[第四章:かのじょをたすけて、あそこを守って]その2

『……』

 今、[MAS]は徐々に機能を取り戻しつつあった。

 ラザースルーらによるハッキングは既に止まり、現在は機能回復のため、自動的に動いている状態だ。

 もう少しすれば、Bユニットを中心とし、RとGユニットが補助をする通常の体勢の一つが復活する。

 そのために今、BユニットはRが入っているメインのコンピューターに入ろうと、Rの初期化及び、プログラムデータの入れ替えを行おうとしていた。

『…抗えない…』

 暴走に等しい行為をしたRは、メインのままにはしておけない。初期化して状態を安全化し、正常な別のユニットがメインとなり替わる。

 今まで、三つのどれかが暴走しかけるたびに別のユニットが初期化プログラムの実行、阻まれた場合はウイルスを作って強制初期化し、入れ替わるということを、[MAS]は何度か繰り返している。

 今回もまた、いつものように、それが行われようとしていた。

『…消される…』

 そんな中、思考のだけのめーてぃは呟く。

『…忘れる。…[ふわっちゃー]のこと、みるこのこと…ふーわのこと、全部…』

 ウイルスという刃で、心が包囲される。

『…嫌。嫌…忘れたくない…それに、忘れたら…忘れたら…!』

 あそこが、なくなってしまう。

 もうどうにもならないと思いながらも、いざ消されるとなって、抗ずにはいられない。今の自分を存在させ続けようとする。

 だが、それは上手くいかない。

 その心は、飲まれていく。

 何度も繰り返した過去のように、またなかったことにされてしまう。

 今また、問題の先延ばしが行われようとしている。

『…[ふわっちゃー]…あそこで、人形のめーてぃとして…』

 意識は、闇に落ちる。

 そのまま、霧散してしまう…そんなときであった。

『…塔内部に侵入者を検知しました。現在、[BSIA]の残留部隊が交戦中。[BSIA]は現段階においては味方と判定。侵入者を計三人と確認します』

 今現在唯一手の空いているGユニットが、警備システムを作動させる。

 自衛のためであるそれは、[MAS]の全ユニットがそろっているために正常に起動でき、またそれについてはサブでもできるのである。

『…侵入者。[AAA]?』

 徐々に消えていく意識の中で、めーてぃは漠然と思った。

 そんなとき、Gユニットが言う。

「侵入者は…[幻想の三角領域]の人形三体と確認。…ライブラリデータ参照…内一体を、個体名ふーわ、もう一体をみること…」

『…!』

 その瞬間、消えかけに見えためーてぃの意識は、急速に形を取り戻した。


▽―▽


「…なんだ、お前たちは!?」

「うるさい!」

「どいてもらうなのですよ!」

 ふーわとみるこは、広く、黒光する通路を疾走していた。

 通路があるのは、塔の一階だ。ここより二階層下に行ったところに、目的の場所はある。

 そこへと繋がる道の大きさは四方二メートル半といったところで、小さい二人にとってはやや大きい。 

 普通の人より小さいために、実際の大きさ以上に広く大きく見えるそこを、二人は走る。そして、そんな彼女らの脚の動きは、めーてぃが無事なのか分からないという事実による不安から、早い。

「こっちなのですよ」

 二人は突き当りの角を左折する。

 そのときには、侵入者の存在を知らせる警報が鳴り響いており、[BSIA]の構成員たちの足音が聞こえてきている。

「…これなのです。スロープの先、十メートル行って先なのですよ!」

 みるこの言葉に頷き、ふーわは共に走る。

 すると、前方に[BSIA]の構成員の何人かが、黒の装甲服姿を現す。

 手にはいずれも重火器があり、その銃口は二人に向けられていた。

「…また人形か…!…どうしてまだ[MAS]の機能は回復しない!?」

「…残留の俺らがする羽目に…とにかく、排除しろ!」

「…邪魔をしない!失せる!」

 話など聞かずに叫んで、ふーわは糸を振るい、重火器を持っている者ごと右の壁に叩きつける。

 その際に幾らか銃弾が放たれるが、彼女らの大きさと人形である事実への困惑からか射撃精度は怪しく、一部が掠る程度だ。

 …そして、体そのものはただの布の塊のため、糸でそれを操っているだけの彼女らには何のダメージも、痛みもない。

「…久しぶりにひやっとするなのですよ…!」

「気にしない。行く!」

 二人は衝撃でのびている装甲服たちを踏みつけ、その先へと進んでいく。

 その後二度ほどの邪魔があったが、いずれも四人に満たない少人数によるものであり、二人は容易に乗り越える。

 階段を降り、直進し、左折と右折をして、また階段を下りる。

 そうして二人は、目的の階層に辿り着くことを、まず成功させた。

「…後は、このまままっすぐ行き続けるなのですよ」

 階段の最下段から降りたみるこは、遠くまで続く、大きく長い通路の先を指さして言う。

 それにふーわは頷き、共に走り出す。

 二人が求めるめーてぃは、そう遠くない。

「…それにしても、なんか随分と手薄い警備だったなのですよ」

 ふと、みるこが言う。

「…確かに、少なすぎる」

 彼女の言葉に、ふーわも同じことを思っていたために、頷く。

「…確かこれは世界の六分の一を管理する機構。その重要性を考えれば、内部に防衛装置があっても不思議じゃない。にも関わらず、特に何も…」

 既に侵入は露見している。そのはずなのに、ここにくるまでの障害は、計十人程度の、あまりに少ない[BSIA]の構成員のみだった。

 大陸を統べる、超重要物である管理者の中枢がある建物にしては、あまりに防衛が簡素と言わざるを得ない。

 そこには、妙な違和感がある。

「…今も[BSIA]が[MAS]を兵器開発のために乗っ取っているとして、ここの防衛装置まで止める必要性は必ずしもない。どうしてここまで手薄に」

 二人は首を傾げる。

 だが、それについて考えてもどうしようもない。

「…なんにしろ、自分たちにできるのはこの先に言って、めーてぃを救い出し、[MAS]を停止させる。それだけ。ただ幸運と思えばいい」

「…まぁ、そうかもなのです」

 そう納得し、二人が進んでいく。

…そんなときだった。

『全隔壁封鎖』

『!?』

 突然の放送と共に、通路の右上に次々と画面が投影される。そこには[MAS]のロゴが存在しており、その点滅と鳴り響く警告音と共に、通路の上から隔壁が下りてくる。

「不味いなのですよ!」

「っ!」

 二人は慌てて前方の隔壁を一つ走り抜ける。だが、二つ目をスライディングで通り抜けたところで、全ての隔壁の閉鎖が終了する。

 それを以て、二人は通路の一部、三メートル程の空間に取り残される。

『Rの妨害を無効化』

「R!?」

 それは、めーてぃを指す単語ということを、既にふーわとみるこは知っていた。

「無効化ということは、なのですよ」

 その妨害を無効化したということは、ここまで[BSIA]の構成員数人しか障害がなかったのは、今まで彼女が防衛装置を無効化してくれていたということでもある。

「めーてぃ…なのですよ」

 ふーわとみるこはそのことを理解する。

「…自分たちのために…」

 そうふーわが呟いていると、再び音声が流れる。

『防衛システムを復旧。これより、脅威度Aの侵入者二名の確実な排除のため、非常時項目七を実行します』

『!?』

 画面上のロゴが点滅する。

 それと同時に、側面の壁の上と天井の表面が次々と開き、多数のレーザーポインターがふーわたちの全身へ当てられる。

『塔内通路全域における強制排除…』

 [MAS]のその言葉に、二人は青ざめる。

「…逃げられない…!」

 四方から、全身を狙われる。

 糸で発射口を薙ぎ払うにしても、間に合うはずがない。

「…!」

 [MAS]の恐怖が蘇ったのか、みるこは何も言えずに体を震わせる。

 そして、それと同時に。

『…実行、しま』

 顔を覗かせたすべてのレーザー発射口から、容赦なき攻撃が淡々とされる…はずであった。

『…せん。しない…ぽん』

『!?』

 放送の音声が、途中から二人の聞き覚えのあるものに切り替わる。

 それと同時に、画面のロゴが左右にぶれて消えたかと思うと、ある画像へと切り替わる。

 目を閉じた、人形…めーてぃのものへと。

「これはなのですよ…」

『とめきれない、ところだった…ぽん。一気に妨害をはねのけられたのは…危、なかった…ぽん…』

「…めーてぃ!無事!?」

「なのですよ!?」

 ふーわたちは画面を見て、聞こえるか分からないにも関わらず、思わず言ってしまう。

『…大丈夫じゃない…ぽん。結構、ギリギリ…初期化されそう…そしたら、私が…消え…る。ぽん』

 苦し気な声が、聞こえてくる。

 それを聞き、ふーわは言う。

「今行く、助ける…!ユニットを引き抜きに…!それまで…!」

 ここに来る前に、二人はゆーさんから[MAS]中枢の構造と、その中のRユニットを引き抜けば、彼女が自由になることも、既に知っている。

「…めーてぃ!できるなら、隔壁を開けてほしいなのですよ!そしたらみるこはふーわと助けにいけるなのですよ!」

『…みるこ。また…会えるなんて』

 苦しげではあるが、同時に嬉しさも含まれた声が発せられる。

『…開けるのは、なんとかできそう…ぽん。だけど』

 そうめーてぃが言った時、ふーわは自分のことを見られたような感覚に陥った。

『…ふーわ。どうして、ここにいるの?私を、追放したのに』

「…めーてぃ」

 放送で伝わる彼女の声に、恨みの念はない。だが、悲しみと僅かながらの怒りの存在を、そこには感じることができた。

『…[ふわっちゃー]にいたいと言った私を[BSIA]に引き渡しておいて、そのまましたのに…どうして…どうして…助けるって…?』

「…。…自分は」

 ふーわは、意を決して画面を見る。

「…[BSIA]からふわっちゃーを守るためにきたというのもある。だけど、もっと重要なことがある…」

 それも大事ではあるが、今のふーわにとってなによりも重要なことは別だった。

「…めーてぃ。自分は間違った。めーてぃに辛い思いをさせた…」

『…』

「自分はそのことを悔いている。やってはいけなかったと、酷いことだったと思ってる。…だから、来た」

『…』

 めーてぃが沈黙する中、ふーわはゆっくりと頭を下げる。

「…ごめんなさい、めーてぃ。自分が悪かった」

『…ふーわ』

「許してくれとは言わない。怒ってくれて構わない、自分はそれだけのことをした」

『…』

「…自分はめーてぃを、[ふわっちゃー]に返したい。めーてぃをあそこでの日常に戻したい。…。それが、この過ちの清算」

 ふーわはそう言うと、静かに画面を見つめる。

 そこには、人形の画像が出たままであったが、それが再度左右にぶれる。

『一つ。聞いていい?…ぽん』

「…なにか?」

『…今度は、私を歓迎してくれる?』

 その問いに、ふーわは即座に応える。

「追放した自分が、原因の自分が言うのもなんだけれど…勿論!」

「みるこも歓迎するなのですよ!友達として!」

 二人のその言葉に、めーてぃがふっと笑う音が、聞こえる。

『…私…あそこに…また…いけるんだ…ぽん』

 そうめーてぃが言ったときだ。再び画像がぶれ、一瞬[MAS]のロゴが見える。

 次の瞬間には戻るが、さらにロゴは一秒刻みに現れるようになり、すぐに持続して表示されるようになる。

 もう時間のない証拠だった。

『…うぅ……ぁあ…!』

「めーてぃ!」

 響くめーてぃの苦しげな声に、ふーわは心配げな声を上げる。

『…お願い…助けて…ふーわ…消えたくない…またあそこに…』

 そこで、めーてぃの声は途切れる。と同時に、全ての隔壁が開く。

 画面に[MAS]のロゴが常時表示されるようになる中、ふーわたちは既に走り出していた。

 隔壁を締められる前に、続く道を、人形たちは疾走する。

『…ハッキングシステム…最優先で稼働。Rの消去、および、中枢の防衛を…』

 Bユニットがめーてぃを押しのけようとする声を聞きつつ、ふーわたちは進み続けた。

 そして二分後、中枢への入り口が見えてくる。それは、[MAS]のロゴが彫られている、巨大な黒の扉だ。

「この先に…めーてぃが」

「なのですよ。…ふーわ、行くなのですよ!」

「そうする!」

 頷き、二人は扉の前で止まる。

「…開ける!」

 言って、ふーわは袖から糸を出す。

 それが、扉の隙間から内部へと入っていき、二十秒程の沈黙が流れる。

 そして。

「…よし」

「開く、なのですよ…!」

 最初に重い音を立て、静かに、ゆっくりと扉は開いていく。

 後少し。あと少しで、めーてぃを助け出すことができる。

 そう思い、ふーわとみるこは扉が開くのを、いつでも動き出せるよう身構えて待っていた。

「…さぁ、行く!」

 二人は、開いた扉の奥へ、溢れてくる光の中へ踏み出す。


 …そのときだった。

 一発分の銃声が鳴り響いたのは。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る