[第三章:しあわせのおわり、追放]その4

『皆さん、Rの回収ありがとうございました』

「礼なら、そこのカティアに言え。実働はコイツだ」

 常棟は、自身の後ろに立つ、ボロボロのパイロットスーツのままの彼女を指さした。

 今しがた帰還し、この部屋に走ってきたばかりの彼女は、机にR入りの人形を置き、常棟の方を見る。

「そんな。先輩たちが出撃前のサポートをいろいろしてくれたからですよぉ。[AB]をたくさんつけてくれたりとかぁ。まぁ、変なさすまた人形に全部撃破されちゃいましたけどぉ」

『問題ありません。[MAS]が完全に機能を取り戻せば、増産はいくらでも可能です。それによって、[AAA]の僅かな残党も排除すれば、この大陸は平和になります』

 画面上でロゴを光らせながら[MAS]は言う。

『本当に、ありがとうございました。あなたがたを信用し、任せたかいがありました』

「そうかよ」

 そう常棟が呟いていると、背後の扉が開く。

「…どうやら、入手できたようだな」

 ラザースルーだ。右手の中に何かを握りこんだ彼は、力強く床を踏み、二人の方へ歩いてい来る。

 その様子をカメラ越しに見たらしい[MAS]は画面のロゴを今一度光らせる。

『代表者のラザースルー氏。今一度、お礼を申し上げておきます。この度は、ありがとうございました』

「…そんなものは必要ない」

 ラザースルーは淡々とそう言う。

「…それよりも、これで[MAS]の正常な稼働は可能なのだな?」

 彼は画面に目をやり、そう問いかける。

 [MAS]はロゴを今一度発光させ、

『はい。そこにあるRの思考構造を初期化、一定値に戻したのち、そのコンピューターをBが入った状態で元の位置に収め、補助機関と接続することで、正常な動作を実現できます。所要時間は、およそ一時間半。あなたがたには、その間、[AAA]の残党が来た場合の、護衛をお願いしたいと考えています』

「護衛ですかぁ」

『はい。今お教えした時間が経過すれば、この大陸の復旧可能状態にあるすべての機器は復旧。元通りとなります』

 そこで間を置き、[MAS]はロゴを発光させて言う。

『それで、あなたがたのやることは終了となります』

 そう、[MAS]が言った時だ。

 常棟が口を開く。

「…終了、か。はんっ、それは違うな」

『…違う?何を言っているんです?今言った通りのことで、全ては丸く収まります。それ以上、あなたたちが何かをする必要は…』

 表情こそないが、あったなら怪訝な顔をするであろう雰囲気で、[MAS]は言う。

 そこに、カティアが口をはさむ。

「あるんですよぉ。私たちには、まだやることが、必要なことが」

『?いったい、どういう…』

「…教えてやる。てめぇに」

 常棟は画面を見て、話し始める。

「前なぁ、こいつと話したんだよ。大抵のものは、他のものあって成立すると」

『それが、なにか?…[MAS]も電力なしでは動けませんが、ここで何の関係が』

「まぁ聞けや。…その、他ありきで成立するっつうのは、単体では足りないものがあり、他が補う必要があるってことだ」

 常棟のその言葉から、自身を指して言われていることに気づいたらしい[MAS]は、

『補う?それならば、あなたがたは後の護衛だけで、十分です。ここまでで、[MAS]に足りていなかった実働の部分は補われていますから』

「まぁ、そうだなぁ。[幻想の三角領域]に送りだきゃぁした先遣隊を活かすため、俺たちは人形を捕まえ、調査し、こいつを送った。それで、正常稼働の話についちゃぁ、補いは十分だろうな」

 常棟は言葉の途中でカティアを見て後、ロゴの表示されている画面に向き直って続ける。

「…だが、俺らが言うのはこの先だ。正常稼働後の話だな」

『それは、[MAS]の領分の話です。大陸の管理については、[MAS]のみが行うことです。その一端においてでも個人の思想、行動が影響するのは、管理者として好ましい事ではありません。故に、あなたたちの手を借りることはできません。本来、[BSIA]というものは、許容できるものではないのです。平和のためには』

[MAS]はロゴを点滅させる。

『あなたがたが正常稼働後に何をするつもりなのかは知りませんが、その提案は受諾できません。受け入れられるのは、非常事態の終了時であるRの組み込み終了時までの行動だけ。その後は、一般市民に戻ってもらわなければなりません。ご理解を』

「…はんっ。そりゃぁ、いつかは一般市民に戻るさ。別に、いつまでも戦っていたいわけじゃないからな」

「それはそうですよねぇ。理想を掲げ、それに身を任せたところで、やっぱり戦いの辛さはどうにもならなかったりしますから」

「…だが、まだだ。まだ、普通に戻るときじゃねぇ」

『…何を、考えているのですか?』

 再び、顔があったら怪訝な表情を浮かべそうな[MAS]。

 そこへ常棟がさらに言葉を投げかけようとした時、傍らのラザースルーが、口を開いた。

「一つ、質問をしよう」

『質問?…いいでしょう、言ってみてください』

 [MAS]は意図を図るためか、回答に応じる。

 それを確認したラザースルーは、やや苛立ちの残る表情で、こう言う。

「[幻想の三角領域]を、破壊する予定は、あるか?」

『…はい?なぜここでその話題を?…とにかく回答としては、ありません。[MAS]はあくまでも、大陸管理…平和を維持することが目的なのです。[夢散現象]が生じている以上、まったく手を付けないというわけにはいきませんが、いきなりそこまで飛躍はしません。そもそも管理者とは、破壊兵器ではないのです。迂闊に攻撃など、できるはずがないでしょう?』

「…それも、そうだろう。わかっていたことだ…」

「やっぱそうかよ」

「予想通りですね」

『な、なんですか皆さん。一体何を…』

 そう、[MAS]が戸惑いの声を上げていると、常棟が言った。

「…なら、必要だな。俺たちの行動はっ」

『いやですから必要ないと…』

「いや、必要だ」

 [MAS]の言葉を、ラザースルーは遮る。

「…理想のため、必要な行動がある」

「足りない[MAS]を、俺たちは補わなければならない」

「…なのでぇ、しばらくお願いしますね?」

『…何を!』

 警戒色を強め、[MAS]がそう言ったとき。

 ラザースルーが、手の中に握られたものを、起動した。

『!?…こ、これは…』

 瞬間、画面上のロゴがノイズと共に左右に揺れ、明滅する。

 また同時に、音も途切れ途切れとなっていく。

『代表…ゃ、ラザー…ルー!何をして…!』

「一時的なものだが、[MAS]、その全システムを乗っ取らせてもらおう」

『!?…いつの間に、…ッキングを…!?』

「…正常稼働していなければ、しかもメインがないサブでけでは、システムの死角など幾らでもでき、見落とす。それを利用したのみ」

 ラザースルーは誇ることもなく、淡々と言う。

『…の…とって、な…を…!』

 音声のノイズが酷くなり、[MAS]の言葉が聞き取りづらくなっていく中、常棟が言う。

「[BSIA]の理想、至高とするもの。そいつぁ…全ての人々が管理者の元で、管理されるっつぅ、以前実現していた世界」

 カティアがそれに続く。

「それはぁ、[幻想領域]へと逃げた人たちも含んでのことです」

「その完全な実現のため、[MAS]Rユニットの逃走を発生させ、人を次々と拉致して管理を脅かす、[幻想の三角領域]は必要ねぇ。だからこそなぁ」

「いずれ排除対象になる無数の[幻想領域]の一つ、[幻想の三角領域]。まずはそれを、破壊する」

 ラザースルーは、有無を言わさぬ雰囲気でそう言う。

 そういう時には、[MAS]は完全に沈黙していた。

「…行動を、開始する。あのくだらぬ世界を破壊する兵器開発を」

 彼は、発光をやめた画面のロゴを見る。

「借りさせてもらう。大陸の、全てのリソースを」

 そして、彼らは動き出す。



「……」

 その一連のやり取りを、めーてぃは確かに聞いた。

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