[第四章:かのじょをたすけて、あそこを守って]その1
ある夜であった。
『…!』
突如、爆発が起きた。
『…第三部隊、四番機の大破を確認』
場所はとある大陸、世界の六分の一を管理する巨大機構、[MAS]の本拠地だ。
その中枢たる塔を五角形で囲う多数の巨大な建造物と、そのさらに周りに敷かれた道路。
大きく広いそこには、多数の[AB]が、[AAA]の残党の襲撃を警戒して配置されている。
そして今、そのうちの一機、部隊の一番端にいた機体が、建物の影より放たれた斬撃によって破壊された。
『…敵機』
『確認…!』
周囲の[AB]たちは、爆発があった方向を感知し、一部がそちらへ向かい、他が周囲の警戒へと移る。
『…[AAA]残党による襲撃?』
『不明』
『了解』
そう通信でやりとりし、五機の[AB]が爆発の現場へと向かう。
直線状の道を抜け、突き当りを左折し、その先へ。
徐々に機能を取り戻しつつ鋼鉄の都市の中で、管理者の先兵たちは、一際高いビルに挟まれた道路へと、滑り込むように入っていく。
その直後だ。
『…て』
さらなる爆発が、そこで起きた。
そのことを察知した他の[AB]が一斉に、爆炎と破片を吐き出すビルの隙間へと自身のカメラを向ける。
瞬間。それは現れた。
『敵機確認』
『識別。[AAA]…五月雨のドゥルワァー機』
姿を現した機体は、両腕の両刃剣に刺さった、[AB]の残骸を、後方へと振って捨てる。
転がった残骸は地面と接触すると同時、誘爆を引き起こす。
それによって、現れた機体の全体が照らされ、明らかになる。
『……敵は近接戦闘機体と判定』
[AB]の一機が見て言う。
その視線の先の機体の頭部は、後ろに向かって斜め上に三本角が生えており、その下には底辺が短い台形と、下に向かって細くなる、左右の直角三角形で構成されるオレンジのクリアセンサーがある。
そんな頭部を持つのは灰色のマントで覆い隠され、逆脚で支えられた胴体だ。その形状の一切を覆い隠す、マントの両端からは丸みを帯びた両腕が覗いており、そこに巨大な両刃の剣が装備されているのが確認できる。
『制圧射撃を開始する』
『…滅』
一斉に手の中のライフルを構える[AB]の言葉と同時に、男性の呟きが漏れる。
そして、機体は動き出す。その名称は[ロサラ]。
この大陸の[AAA]の残党唯一の戦力である、五月雨のドゥルワァーの乗機である。
『…進!』
早い。マントをはためかせながら機体は左右にランダムに動きつつ、前方の三機の[AB]へと迫る。
ライフルの銃口から放たれ、空を裂いて飛ぶ銃弾は、[ロサラ]の動きによってその大半が回避される。当たったものも受け流されることで、まともな損傷を与えることができていないようだ。
『敵機、高速型と確認。対応を切り替…』
『斬』
相手の接近に三機の[AB]が行動を変えようとしたときには、既に[ロサラ]は懐に潜り込んでいる。
そして、そうするが早いか両腕の剣で三機の胴体と脚部の接続部を切断。
即座に地を蹴って後方へ跳躍し、敵機の誘爆に巻き込まれることを回避する。
『危険。危険』
『優先排除。優先排除』
『攻撃開始』
ドゥルワァーの鮮やかな機体捌きに警戒を露わにし、[AB]たちは[ロサラ]を取り囲む。
そうするが早いか、機体群は一斉射撃を浴びせるが、ドゥルワァーは機体を素早く操作。まるでスケートリンク上にでもいるかのように、滑らかな滑りの動作で銃弾を回避したのち、近くの建物を盾にして別方向からの掃射も防御。
建物同士の隙間にあえて入り、前と後ろから別の一射が来れば跳躍して回避し、同一直線状の[AB]を同士討ちさせる。
さらには着地の際に別の[AB]の背後へ、剣を振るいながら[ロサラ]は着地する。
そのときには、縦に切り裂かれている[AB]は火花を上げており、[ロサラ]の回し蹴りで他の機体の方へ蹴り飛ばされ、諸共に爆散する。
『…最優先排除対象として設定』
『[MAS]を守れ』
『残党を撃破せよ』
『…囲』
[ロサラ]は立ち上がる。
周囲には、ライフルとレーザーブレードを展開する[AB]が大量に存在する。
明らかな形勢不利。絶対的な戦力の不足状態だ。
…だが、ドゥルワァーは恐れることをしない。
撤退を選ぶこともない。
『…要』
これは、彼にとって…[AAA]にとって必要なことなのだ。その目的、[MAS]の破壊を成すためには。
『…動』
彼は動く。みるこ…神無橋と立てた作戦に基づき、陽動を継続する。
『…狩』
[ロサラ]が動く。次なる獲物の首を刈り取るため、高速で。
▽-▽
同時刻。[AB]部隊とドゥルワァーが戦闘を行っている裏で、ゆーさんは密かに、[MAS]の塔へと接近していた。
今、敵の注意は完全にドゥルワァーの方へ行っており、周囲に[AB]は少ない。
時節遭遇することもあるが、双方ともに本来[MAS]の管理下にある戦力だ。つまりは、お互いのことを見方と識別する。そのため、塔への道はほぼ障害がなく、順調と言えた。
では、何故そんな状況でドゥルワァーによる陽動が必要なのかというと、そこには[BSIA]の存在が関わってくる。
彼ら…特にカティアは[ふわっちゃー]内でゆーさんと遭遇している。
そのため、彼らに目視かカメラ越しで確認されれば、敵であることが露見する可能性があるのだ。仮にそうなった場合、周囲の[AB]はゆーさんを敵とみなして襲い掛かってくるだろう。
それを回避するため、ドゥルワァーが派手に暴れることで[BSIA]の目をそちらに引きつけている。そうしていれば、友軍信号によって、他の[AB]はゆーさんにかまうことなく、容易に塔へと接近できるというわけなのだ。
「……不埒者が役に立つとは」
ゆーさんの背で、執行者が呟く。
今、彼の背中には、周囲の[AAM]から回収した鉄板が乗っている。
そして、それとゆーさんの背中の間にふーわ、みるこ、執行者がいるのだ。
これは[AB]と遭遇時に、何か反応されないようにするための措置だ。人形が三つ、意味深に乗っていることを見られると、即座に敵と判断されることはないにしろ、奇妙と捉えられ、確認など、何かしら足止めを食らう可能性がある。
ふーわたちとしては、いち早くめーてぃを助けたいため、そんなことで時間を食っているわけにはいかない。
だからこそ、こういう形になっているのだ。
「…鉄板が乗っているはずなのに、随分と軽いなのですよ」
みるこが言う通り、相当な重量を持つはずの鉄板が上に載っているのに、それに挟まれている彼女らは、重いとは感じていなかった。
その奇妙なことへの疑問に、右にいたふーわは答える。
「これ?…これは自分が糸を通して、上に引っ張って負荷がかからないようにしてる。それが何?」
「糸?…あ、それなのですよ」
みるこはふーわの右袖から伸びる糸を見る。
「…そういえば、この機体にも入れて、できるはずないぐらいの長距離を飛行させていたなのですよ」
この地へ来る前のことを上げて言ってから、みるこはふーわに聞く。
「前から使ってた、その糸ってなんなのですよ?」
彼女はみるこを見て、糸を近くで見せながら言う。
「これは[ふわっちゃー]の管理者の一部が使えるもの。能力の名称は糸操術っていうものだけど?」
その糸は内部のみ[ふわっちゃー]の法則の一部…意志によって物を動かすと言うものが適用されて、彼女らの思うように動かせるものだと、ふーわは説明する。
「単純に拘束具として使ったり、中に入れて何か別のものを操ったり、補強したり、不足部分を代用したり。たくさん使えば、これ単体で翼にできたりもする」
「…へぇ、凄いなのですよ。じゃぁ、みるこたちの体にいれたのは?」
「それは、[ふわっちゃー]の外でも動けるようにするため。[ふわっちゃー]の法則下にない外では、体はただの布と糸の塊に過ぎない。だから、意志の伝達で体を操作できるようにする。それだけのことだけど?」
「ほんと凄いなのですよ」
そう言われたふーわは自分の糸を見る。
「…」
そして、思い出す。自分が管理者の証であるそれを使い、管理者としての立場からめーてぃを追放したことを。
「…どうしたなのですよ、ふーわ?」
悔いている自分の行いのことを考え、表情が暗くなったふーわを見て、みるこが言う。
「……自分が管理者でなかったら」
ふと、ふーわは思う。管理者としての役割優先で動いてしまう自分だから、めーてぃを泣かせてしまった。
もし、自分が管理者の一人、調査者ではなく、ただの人形のふーわであったなら、彼女はあんな目に合わなかったのだろうかと。
「…めーてぃは追放されず、ずっとあそこで楽しく過ごしていられた…」
そう考えると、管理者故の自身の行為に、ふーわの中の後悔はより深いものになる。
「…自分が、自分でなければめーてぃは幸せなままだったかもしれないのに…自分は」
立場としては正しくても、友達として良いとは言えない自分の行動への後悔。それは、彼女自身への否定にも繋がってしまう。
めーてぃを傷つけたという、変えられない確かな事実があるから。
「…めーてぃ」
ふーわは目を伏せて、呟く。
申し訳なさで、その心は暗くなっていく。
「…ふーわ」
みるこはその様子を見るが、何も言うことはできない。
そして、ふーわはそのまま自己嫌悪と悔いの感情に沈んでいきそうになった。
…と。
「…しかし、調査者が管理者の一人だったからこそ、こうしてここに来ることができている」
執行者が、口を開いた。
「…調査者が管理者でなかったとしても、執行者や捕縛者…その他の管理者たちが、いずれあれを追放していただろう。結局起こることは同じだ。あれは[ふわっちゃー]には、あのままではいることはできなかった。…だから、そのことで気負いすぎるな」
「……」
ふーわとみるこは、驚いて執行者を見る。
「…執行者」
ふーわは執行者を見る。
「…それ、自分を励まししてるつもり?」
「否定はしないが?ここでナーバスになってしくじられては困るということだ。就寝者の任務を確実に遂行するために、調査者にはある程度は元気でいてもらわなければ困る」
その言葉に、ふーわはふっと笑い、執行者へ向かって短く言う。
「ありがとう」
「少しはましになったか。ならよし」
執行者はただそれだけ言って会話から外れた。
「……これって優しい人ってことなのですよ?」
あまりにもあっさりとした彼女の反応に、善意故かその言葉通りか判断しかね、みるこは首を傾げた。
『到着。である』
ゆーさんのその言葉で、三人は前を見る。
そこには、空高くそびえたつ[MAS]の塔…その壁の一部があった。
ゆーさんはレーザーブレードでそこを四角に切り、取り外す。すると、内部にある通路の一部が姿を現した。
『ここからのルートは、先ほどみるこに教えた通り。めーてぃの方は、ふーわとみるこで助けに行くといい』
そう言ってゆーさんは、二人を手に乗せて通路へと移す。
一方、執行者は、
「執行者は接続者の心臓を探す。発見次第、ここへと戻ってくる。調査者、なんとしても任務を達成して…いや。めーてぃを助けてくるように。分かったか?」
そう言った方がふーわのやる気が上がると思ったのか、そう言いなおす。
「分かった。必ず」
ふーわは言って頷く。それから、隣のみるこを見て、
「道案内して」
「分かったなのですよ。昔は情報屋だったみるこなのですよ。見聞きしたことを確実に覚えて伝えるのは、得意なのですよ」
みるこは強く頷く。
『では、当機体はここで待つ。…ただし、位置から不審に思われる可能性は十二分にある。あまり長くはいられないため、早めに帰ってくることをおすすめする。である』
ゆーさんの発言に三人は頷く(ふーわ以外の二人がやや嫌そうなのは、ゆーさんがそこまで好きではないからだろう)。
「それじゃ、行く」
「めーてぃを助けに」
「…頑張れ。では」
そう言って、彼女らは二手に分かれ、塔の通路を走っていた。
『…めーてぃの救出、成功すればいい。である』
ゆーさんは、ふーわの離脱で糸が抜け、機能不全気味になる中で、不安そうに呟いた。
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