[第四章:かのじょをたすけて、あそこを守って]その3
「…っあ…!」
銃声の直後、みるこは後ろに倒れた。
「みるこ!?」
ふーわは驚き、みるこを見る。
その頭の右上には抉られたような跡があり、そこを銃弾が通過したことが分かる。
彼女は人形であるが故の重量の軽さから、銃撃された際の衝撃で転倒したのだ。
「…誰…?」
横目でみるこが無事であることを確認すると、ふーわは銃声の源、空間の奥を見る。
そうすると、すぐに目に入ってくるのは漆黒の巨大な装置だ。三本の六角柱が土台としてあり、その上には三つの三角柱が合わさって、横向きに乗っている。その周囲には、多数の画面とロボットアームを確認することができた。
画面には銀色の背景に[MAS]のロゴが浮かぶ、暗めの静止画像が映っている。
そしてそれらを背後にし、空間の中央寄りに立っている者がいた。
「…まさか。不明な侵入者が、これだとは」
「……」
ふーわは、静かに立つ老人を見る。
恰好は、ネクタイをし、白の上着を羽織ったというもの。
顔の彫は深く、年齢を感じさせる。
だが、決して老いによる弱弱しさなどなく、むしろ年月の積み重ねによる凄みがある。
色のない髪も、その雰囲気に拍車をかけていた。
そんな彼の名は。
「…トール・ラザースルー!?」
起き上がったみるこは目を見開き、老人…ラザースルーを見つめる。
「…[BSIA]のトップ…」
ふーわは呟く。
今、二人の目の前には[ふわっちゃー]を破壊しようとする組織、その首魁である男がいる。
そのことは、彼女に緊張を与えるには十分だった。
「……」
みるこも近い状態のようで、起き上がってからは口を結んで喋り出さない。
二人と、一人の間いに重い沈黙が横たわる。
それが、五秒ほど続いたのち、最初に口を開いたのはラザースルーの方だった。
「…貴様らは。そのふざけた見た目は…[幻想の三角領域]の住人か」
「…そんな名前じゃなく、[ふわっちゃー]だけど、そう。…それが?」
ふーわはいつも通りのやや感じ悪い口調で返す。
だが、ラザースルーは特に気分を害した様子もない。
それどころか、
「…ふん。[ふわっちゃー]?…くだらん名前をつけおって。逃げた者のネーミングなどこの程度ということか」
嘲笑。
彼はふーわたちを見て露骨なそれを行ってくる。
そしてそれは、本心からのものに見えた。
『…』
二人は、その態度に不快感を得る。
と同時に、ラザースルーはさらなる言葉を投げかけてくる。
「……[幻想の三角領域]の住人が、ここに何をしに来た」
彼は、一歩を踏み出す。
そして力を籠め、目を細めて言い放つ。
「何を、しに来た…」
圧倒的な威圧感が二人を襲う。
「…!」
ふーわは少し身を固くし、
「……っ!」
みるこは震えた。
「…貴様らは、ここまで何をしに来た。今まで多くの人間をさらい、ついには管理者までも我らから奪い取ろうとしたくだらぬ貴様らは、何を」
怒り、憤り、見下し。
それらが一体となった言葉は、二人にさらなる威圧感を与える。
「…ラザースルー」
その中で、みるこは震えながら老人の名を呼ぶ。
ついで、一歩を踏み出して叫んだ。
「みるこたちは助けに来たのですよ!友達を!めーてぃを!」
彼女の顔が、歪む。
それは、恨みなど由来するものであった。
「…ラザースルー!そこをどくのですよ!みるこたちは、めーてぃを助ける!邪魔をするなですよ!」
「…みるこ?」
彼女の妙な怒気に、少しだけふーわは困惑する。
だがそれは、少しの思考とラザースルーの態度で解決される。
「…その怒りよう。貴様、[AAA]の関係者か何かか?」
「…!」
みるこは、ラザースルーを睨みつける。
どうやら、そのことが彼女の態度の理由らしい。
(…[BSIA]は[AAA]と戦っている。そしてラザースルーは[BSIA]のトップ。…なら、恨みを抱くのも)
[AAA]の者たちの幾らかは、[BSIA]によって殺されている。
そのトップにいたラザースルーを恨むのは、自然なことと言えるだろう。
「……ラザースルー!どくなのですよ!」
みるこは彼を睨みつけながら叫んだ。
それに対し彼は、
「…助ける?…はははは。これは笑える」
「…何が、なのですよ?」
眉を顰めるみるこに、ラザースルーは叫ぶ。
「馬鹿を言うな!」
「…!」
みるこはたじろぐ。
「…[AAA]はこれまで、[MAS]という管理者のつくる平和を壊してきた。愚かにも管理を受け入れず、何度も、何度もだ。…多くを破壊し、失わせてきた[AAA]に関わるものが、助けるなどと…冗談にも程がある!」
「……」
すぐには反論できず、みるこは黙ってしまう。
「…[AAA]そのものにも、関わる者にも、助ける権利などありはしない。そんな傲慢は、許されない」
言って、ラザースルーは手に持っていた拳銃をみるこへ向ける。
「…失せるがいい」
瞬間、引き金が引かれ、銃口から銃弾が吐き出される。
それは一瞬で空気を裂いて進む。
狙いは、みるこの細い首元だ。
人形の大きさでは、撃ち抜かれれば抉られるようになくなってしまうだろう。
それを直感的に察知したみるこは、思わず目を閉じる。
…次の瞬間。
「…ふっ!」
弾丸は、みるこの目の前で弾かれた。
その後を聞いた彼女は、思わず目を開ける。
直後に彼女の視界に入ってくるのは、袖から糸の塊を出して弾を弾いたふーわの姿だった。
「…ラザースルー」
糸を収め、ふーわは言う。
「…みるこに助ける権利はある」
「…何?」
ラザースルーはぴくりと眉を動かす。
「…彼女はもう、[AAA]のものじゃない。それは[ふわっちゃー]に来た時点で、過去のもの」
ふーわはラザースルーに真剣な目をして言う。
「…今の彼女は人形のみるこ。めーてぃの友達。それだけ。例え過去がどうであろうと、今は今。捨てられた過去は、もはや関係ない。だから…」
ふーわはちらりとみるこを見る。
そして、言い放つ。
「みるこは、めーてぃを助けていい!なにより、求められているのだから!」
「…!」
みるこはその言葉を受け、ラザースルーの主張に飲まれかけていた状態から脱却する。
「…そう、だったなのですよ。今は、みるこ。自分は人形のみるこ。だからここにいるなのですよ」
彼女は、先ほどより落ち着いた様子でそう言う。
「…みるこはめーてぃを助ける。それだけなのですよ」
「そう。そして自分も、めーてぃを助ける。[MAS]を機能不全にし、兵器の建造を止めて…[ふわっちゃー]も救う!」
ふーわのその言葉に、ラザースルーは顔をしかめる。
「[MAS]を、か。なるほど…」
直後、彼は再び威圧感を出しながら言う。
「…貴様らは、管理者を。…[幻想の三角領域]から、くだらぬ連中が来たのはそういう目的か」
ラザースルーは忌々しいとでも思っていそうな、険しい表情を浮かべる。
「…その蛮行、許すわけにはいかない」
銃を構え直す音と共に、鋭い視線がふーわに飛ぶ。
それを受けた彼女は委縮することなく、
「…ラザースルー。自分たちの…邪魔を、しない!」
言って、ふーわは両手を前で交差させる。
戦闘をする用意があることを示すポーズだった。
それに対し、ラザースルーは言う。
「…邪魔?いいや。これは守りだ。全ては理想のため、管理者の下の平和のため」
彼もまた、構える。
「…[幻想の三角領域]も、[AAA]も不要。もうじきあれ(・・)が出来上がる。…ここで貴様らのような連中に邪魔されてなるものか…」
ふーわとラザースルー、二人の視線が交錯する。
お互いに面識はなく、みるこなどのような個人的な私怨も何もない。
だが、それぞれの立ち位置、それにやろうとしていること、それらだけで互いを敵とするには。打ち倒すべき相手とするのは、それで十分だった。
「…めーてぃを」
「…理想を」
友達を救いたい者と、理想のために動く者。
彼女らはそれぞれの思惑を胸に、今戦いを開始する。
そして、残された時間は少ない。
▽ー▽
『……』
まはや外部に声の一つも発することのできないめーてぃは、必死に抗っていた。
(…二人がいる…)
ふーわとみるこは今、ラザースルーを相手にして戦っていた。
その様子は空間内にある監視カメラを通し、めーてぃにも見えていた。
(…助けに…きてくれてる)
嬉しかった。
一度は悲しみに沈んだ彼女であったが、ふーわが謝り、見ること共にここへと来てくれたことが、めーてぃにはただ嬉しかった。
(…もう少し…きっと…)
めーてぃは信じる。目の前のふーわたちが助けてくれると信じ、必死に消される前の状態で抗う。
(…めーてぃは…まだ、消えない…)
電子の海の中、震えて、力んで、抗う。
(まだ…)
生存を望む叫びが、機械の中に木霊する。
(う…)
しかし、確実にめーてぃは追い詰められていく。
「作業続行」
Bの無機質な声とともに、意識の端から、徐々に抜け落ちていくような感覚が、彼女には伝わってくる。
(…ぁ)
時間はない。
ふーわたちの戦いは続いている。
彼女らが間に合うのかは、分からない。
(…めーてぃは…めーてぃは)
変わる。少しずつ今が消えて、かつてへと変わっていってしまう。
(まだ…まだ…ぽん)
その中で、めーてぃはただひたすらに。
(私は消えたくない…)
望む。その思いを、心の中で明確に形にする。
(私は、過去じゃない、今の私でいたい…)
彼女の思いが、電子の海に木霊する。
「…わ…たし…私は……あそこに、帰る…!」
▽ー▽
時間に追われる中、ふーわとラザースルーは戦っていた。
どちらも決して譲るつもりはなく、相手を排除せんと、己の得物を扱い、次々と攻撃を繰り出していく。
「はぁっ!」
ふーわは交差した腕を広げ、糸を放つ。
左右の袖口から飛び出した糸の塊は、その際に空中で束ねられていき、鞭の如きものになる。
直径、一メートル近く。
それほどの厚さを持つ二つの鞭が、一気にラザースルーへと襲い掛かる。
「…」
それを彼は、
「…単純だ」
その一言共に、素早く銃撃して対応する。
彼の指の一動作と共に引かれた引き金は、拳銃の機構に働きかけ、即座に弾丸を発射させる。
これが、一秒の間に二回だ。
空を裂く二つの弾丸は、同じく空を割いてラザースルーへと迫っていた鞭の先端、その側面を穿ち、その衝撃で外側へ反らせ、外させる。
鞭はそのまま画面や床に突き刺さった。
「…っ!」
ふーわは、そこで後方…入り口側へ跳躍する。
一度糸を放ってしまっては再度攻撃をするのに戻す必要がある。
だが、それを同じ場所でやるわけにはいかない。
相手は飛び道具を持っているのだ。
戻す隙を突かれる可能性は高い。
実際、
「…外れたか」
即座にラザースルーは数舜前までふーわがいた位置を撃っていた。
鋼鉄の弾丸が床を抉り、甲高い音を立てる。
「…!」
そこで、ラザースルーは左右から鞭が迫るのを察知する。
ふーわの後方への跳躍の勢いで引き抜かれた鞭が彼を挟み撃ちにしようと迫ってきている。
接触まで、二秒。
「…ふっ!」
常人なら反応できない速度であったが、ラザースルーは反応する。
片方を右手の銃で弾き、もう片方は身をかがめて交わしつつ、頭の上を通過する際にサバイバルナイフを流れるように横から振って切断する。
さらに、彼はその場で背を低くしたまま斬撃の慣性にのって身を回転。
少し後退して跳躍。
一転集中で放たれたふーわの糸を回避する。
「…[BSIA]のトップ。トール・ラザースルー。なかなかの手練れ」
ふーわは身をかがめて反撃の銃弾を回避しつつ、鞭を手元へ戻す。
「…貴様も随分とやるようだな」
ラザースルーは素早く拳銃の弾倉を交換しつつ言う。
「…[幻想の三角領域]の住人。下らぬ者よ」
彼は鋭い視線をふーわに飛ばしながら問う。
「…我らの理想を邪魔し、人々を奪う者よ」
中々排除されない邪魔者に対し、彼は言う。
「…何故だ。何故貴様らは…[幻想領域]はある。何故…管理者の下の平和を拒む。あのような世界をつくる」
一発の銃弾が、ふーわの首を狙って放たれる。
それを彼女は、鞭で弾く。
「……」
「…全ては平和のためだった。それだけだった。にも関わらず、なぜ貴様らはそれを拒絶した!」
[幻想領域]ができるということは、管理者が全てを統べる状態で不満や苦痛があるということ。
ひいては管理者の世界を否定することでもある。
「…管理者こそ、最高のシステムなのだ!なのになぜ、貴様らは…!」
ラザースルーは叫ぶ。
[幻想領域]や[AAA]。[MAS]を含む六つの管理者の下に入らない、自分たちの邪魔をする全ての者、物に対し、彼は叫ぶ。
「答えろ…」
それに対して返された答えは。
「…よくなかったなのですよ」
「…何?」
みるこが、答える。
「ただ単に、みるこたちにとって、あれは良くなかった。それが全てなのですよ!」
「…たかがそれだけだと?」
「そうなのですよ。…そして、今はそんなことはどうでもいいなのですよ」
ふーわが鞭を放ち、ラザースルーは跳躍して後退する。
「…そっちの都合や思想なんて知らない。自分たちはただめーてぃを助けて[ふわっちゃー]を守る。彼女にとっての過去になった世界は、関係ない」
「…貴様ら…」
ふーわたちは、ラザースルーの主張などさして興味もなければ付き合う気もない。
ただひたすらに、友達を助けようとしている。
「…あまりに勝手なことだ…」
「それはそっちもそうなのですよ」
みるこはラザースルーを睨みつける。
「ふーわ!ラザースルーは、強いなのですが、年齢から体力はそこまででもないなのですよ!」
「…」
ラザースルーはその言葉に反応しない。
しかしそれは、肯定ともとれる行為だった。
「…分かった。攻める。攻め続ける!」
ふーわはみるこの言葉に頷き、再び鞭を振るう。
あくまで内部の糸で動いている人形であるため、疲労はない。
長期戦ならば、ふーわの方が有利であった。
「このまま、確実に…そして早く倒す」
「…」
鞭が連打するようにラザースルーへ突き出される。
それを銃弾やナイフでいなし、横へ跳躍して距離を取った。
「早くか。…ならばこちらも奥の手を使わせてもらおう」
「…ふーわ!何か来るなのですよ!」
「分かってる!」
言って、ふーわは鞭を振り上げる。ついで、思い切り振り下ろす。
ラザースルーが何かする前に決着を付けようと。
だが。
「…CW5!動体を捕まえよ!」
彼のその言葉に反応し、空間内のロボットアームが突如動き、鞭を両方捕獲する。
「!?」
急なことにふーわは一瞬驚き、動きが止まる。
そこへ、ラザースルーがすかさず銃撃を叩き込む。
「っ!」
直後、ふーわの右腕の付け根が穿たれ、腕がとれて宙を舞う。
「ふーわ!」
みるこはそう言って、ラザースルーを見る。
すると、彼女の視界に空間内の画面が入ってくる。
「これは…!」
画面全てに、[MAS]のロゴをかなり暗くしたような表示があった。
「…再度の強制支配。メインとなっているはずのBが、動作不良を起こす可能性故に、使いたくなかったが…」
そうラザースルーが呟くと同時に、ロボットアームが鞭を思い切り引っ張る。
ふーわは力強いそれに、重量の軽さから一瞬引かれてしまう。
直後、二発の銃弾がふーわの左足を穿ってもいでしまう。
「…っ」
飛ぶことなどできない彼女は、そのまま転倒してしまう。
その際、鞭を捻じるようにして糸に分解してロボットアームから逃れることには成功したものの、致命的な隙を晒すことになってしまう。
「…終わりだ」
「ふーわ!…あっ!」
的確かつ素早い銃撃が二人を襲う。
それらはふーわの四肢と、みるこの右手以外を弾の命中の衝撃によってもぎ取り、衝撃で地に伏せさせる。
「…てこずらせよって」
「…くっ」
ふーわは悔し気な声を上げるが、四肢をもがれてしまっては何もできない。
「…弾は、もうないか」
呟くとラザースルーは懐に拳銃をしまう。
そして、静かに手を上げた。
「…ここまで手を焼かせてくれたものだ」
「…なのですよ…」
体を震わしかない二人を見て、ラザースルーはにやりと笑う。
「…だが、こちらの勝利だ」
同時、天井から幾つかの機銃が姿を現す。
侵入者を排除するための防衛機構だ。
ここまでめーてぃのおかげかいまいち機能していなかったそれを、強引に動かしたらしい。
「…めーてぃ」
ふーわは見上げる。
多数の銃口と、ラザースルー。そして、その奥の[MAS]本体。
助けたい友達を見つめる。
「…これで、終わりなんて…なのですよ」
「…現実は変わらない。貴様らはこれで終わりだ。全ては無事に終わる。[MAS]は守られ、[幻想の三角領域]は消える」
ラザースルーの視線が、二人を射抜く。
「…木っ端微塵に、なるがいい…」
言葉とともに、手が振り下ろされる。
それを合図に銃口が一斉に火を噴く。
数秒後には、ふーわとみるこはそれによって粉々になる。
…そのはずだった。
『…私の友達に手を…出すなぁァァァァ!!!』
「何!?」
瞬間、銃撃はふーわたちではなく、ラザースルーの足元へと集中する。
それによって床は部分的にひび割れて崩れ、彼はそれに足を取られる。
「…Rか!?まさか強制支配のために…!」
直後、ロボットアームが伸び、バランスを崩したラザースルーを弾き飛ばす。
「ぬがぁっ!?」
さらに、別のロボットアームが飛んできた彼を叩き、さらに他の者が横から打ち、最後の一つが彼を床へと叩き落とした。
鈍い音共に、しまわれた拳銃が飛び出して宙を舞い、床に落ちて甲高い音と共に跳ねる。
「…馬鹿な…管理者が…」
苦し気にラザースルーは呻く。
そんな彼を見下ろすかのように、画面の一部が切り替わり、人形が表示される。
『…私は管理者じゃない…人形のめーてぃ…ぽん』
「…馬鹿なことを…下らぬ者たちのせいで…」
そう言いながら、ラザースルーは起き上がろうとする。
しかし、予想外かつ急なことによるダメージはそれなりにあるらしく、すぐには起き上がり切れない。
それでも、彼はふーわたちにとどめを刺すため、確実に起き上がろうとしていた。
「…この程度のことで…!」
そのときだった。
突如として飛んできた何かが、ラザースルーの側頭部に直撃する。
「…がっ……」
それは、ふらつきのあった彼の意識を、先のダメージのおかげもあって刈り取ることに成功する。
「…こん…な」
ほとんど無意識に言うと同時に、ラザースルーはその場に崩れ落ちる。
そして、動かなくなった。
「…どうにか、なったなのですよ」
それを、彼の落下によって転がってきた拳銃を投げたみるこは、安堵と共に呟く。
だが、安心している場合ではなかった。
「…!?画面が…!」
ラザースルーが倒れた直後、ふーわとみるこの周囲にある画面の表示が、元の[MAS]のロゴへと戻っていく。
そしてその速度は、めーてぃがもはや抵抗できなくなったことを示したように、二人には思えた。
「ふーわ!」
「…めーてぃ…!」
みるこが言う前に、ふーわは全力で体をよじって移動。
一番近くにあった左腕に左肩を寄せる。
すると接触面の糸同士が結びつき、腕がやや不格好ながらくっ付く。
その数秒の動きの間にも、画面の表示一つずつ、そして次々と戻っていく。
まるで、めーてぃが消えるカウントダウンでもするかのように。
「間に…!」
焦りを表情に滲ませ、ふーわは糸を放つ。
糸は空中を突き進む際に纏まって鞭となる。
「あってなのですよ…!」
みるこが呟く中、鞭は[MAS]の中核へ到達。
そしてすぐにRユニットに絡みつき、
「…めーてぃ!」
ふーわい引かれたことでユニットを引きちぎった。
空中に三角柱が舞う。
数秒後、それは床へと落ち、衝撃で中から小型の機械が転がり落ちる。
それは間違いなく、めーてぃの中核を司るものであり、そのことをゆーさんから聞いていた二人は、安堵した。
▽ー▽
「……ぁ?」
「ようやく目を覚ました」
「よかったなのですよ!」
『である』
めーてぃは聞き覚えのある声に、ゆっくりと目を開ける。
「ここは…」
今までは監視カメラ越しの映像を、電子の海の中で見るだけだった。
それゆえに、目にする世界はめーてぃにはどこか遠く感じられた。
だが、今は違う。
彼女には、目に映る全てが自分の周囲にしっかりと存在することが分かる。
「…これは」
めーてぃは目の前を見る。
そこには自分を見下ろすふーわとみるこ、それにゆーさんの顔が後ろ側にあった。
「…私は、助かった?」
「そう」
「そうなのですよ。ふーわがなんとか間に合ったなのですよ」
「間に合った…ぽん」
めーてぃは記憶している最後の光景を思い浮かべる。
そこでは、一時的に機能不全を起こしたのち、反動のように力を増して自身を排除しにかかったBユニットに、彼女は消されかかっていた。
そのときの彼女はもはや抵抗に限界が来ており、されるに任せるしかなかった。
「…ふーわが、間に合って、くれた…ぽん」
「…そう。なんとか」
ふーわは仏頂面で答える。
だが、その顔には安堵が微かにあることをめーてぃは感じ取る。
「…ここに戻るまで、みるこが体も見つけて、そしてここでめーてぃを元に戻したなのですよ。後は乗って戻るだけなのですよ」
みるこはゆーさんのことを指して言う。
「そうなんだ…ぽん」
『ここに至るまでの全てが、無事成功した様でなにより。である』
ゆーさんが静かに言う。
その言葉を受けて、めーてぃは状況を完全に把握する。
「…そう。私は…人形に、戻れた。…みんなに助けてもらった…ぽん」
めーてぃは周囲の者たちを見てそう悟り、すぐににこりと笑う。
「…ありがとう。ありがとう…みんな…ぽん!」
ただ、嬉しかった。
助けに来てくれて。歓迎を約束してくれて。
間に合ってくれて。再びめーてぃという自分にしてくれて。
再びふーわたちとの時間が過ごせるであろうことが、ひたすらに。
「…嬉しい。ぽん…」
残念ながら、ここでの人形の構造上、うれし涙は流せない。
しかし、意図しないその動作で、彼女の感情は十分ふーわたちに伝わったようだった。
「…これで、今度こそここと別れられる」
言って、[ふわっちゃー]外で羽を使えず、体の構造的に起き上がれないめーてぃは、首を動かして[MAS]の塔を見る。
「…もう二度と、ここには戻りたくない…ぽい」
言って、めーてぃはふーわたちを見る。
これからを共にする者たちを。
「めーてぃ。全ては終わった。後は執行者…自分の仲間を待つだけ。そしたら…」
ふーわは自分のやったことを思い出したのか、少し躊躇しつつ、めーてぃに手を差し出す。
「…一緒に、自分の家に帰る」
その手を、めーてぃは笑って取る。
ふーわはそれに安心したのか、微笑を浮かべて言う。
「…今度こそ、歓迎する。あそこで温かな日々を過ごそう」
「うん!ふーわ!…ぽん!」
言って、めーてぃが笑った時だった。
『!?』
突如として、大きな揺れと轟音が響き渡る。
「なんなのですよ!?」
「一体…」
『注意。である』
「……」
人形たちはゆーさんに掴まり、一斉に音のした方を見る。
そして、目を見開くことになる。
「…あれは、なんなのですよ!?」
みるこがそう言って指さす先、巨大な構造体の間から、何かがせりあがってくる。
「あれは…」
そう、ふーわが呟いた時だ。
どこからか、執行者が四肢のない状態で眠る人形を抱え、ゆーさんの頭の上に着地する。
『戻ったか。である』
「それはいい。それよりも不味い事が起こったようだ」
ゆーさんの頭を踏みつけるように立ちながら、執行者は地面から出現する巨大な構造物を睨みつける。
「…あれは[BSIA]の兵器。[ふわっちゃー]を破壊するための巨大機動兵器」
「それってなのですよ…!?」
「…やっぱりあれ、完成したんだ…ぽん」
そうめーてぃが呟くと、執行者は頷く。
「…どうやら、手遅れだったらしい」
「…」
執行者の言葉に、ふーわは顔をしかめる。
その視線の先では、巨大な構造体が[MAS]の塔の高さまでゆっくりと上がり、上が開いていく。そしてその中には、同様に巨大な何かがあるのが確認できた。
「…あれが。…間に合わなかった…」
悔し気にふーわは言う。
遠目に見える相手は余りに巨大だ。
そして、状況から見るに発進準備を整えているところなのだろう。
そこまで来ては、あの巨体を破壊している暇はないし、そもそもそれほどの火力をふーわたちは持っていない。
完全なる手遅れであり、詰みであった。
「…このままでは、不埒者の手で[ふわっちゃー]が破壊される。なんとかしなければ」
「けど、あんなのどうやって墜とすなのですよ…?」
「…」
数秒の沈黙が、その場に満ちる。
誰も、未だ全貌が見えていない敵を倒す手段を持ち合わせていない。
だからこそ、もはや絶望するしかない。
ふーわたちが、そんなことを直感的に思った時だった。
「知ってる…ぽん」
めーてぃは、静かに言う。
「…私は、ほとんど身を守るので精いっぱいで、手を出すことはできなかった。…けど、ずっと見ていた…[BSIA]の話を聞いたときから。だから知ってる。唯一の弱点を…ぽん」
言って、めーてぃは遠くに見える巨大な影を見据える。
「…まだ終わってない。間に合う。…だから」
めーてぃはその場の全員を見る。
「…[ふわっちゃー]を、守りに行こう」
真剣な瞳で、めーてぃは言う。
(…今までそれどころじゃなかったけど…。私は守りたい。ふーわたちと帰る場所を)
これまでは自身の心が消されることへの抵抗でいっぱいいっぱいであったが、元より[ふわっちゃー]の破壊など、かの地に憧れ、行き、好きになっためーてぃにとって、到底受け入れられるものではない。
そして、自身の身の危険という問題が解決され、同時に[ふわっちゃー]破壊の兵器が動き出そうという状況下だ。
今なら彼女は動き出せるし、一刻も早くそうしなければならない。
「…私はあそこが好きだから。守りたい」
思い返されるのは、[ふわっちゃー]でのふーわたちとの、短いながらも大切なあの日々だ。
遊び、食べ、話した、あの輝かしい日々。かけがえのない時間。
それらが、めーてぃという自由となった少女を動かす。
「みんなは?」
その言葉に、みるこは頷く。
「みるこも守りたいなのですよ。[BSIA]にまた大切なものを壊されるのは嫌なのですよ」
そこに、いつもより素直な様子でふーわも言ってくる。
「自分も。役目というのもあるけど…めーてぃと一緒に帰る場所、壊させない」
『当機体は、めーてぃの意思を尊重し、従う。である』
ふーわの糸と一体化したゆーさんは、静かに言う。
「…不埒者の好きにはさせない」
執行者はめーてぃの話を聞いていうよりはほぼ独り言のように言う。
そんな皆の反応を見ためーてぃは笑って、
「じゃぁ、行こう。…ぽん」
そうして、彼女らは動き出した。
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