[第三章:しあわせのおわり、追放]その5
「…なのですよ」
めーてぃがカティアによって拉致…いや、ふーわに追放されてから、一週間が経っていた。
多数の[AB]によって踏み荒らされた町は、住人たちの努力によって、早くも修復が進んでいる。そこには、[ふわっちゃー]の独自法則による、資材の加工のし易さなどが関わっている。
彼らはそれによって、すぐに必要なものを作り、次々と家や店を直して言っていた。
そのため、無残な状態だった町は、その半分ほどが元の状態に近くなっている。
「…なのですよ」
そんな中、みるこは一人、別の家屋の修理を手伝うため、人形が出払ってしまった商店街を歩いていた。
「…早くも、いろんなものが、元に戻ろうとしているなのですよ」
(一週間前にあったことの痕跡は、早くもなくなってくなのですよ)
歩きながら彼女が思い出すのは、例の事件。めーてぃを追ったカティアたちのことだ。
既に[パンドラボックス]は[ふわっちゃー]の外に叩きだされ、[AB]は全て執行者と捕縛者に破壊され、残骸は処理された。
町も、人形も、そう前ではない過去の痕跡を、なくしつつある。
そして、外の世界の捨てた現実に関わることは、人形たちの中から忘れられつつもあった。
…だが。
「みるこは…」
彼女は、忘れられなかった。あの事件のことを、めーてぃという人形のことを。
「…違う、彼女は…」
体を震わせて、みるこは呟く。
「[MAS]。みるこが[AAA]の情報屋だった時、何度も仲間を殺した…残酷な管理者…なのですよ」
そう言う彼女は外の世界から、九ヶ月ほど前に、接続者に導かれてやってきた。
[MAS]との終わらない戦いに神経をすり減らし、あることをきっかけにそれが限界に達したために。その際に接続者に偶然出会い、[ふわっちゃー]のことを聞かされたという経緯で、だ。
そんな過去も、[ふわっちゃー]の住人として、変換者に体と心の形を最適なものに変換されてからは、忘れていた。そしてかつて夢見た看護師の役割を、人形のみることして、全うしていたのだ。
だが、[MAS]のロゴを見て、全てを思い出してしまったのだ。かつてのストレスと、永遠と攻撃し、仲間を殺す[MAS]への恐怖を。
それゆえに、みるこはパニックに陥った。
「でもまさか…みるこを明るくしてくれた…」
めーてぃが[MAS]、恐怖の対象と苦しさと悲しさの原因だとは思わなかった。
自分たちを最も苦しめたあの管理者が、自分に優しくしてくれたあの人形だとは思いもしなかった。
そして、そうと知ったとき、みるこはどうしようもなかった。
「…あのとき、みるこは恐ろしくて、怖くて、嫌で、悲しくて、憎くて…いろいろで…」
ごちゃ混ぜの感情が彼女の中で渦巻き、苦しんだ。友達の正体がそんなものであったことに。
「…でも、もうめーてぃはいないなのですよ。その正体が[MAS]だったのなら、嫌いなあれだったのなら、追放されてくれて、よかったはずなのですよ。それでもう、あの辛い時を思い出すこともなくなるなのですよ。…全ては、いい事だった、はずなののですよ」
言いながら、彼女は俯く。
そこに見える暗い表情は、彼女が自身の言葉通りに事を自分の中で処理できていない証拠だ。
「…めーてぃはいなくなった。もう、[ふわっちゃー]が荒らされることもないなのですよ。全ては丸く収まったはず。みるこも他の人形のように忘れて、今までの日常に戻った方がいいなのですよ…」
そう言って、嫌な過去に関連することを頭から消し去ろうとするみるこ。
だが、そうはできない。
「…どうして、めーてぃのことを、みるこは一週間の間、忘れられず、考え続けているなのですよ?」
頭をよぎるのは、去り際のめーてぃの表情だ。
「…なのですよ」
それがどうしても、頭から離れない。
忘れられない。
日常の中に、埋めて消し去ることができない。
ずっと、しがみつくように頭に残っている。
「…めーてぃ」
沈んだ表情で、みるこは無意識に呟く。
そんなとき、転がっていた石材の破片に足が当たり、彼女は今どこにいるか気づく。
「ここは…めーてぃと逃げた…あの道の近くなのですよ」
仲間を殺されたことで恨みがあった[BSIA]の先兵から逃げた時のことを、みるこは思い出す。
[MAS]に対しては嫌悪や憎しみより恐怖が勝っているが、[BSIA]はその逆。そのため、怒ってもいたあのときのことを。
「そういえば、あのとき、めーてぃは泣いていたのですよ…」
小さな人形の身から流れる、大粒の涙。
視界の端でそれらが、幾つも地面へ向かって落ちていく光景が、みるこの頭の中で蘇る。
「…どうして、散々みるこたちを弾圧した冷酷な機械のはずの、めーてぃが…あんな」
そう言った時、みるこの脚に何かが当たった。
「…?なんなのですよ」
呟き、彼女は視線を下げる。
足に当たった、軽いものを見ようとして。そして、目にしたのは。
「バスケット…」
(一週間前、めーてぃと一緒に…)
そう思った時、みるこは思い出す。
共に昼食を取った時の、めーてぃの楽しそうな顔を。
BCに呼ばれ、一緒に遊んだ時間の、彼女の笑顔を。
とても幸せそうな表情を。
…そして、追放される前の。
「ここに、いたい…って」
その、感情の叫びを。
「…」
みるこはめーてぃの言葉を思い出し、疑問に思う。
「…めーてぃは。どうして、ここに来たなのですよ?」
彼女は、世界を運営する管理者の一つ、[MAS]だ。
そんな彼女が、どうしてここへ来て、ここへ帰りたくないという意思を示したのか。
「…そういえば、励ましに来てくれた時…」
みるこは、クッキーを持ってくれた時のことを思い返す。
「…あのとき、めーてぃは[MAS]のロゴのことで…捨てたものって…」
(捨てた?それが意味するのは…)
みるこは顔を上げる。
「…めーてぃは[MAS]としての在り方を、捨てたということなのですよ?残酷な行いをする管理者の役割を、放棄したということなのですよ?」
(…めーてぃは元に戻ることを嫌がった。逆説的に、彼女は元の状態を嫌っているということになるなのですよ)
そう考えた時、呟きが漏れる。
「…捨てて、ここにきた?みること同じ?」
(なら、みること同じように辛さを経験したなのですよ?)
彼女は考える。
[MAS]がどういうものだったのかを。
(あれは、世界の絶対平和のために、あらゆることをする巨大機構。そこには、住民の意見を聞き、対応を行うこともあるなのですよ。…そして、みるこがここに来る前は、世界中で管理者破壊を試みる[AAA]の活動が活発化し、[BSIA]もいて、人死には絶えなかったなのですよ)
ならば、それに関連した多くの言葉が寄せられただろう。
そこには当然、[AB]を使った[AAA]に対する戦闘などによる死者に関した、多くの悲しみ、憎しみ、怒りの言葉もあったはずだ。
(…そして、[MAS]は人の感情を汲める物。そのために自らも、暴走対策で規制ありきではあるものの、ある程度の感情を持つよう設計された、AIなのですよ)
であるならば、もしかしたら。
(…寄せられた言葉で、つらくなって…ここにきた…ただの人形めーてぃとして)
「なら…あれは。あの追放は…彼女にとって」
非常につらいものだったのではないかと、みるこは思う。
「…戻されるのは、あまりにも、酷い仕打ちだったのかもしれないなのですよ」
(でも…めーてぃは[MAS]だった。その事実は変わらない…ならそれも、みるこたちに行ってきたことを思えば、当然の仕打ち…のはずなのですよ)
みるこは、かつての[MAS]への感情に影響され、そう考える。
…だが。
「…どうして、胸が痛むなのですよ。めーてぃは…ただの」
胸に手を当て、その続きを言おうとするみるこ。
だが、めーてぃを敵とするその言葉は、口から出てこない。
(…どうして、めーてぃとの時間が)
彼女と、笑いあった時間が、頭に何度も蘇る。
「…どうして、みるこはめーてぃのことを気にかけて、忘れられないのですよ…」
どうして。
「…どうして、だって…彼女は…!」
そのとき、めーてぃとの日々が脳裏に過る中の発言で、みるこは気づく。
「…そう、だったなのですよ」
はっきりと、頭の中にめーてぃの笑顔を思い浮かべる。
「…めーてぃは友達なのですよ…」
彼女は思う。
(…管理者[MAS]が怖くて憎いという気持ちも確かにある…)
だがそれ以上に、めーてぃを友として案じる気持ちがみるこの中にはあった。
だから、めーてぃを[MAS]として見て忘れるということができなかった。
一週間もの間、気にかけ続けたのだ。
「…そもそも[MAS]のことは、捨てたことだったはずなのですよ。なのに[BSIA]とかが現れたから、そっちに意識が行っていたから、さっきまで過去の気持ちが前に出ていたなのですよ。…けれど、みるこの中で今本当に大事なのは…」
めーてぃという人形を、友として案じる心なのだ。
「…めーてぃ」
みるこは改めて、去り際のめーてぃの様子を思い出す。
「…所詮、捨てた過去は捨てた過去。だから、関係ない。…みるこはめーてぃをただの…大切な一人の友達として思う。…なら」
みるこは、行動を決める。
「なら。みるこは」
彼女は、ある方向を向く。
それは、ふーわの家がある方向。
この[ふわっちゃー]の管理者である、彼女と話すことができる場所。
「…看護師としても、みるこは友達を見捨てたままにできないなのですよ。めーてぃの心が傷ついているのなら…」
息を吸って、みるこは言う。
「治療なのですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます