[第三章:しあわせのおわり、追放]その6

 ここ最近、ふーわはうなされ続けていた。

 めーてぃを追放してからと言うもの、日夜彼女の心の叫びと、悲痛な表情が蘇ってくる。忘れることなどできず、むしろ火を増す毎に記憶は強く、より強く心の中に残ろうとしてくる。

(……)

 そうなってしまうのは、ふーわの性格が原因だった。

 見ず知らずのめーてぃに優しくしたように、ふーわの性格はかなり善人寄りだ。口こそ悪いものの、その裏にあるものは、相手への思いやりばかり。

 それ故、彼女はほとんどの場合、他の誰かのことを思って行動する。

「…うぅ…ああ」

 だからこそ、ふーわは思うのだ。

 めーてぃを追放したのは、良かったことなのかと。

 [ふわっちゃー]のため、管理者として行った行為は、はたして正義だったのかと。

 めーてぃを泣かせたあの行いは、正しかったのかと。

「…う…ぅあ」

 立場から考えれば、[ふわっちゃー]に侵入されることを防ぐため、その原因となるものを即座に取り除いたのは、英断だったと、正しいと言えるかもしれない。

 だが、ふーわという個として…他人思いの自分として考えた場合はどうなのか。

 他人のために動く自分は、あの行為をどう判断するのか。

「…」

 否なのだ。ふーわの性格から考えれば、事情があるとはいえ普段の行動とは真逆となったあの行いを、是とすることはできない。

 してよかったと判断できない。

 だが一方で、管理者としての理性は肯定する。

 立場と自分。その二つの視点から一週間程前のことを考えて、ふーわは思い悩んでいた。

「…っ」

 そんなときだった。

 夢の中、苦しんでいた彼女はある場所へと呼ばれる。

 [夢城]という、[ふわっちゃー]の管理者が夜分に会議する場所へ、緊急招集として。

「………」

 ふーわは、ゆっくりと目を開ける。

 目の前に広がるのは、お菓子を模した人形が山積みにされた四角い空間。巨大なクッションの周りに四つの棚が置いてあり、管理者たちが座る部屋だ。

 ただ、今回は以前少人数で行われた時より、三倍ほどの面積がある。

 そして、以前は顔を出さなかった他の役割を持つ管理者たちも座っている。

「…ここ一帯の管理者がほぼ全員?どういうこと…?」

 何か普通では事態が起きているのではないか。そうふーわが思っていると、クッションの真上に就寝者が出現し、軽い音共にクッションの中に落ちた。

「…ふわぁ。それじゃぁ、緊急会議を始めようかぁ」

『…』

 その言葉に、調査者であるふーわを含めた全員が身を固くする。

「…みんなはぁ、接続者の一人がぁ…一度拉致されたのは、統括者からの情報で知ってるよねぇ?」

 全員が各々の言葉で返答し、頷く。その中で名前が再度言われる統括者と言うのは、管理者の一人で、[ふわっちゃー]内の全情報を統べる存在となっている。

「…彼女のぉ、心を司る心臓は取り返せていない状態なのも、知っているようねぇ?」

 再度の反応が、就寝者に対して行われる。

「…それでぇ。外界を調べる派遣者を送ったんだけどぉ…彼が非常に不味い情報を掴んできたのぉ」

「不味い情報?」

 一人が言う。

 就寝者はその言葉に頷き、答える。

「…大陸側、管理者[MAS]が統べる地域の武装勢力が…この[ふわっちゃー]の破壊計画を立てているらしいのぉ」

『[ふわっちゃー]の、破壊計画…!?』

 一気に、管理者たちに波紋が広がる。

 各々反応は異なっており、黙っていたり、隣と話したり、焦りを露わにしたりと様々だ。

 だが、全員、就寝者がわざわざ言ってきたことから事の重大さを察しており、続きを聞くため、二十秒とかからずに静まり返る。

 それを確認した就寝者は続きを話す。

「…ふわぁ。今、その勢力…[BSIA]は[MAS]を乗っ取り、[ふわっちゃー]を外側から粉砕する巨大兵器を開発していてぇ。完成までは、およそ三週間でねぇ…つまりは」

 そこまで言って、就寝者はクッションから起き上がり、集まった全員を見て言う。

「…対応を、しなくちゃいけない」

『…』

 空間内に緊張が走る。

「それに、接続者の心臓も取り返さなくちゃいけないし…あと一つ、やることもあるよぉ」

「…あと一つ?」

 就寝者の言葉に、ふーわは眉を顰める。

 だが、周囲はそんなことは気にせず、就寝者の言葉にただ、耳を傾ける。

「…まずは、[ふわっちゃー]内の防衛力強化のため、住民たちが何も怖がらなくていいように、防衛系のみんなと、維持系のみんなに頑張ってもらうよぉ。前みたいに、黒雲警告が出る事態にならないようにぃ」

 就寝者のその言葉で、幾人かが頷く。

「[ふわっちゃー]本体に害が及ばないように外部防衛を強化してぇ、内側は祭りでもやってぇ、住民に一切ばれないように、影で準備してもらうよぉ」

 そう言った後、就寝者は別の管理者にも次々と指示を飛ばしていく。

 合計五分ほどをかけ、ふーわのように役割上あまりできることのない数人を除いて、就寝者の、攻撃対応関連の指示出しは終了する。

「…次は接続者の救出だけどぉ…これは大陸側に派遣をすることになるよぉ」

「…なら、執行者当たり…?」

 そう、ふーわが呟くと、就寝者は頷き、執行者を指名する。

「お願いするねぇ。現地で他の管理者と協力してぇ」

「…はい」

 と執行者は言う。

 だが、その顔はどこか上の空だ。まるで、他に懸念事項でもあるかのように見える。

「…」

 ふーわはその様子を見て沈黙していたが、そこで就寝者が言った。

「執行者ぁ、言いたいことがあるなら、今言ってぇ」

「…はい。では」

 そう言うと、彼女はふーわの方を向く。

 鋭い執行者の視線を受け、ふーわはたじろぐ。

「な、なにか…?」

 彼女のその発言に執行者は顔をしかめ、苛立った様子で言う。

「…しらばっくれると?」

「…」

 後ろめたい思いがあるふーわは、反論することができない。

 そこへ、執行者が次なる言葉を放った。

「なぜ…壊したマゼンダの不埒者を糸で修理し、隠している?」

「…っ」

『え!?』

 執行者の言葉に、全員に別の意味で波紋が広がる。

 管理者としてはあり得ない行動に、全員から詳細を話せと言う視線が、ふーわに飛んでくる。

 沈黙の中それを受ける彼女であるが…。

「…それは」

 言葉に詰まってしまう。なにせ、自分でもよく分からないのだ。なぜ、あの[AB]を直してしまったのかが。

(…自分は)

 何も言えずにいるふーわに、執行者は眉を寄せて言う。

「…これは管理者としての役割に反しかねない行為。不埒者は全排除しなければならない。もし住人の誰かが見たら、嫌な気持ちになるかもしれない」

 ここ一帯の人形の多くは、[MAS]関連のことを避けてやってきた者たちなのだから。

「…一刻も早く、不埒者を廃棄処分するように!ただちに!」

「そうするべきでしょう」

「そうだなぁ」

「ええ」

「…まぁ、はい、そうすべきですっ」

 次々と、管理者たちによる言葉が投げかけられる。

 少々冷たくも思えるが、これもその役割のため、[ふわっちゃー]の人形たちのための必要なことというのは、ふーわも分かっている。

 だが、何故だか了承することができない。

 あのゆーさんという存在を、排除することができない。めーてぃの思いを知っている彼を。

 何かに必要な気がして、今排除すれば、その何かができなくなるかもしれないと、無意識下で考えて。

「…」

「調査者…」

 相変わらず沈黙したままのふーわに、執行者は苛立ちを隠そうともしない。そして、それが頂点に達したのか立ち上がり、ふーわのところへ行こうとした。

 …そのときである。

「…執行者ぁ。だめだよぉ」

 就寝者が、執行者を静止する。

彼女は不満げに就寝者を見、抗議しようとするが、就寝者はいたって落ち着いた様子で首を横に振る。

 それを見た執行者が渋々元の位置に戻るのを確認すると、就寝者は言葉を放った。…ふーわに向かって。

「…調査者ぁ」

「…うん?」

 無意識のうちに下がっていた顔を上げ、反応するふーわに就寝者は続ける。

「調査者はぁ…あるお人形を、連れ戻しに行きたいんだよねぇ?」

「…え」

 虚を突かれたような反応をするふーわに、就寝者は笑う。

「知ってるよぉ。あなたが無意識下で何を思っているのかはぁ」

「……自分は」

 特に否定することのないふーわの様子を見て、他の者たちが就寝者の方を向く。

 その視線を以て、説明してくれと言外に言って。

「…調査者はねぇ、以前一人のお人形を追放しちゃったのぉ。管理者としてねぇ。でもぉ…それはそのお人形にとっては、とてもつらい事。だから、調査者はずっと気にしてたのぉ」

「……」

 就寝者は、統括者を通し、相当量の情報を把握している。それは、管理者の個々の気持ちすらもだ。

 ただ、普段なら知っているだけで、特に何も言わない。

 今回ここで言うということは、それなりの意味が、意図があるということになる。

「調査者は優しいからねぇ。自身の選択を正しいと判断しつつも、正しくないと思って、後悔している部分があったぁ。だからだよぉ。あのゆーさんという大っきなのを使えばぁ、外でお人形のめーてぃを見つけ出して連れ戻せると思ってぇ、つい残してたぁ」

「…就寝者様、わざわざここで、調査者を構う意味とは?」

 管理者の一人が、就寝者にそう問う。

 すると彼女は待っていましたとばかりに頷いて言う。

「…最初のことに繋がるんだけどぉ、調査者がめーてぃを追放したことでぇ、[BSIA]が[ふわっちゃー]破壊計画を実行に移すことができるようになっちゃったぁ。[MAS]正常稼働で、兵器開発が可能になったからねぇ。結果論だけど、その責任をとってもらわなきゃいけないんだよねぇ」

「責任とはぁ?」

「うん。調査者にはぁ…一刻も早くめーてぃを助け出して、[MAS]をもう一度止めてぇ、[BSIA]の計画を阻止してもらおうと思うんだぁ。ゆーさんも、執行者も一緒で」

「…え?」

 目を見開き、ふーわは就寝者を見る。

「…自分は」

(自分は…めーてぃを…)

 ふーわは思い出す。

追放されるとき、泣いていた彼女を。

(…助けたいと言われれば、確かに…そうかもしれない。…確かに、後悔しているかもしれない。その清算を、したいと…思っていた)

 ふーわという個として、是とできない行為。それへの後悔。それゆえの、無意識の望み。

 優しさを持っているからこその、思い。

 それを自覚し、許可され、彼女の意思は動き出す。

「命令だよぉ。調査者、その迂闊な行動の責任を取ってぇ、めーてぃ救出、野望の阻止、頑張ってきてねぇ」

 就寝者はそう言い、ふーわに向かって笑いかける。

 その行為に、彼女は笑って答える。

「…ありがとう、ございます…!」


▽―▽


「ふーわ!めーてぃのことで!」

 翌日の昼前、ふーわは外界へ行く準備を整えていた。

 音符三人組は、小ささ故に役に立ちづらい。

 そのため、彼女らは家において留守番を頼み、ふーわ一人で家から出てきた。

そして、ちょうどそこへ、みるこが走ってきたのだ。

「…みるこ?」

 家の前に走ってきた彼女は、いきなりふーわの肩を掴む。

「…お願いがあるなのですよ」

「お願い?何?言って」

「…めーてぃを、ここへ戻してあげてほしいなのですよ」

「…」

 自分とほぼ同じことを考えているらしいみるこに驚き、ふーわは目を見開く。

 みるこはそれには気づかず、言葉を続ける。

「みるこは、友達としてめーてぃのことが心配で…めーてぃ、外の世界に戻るのを嫌がってたから…ここにいたがっていたから…。だから」

 そこまで言って一旦息を吸い、呼吸を整えてから、みるこはふーわの顔を見る。

 肩を掴んだ手を下ろし、落ち着いた様子を見せる。

「…みるこ」

 彼女の真剣な表情に、ふーわが気づくと同時に、みるこは静かに、ゆっくりと…しかし丁寧に言う。

「…お願いなのですよ。めーてぃを、どうか」

「…そんなこと、言われるまでもない」

「…え?」

 ふーわの発言に、みるこは驚く。一週間前、めーてぃをその手で追放したふーわがそんなこを言うとは、まさか思っていなかったのだろう。

「…ど、どういうことなのですよ?」

「…単純なこと。自分は、めーてぃを連れ戻しに行く。これから。そこの執行者と」

 ふーわは、家の影に立つ執行者を指さして言う。

「…あのときの。…どういう、風の吹き回しなのですよ?」

 みるこは壁から服の裾を出す執行者を見た後、ふーわに向き直ってそう言う。

「…そうしなければ、この[ふわっちゃー]が危険というのもある。めーてぃのためでも、ある」

「…どういうことなのです?」

 みるこは首を傾げる。

 その様子を見たふーわは、事情を話すか考える。

(…いづれ、海際の住民は避難させなきゃいけない。なら先に言ってやっておく)

 [BSIA]の計画のことを話し、住人の一人であるみるこを先に内陸へと行かせようと考え、ふーわは口を開く。

「……正常稼働可能状態にあった[MAS]は現在、[ふわっちゃー]破壊を目論む、[BSIA]に乗っ取られている。彼らはその目的のため、巨大な破壊の建造を行っている最中。もしそれの完成がなされてしまった場合、この町は危険になる。早めに内陸へ逃げた方がいい」

「…[MAS]が、乗っ取り?…それってめーてぃは大丈夫なのですよ?」

 話を聞いたみるこが、不安そうな表情で言う。

 その発言で、めーてぃが無事なのかが不透明なことに遅れながら気づき、ふーわは表情を曇らせる。

「…分からない。分かるのは、[MAS]が管理する工場が多数稼動している事だけ」

「……」

 みるこは息を飲み、数秒沈黙する。

 そして、その後、何かを決めた様子で、ふーわに言う。

「…ふーわ」

「何か?」

「みるこもめーてぃのところへ、一緒に行くなのですよ」

「え」

 急な彼女の発言に驚き、ふーわは思わず変な声を出してしまう。

「…お前はただの人形。外に言っても、そもそもまず動けない…」

「え、そうなのですよ!?」

「…自分が外界活動用の糸しこめば、それに関しては解決しなくもない。けれど、動けたところで、お前に何ができると…」

 ただの無力な人形と思い、ふーわが言うと、みるこは即座に顔を横に振って否定する。

「…できなくは、ないなのですよ。捨てた過去を、今のために利用するという方法なら」

「…?」

 ふーわは、みるこの発言に眉を顰める。

「…役に立ってみせるなのですよ。一刻も早く、めーてぃを助け出すために」

「……好きにすると言い」

 嘘や誇張で言っているようには思えなかっため、ふーわはみるこに同行を許可する。

 それから、執行者も加え、共に海際へと歩いていく。

 二十分ほどかけて、海際につくと、みるこが質問を投げかけてくる。

「…ここから、どうやっていくなのですよ?船?」

「何言っている?違う。そもそもそれじゃぁ、時間がかかりすぎる。だから…」

 言って、みるこは袖から糸を、海水に向かって放る。

「…彼を使う」

「…不埒者」

 それまで黙っていた執行者が苛立った様子で呟く中、三人の目の前の水が波打つ。

「?なんなのですよ?」

 言って、みるこが海面を覗き込む。…そのときだった。

『…である』

「!?」

 突如、海水を弾き飛ばしながら、海面下より何かが現れる。

「な、なんなのですよ!?」

 みるこが驚きの声を上げる中、何かが被っていた海水が側面から下へ。

そして現れるのはマゼンダの巨体だ。

 ただし、その鋼鉄の体の各所は、ふーわの糸によって補修されており、右腕も左腕を模した糸製の新たなものが付いている。

『…再起動する機会が、あろうとは。である』

現れた機体、ゆーさんは頭部のモノアイを光らせつつ、そう言う。

「…あのときみるこたちを守った[AB]…」

 みるこの言葉に、ふーわは頷く。

「自分が改修したこれで、やる」

「…改修までしてるとは。就寝者の言葉がなければ執行者が裏切り者として追放しているだろうに…」

 執行者は顔をしかめながら、そう呟く。

 だが、それに関しては無視し、ふーわはみることゆーさんへ、言う。

「自分たちでめーてぃを助け、連れ戻す。そして、[ふわっちゃー]も守る!…さぁ、やる!」

「了解なのですよ!」

『…そういうことならば、了解である』

「…」

 …そして彼女らは動き出す。

 [ふわっちゃー]の外、めーてぃのいる世界へと、飛び込む。

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