どうやら逃げたときと何も変わっていないようだな…』

「……」

『R。そんなことはやめろ。てめぇはめーてぃなんてもんじゃねぇ。管理者の一つ、[MAS]のRユニット過ぎない。[幻想の三角領域]への執着なんて捨てろ』

「…私はめーてぃぽん。Rユニットじゃない……ぽん!」

『…。暴走AIが』

 そこで一瞬呆れるように黙った後、常棟は言う。

 めーてぃの言葉をあえて無視し、

『…Rユニット。てめえは[MAS]の…管理者の世界に必要なものだ。てめぇが[幻想領域]を壊す邪魔をするというなら、[AB]諸共撃破するしかねぇが…できりゃぁしたかねぇ』

 常棟はそこで息を吸い、そして今までにない圧力を持って言ってくる。

『引け』

「…」

『あんなくだらねぇものなんか、捨てろ!』

「…嫌」

『…知るか!てめぇは…』

「うるさい!」

 そこでめーてぃは今までにない声で叫んだ。

「私はもうたくさん。たくさんなの…!管理者だからってずっと何かを押し付けられて…いろんな感情をぶつけられて…だから捨てた…変わったの…!」

 めーてぃは、徐々に迫りつつある[シヴァ]を見据える。

「…私は帰る![ふわっちゃー]を守って、[ふわっちゃー]に帰る!今の私は、あそこにあるから!…ここには、ない!」

 通信越しに、常棟の舌打ちが聞こえてくる。

『…てめぇ…引く気は、ないんだな?』

「あるわけない。絶対に…ぽん」

『…なら。仕方ねぇな』

 そこで常棟は一息を置く。

 そして、

『てめらには消えてもらう』

 墜とすとはっきり言うからには弱点も知ってるだろうからな、と。

『…Rユニットがなくなるのは痛いが、代替物がいっさいないわけじゃねぇ。てめぇが消えても、最悪問題ない』

 もはや邪魔者に対する殺意を隠さない常棟にめーてぃは返す。

「…消えない。私たちは必ずあそこへ…!」

『…ふん。無駄な抵抗だと知りやがれ』

 理想の邪魔はさせない。そう言い残し、通信は切れる。

 同時に、めーてぃは皆に言う。

「[シヴァ]を墜とす…ぽん!」

 その言葉にふーわとめーてぃ、ゆーさんが頷き、執行者もそうしないながらも同意の雰囲気を見せた。

 そんな彼らは高速で、空の巨体へと向かう。

『必ず成功させる。である』

 …敵機発進までの時間はそう長くない。

 最後の戦いは今、始まった。

 



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