[第三章:しあわせのおわり、追放]その2

「ふーわなのですよ!?」

「…」

 みるこの驚きと戸惑いの声が響く中、ふーわの糸に巻かれためーてぃは、[パンドラボックス]のコックピットの上に転がる。

「…ぇ…ふー、わ…?」

 動けなくなっためーてぃは、声を震わせる。

「…どうし…て、私を…」

 [ふわっちゃー]の外から来た者へ渡そうとするのか。

 今まで自分によくしてくれた、言葉が悪いだけの優しい彼女が、どうしてそんなことをするのか。

 ふーわは、相当な音量で行われた、[パンドラボックス]越しのカティアの宣言も聞いているだろう。

 ならば、めーてぃが狙われていることは当然承知のはずだ。

 そして今の、敵機とゆーさん側で別れている状況を見れば、彼女が逃げていることを察するのは、そう難しい事ではない。

 であるならば、優しいふーわならば、少なくともめーてぃをカティアに差し出すということは、まずしないはずなのである。

「…ふーわ、どうしてなのですよ!?」

 みるこが非難の感情をこめて、ふーわを見る。一方、めーてぃを投げられたカティアもまた、ふーわの意図が掴めないために、彼女を見る。

 ゆーさんもそうし、めーてぃもまた驚きと混乱と、この先のことを一瞬想像してしまったが故の恐怖に満ちた目で、ふーわを見る。

「…これは、当然のこと」

 四人からの視線を受けたふーわは、ゆっくりと語り始める。

「さっきも言った。自分は、その立場として[ふわっちゃー]をこれ以上…今後も、破壊させるわけにはいかない。そういうこと。二度も言わせない」

 ふーわは、冷たく言い放つ。

 信頼していた相手の予想外の行動に、めーてぃは声一つ上げられない。

「…立場?立場ってなんなのですよ!?」

 みるこの方は、[BSIA]の存在による怒りでヒートアップしているのか、普段よりも強い口調でふーわに問う。

 それに、彼女は静かに答える。

「…自分は、この[ふわっちゃー]の管理者、その一人。ここを守り維持するもの。…外からくる不埒者を調べる、調査者」

「…[ふわっちゃー]の、管理者、なのですよ?」

 初耳であろうその単語に、ふーわ以外の全員が何かしらの反応をする。

「そうだけど?自分には、この[ふわっちゃー]を守る義務が、役割がある。この世界の一部の存在として。…だから。…めーてぃを…追放、する」

 少し詰まりながらふーわは言って、めーてぃと繋がっていた糸を切る。

 それによって、彼女は未だ動けない状態で、敵機の上で孤立する。

「…それで、どうしてめーてぃを…みるこの友達を追放なんてする必要があるなのですよ…!」

「…それは」

 言って、ふーわはめーてぃを見て、どことなく早口で言う。

「…めーてぃが[ふわっちゃー]の外、あの大陸を管理する機械、[MAS]のメインコンピュータ、Rユニットであるから」

「…[MAS]!?」

 ふーわの言葉に、みるこは目を見開き、体を震わせる。

「…めーてぃが、あの…惨い、管理者…?」

『惨いかはともかく、その通り。だが、それがなんだと?である』

「…そんな」

 ゆーさんがふーわに対して言ったことを聞き、みるこはその場に崩れ落ちる。

「めーてぃが…みるこたちを…私たちを弾圧したAIだなんて…」

 どことなく、別人のような雰囲気を漂わせながら、彼女は呟く。

 そんな彼女を無視し、ゆーさんが言葉を発する。

『めーてぃの外での現実がそうだとして、それが、なんだという?である』

「…めーてぃの実態がそうである以上、めーてぃは外の者たちに狙われる。そこの奴や」

「…一週間前の、不埒者の二人目、BCのように」

「BCのように」

「BCのように」

 ふーわの後ろから現れた音符三人組が口々に言う。

「…自分は、シオンを通して、そのことを知っている。…そして、その狙われるということによって、こうなった」

『……である』

 ふーわは、[AB]によって踏みつぶされ、荒らされた港町を指して言う。

 人形が泣き崩れ、立ち尽くす、あまりに酷いその様子を。

「こんなことを、何度も起こすわけにはいかない。そのためには、外の者たちの目的である…めーてぃを引き渡す。お前を自爆させて、それをおじゃんには、させない」

『…それは』

「…?」

『…受け入れられない。めーてぃは、ここにいることを望んでいる。ここにいたいと言っている。外の現実など、もはや捨てている。押し付けられた役割により、数多の人を殺さねばならないあの地へまた戻るなど、彼女は受け入れたいとは思わない。である』

 ゆーさんは変わらない表情で、しかしどこか睨みつけるような視線をふーわに送り、動こうとする。

 だが、先の戦闘で損傷した機械の体は、拘束を振りほどくほどの力を出すことはない。

 ただ、ふーわに抗議の言葉を放つしかなかった。

「…お前がどう思うと関係ないし、知った事じゃない。自分は、めーてぃ…を」

 ふーわはカティアの方を見る。

「差し出す。持っていくと言い。そして…二度と来るな」

「…そうですか」

 今までずっと、警戒の表情で様子を見ていたカティアだったが、罠の類ではないと判断したのか、コックピットから立ち上がる。

 そして、その上にいためーてぃを抱きかかえ、席に戻る。

「ぁ……」

 抵抗できない彼女は、目を伏せる。

(ふーわ。ふーわ…)

 最も信頼していた相手の裏切り。それは、彼女の心に深い傷をつける。

(私…ここにいたかっただけなのに…。でも、ふーわや…ここのみんなから見たら、これは当然のこと…?)

 めーてぃがここにいれば、また今回のようなことが起きるかもしれない。それが、たった一人の人形を指し出すだけで解決するならば、そうするべきのかもしれない。

 それは冷たいようで、ふーわの性格にはそぐわない行動かもしれない。だが、合理的と言える行動でもある。

 …そして、[MAS]という管理者時代のめーてぃ自身も、同じことをやっていた。

(…なら、仕方のない事…?管理者なんだから……)

 だが、仕方ないと、そう納得できるのなら、今めーてぃはここにいない。

 納得を拒絶し、ここまで来た彼女は、そんな風に考えることはできない。…いや、思えない。

 だからこそ、言う。

「ふーわ!」

「…、何?」

 どうしようもない中、一縷の希望にすがるような、そんな思いで放たれる言葉に、涙声の言葉に、彼女は固まった後、少し遅れて反応する。

「ふーわ、言ったよね!?ここにいていいって…!いたいと思うなら…、歓迎するって…、そういう場所だって…!」

「…それは」

 ふーわは言葉に詰まり、顔を背ける。

「私は、ここにいたいよぉ…!ねぇ、ふーわぁ…!」

「あれは。…あれは、自分がお前を、接続者に導かれ、変換者に変えられてここにきた、正規の住人だと、あの時点では思っていたから言ったこと。けれど…自分はすぐに、シオンの話を聞いた」

 ふーわは息を吐き、呼吸を整える。そして、表情を凍らせ、努めて冷静に、冷たい声で言う。

「お前は、この[ふわっちゃー]に無理やり入った来た侵入者…不埒者!あの歓迎は、そんなお前には、ない。ここはそんな奴は、歓迎などしない、いることは…、許さない」

「…!」

 氷のように冷えた言葉に、めーてぃは息を飲み、大粒の涙を流す。

 それと同時に、黒雲から大雨が降り出す。

「…ふーわぁ」

「…ちょ、ちょっと泣かないでくださいよぉ!」

 そんな様子のめーてぃを膝に乗せ、戸惑うカティアは頭を振って気を取り直す。

「…そちらの事情は知りませんけど、Rがもらえるというのなら、遠慮なくそうさせてもらいますぉ」

 言って、カティアは機体を操作。

 四脚を動かして後退させる。

 と同時に、コックピット側面に備え付けられた装置を操作する。

「…不意打ちとか、やめてくださいよねぇ」

 彼女が言うと同時に、[パンドラボックス]の背後に、白い穴のようなものが出現する。

「…それじゃぁ、さようなら」

 大粒の雨水が降り注ぐ中、機体はその穴へと後ろ向きに入っていく。

 そんな中で、めーてぃが小さく声を上げる。

「ふーわ…みるこぉ…離れたくない…よぉ」

『…!』

 泣き顔と共に、その言葉にふーわが少し震え、みるこが顔を上げ、ゆーさんが沈黙する。

「…でも、さようなら…」

 めーてぃは、悲しさに溢れた笑顔で最後に言う。

「…めーてぃ」

 みるこが、それに何か返そうとした時。

「接続者は返してもらう」

 左側から飛び込んできた執行者が、[パンドラボックス]の腹部をさすまた二振りで横から打撃し、中に入った装置を分離させる。

 それと同時に機体に蹴りを見舞い、穴の奥へと叩き込む。

 これら一連の動作が終わると、執行者は分離させた接続者入りの装置を確保し、言い放った。

「二度と来るな、不埒者ども」

 …そして、沈黙が広がる中、穴は跡形もなく消滅した。

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