[第三章:しあわせのおわり、追放]その1
BCの件から、一週間が経った。
その間、めーてぃはただ幸せに過ごしていた。
毎朝起きて、笑ってふーわのご飯を食べる。毎日みること会って、病院の手伝いをしたり、雑談をしたり、遊んだり。
夜は時にふーわと一緒にご飯をつくり、音符三人組と笑いあって、五人で共に眠る。
そんな他愛のない、しかし少し前までは体験したこともなかった幸せな時間を、めーてぃは過ごし続けた。
思い出した記憶に封をし、その全てを楽しい思い出で塗りつぶす。
彼女はそれをやり続けたのだ。自分は[MAS]などではなく、ただの人形のめーてぃなのだと、思えるように。
そうして、[ふわっちゃー]の外にある現実など、ないかのように、関係ないように感じられるようになってきた頃、それは起こった。
「…?ぽん」
ある日の昼下がり、みることサンドイッチを食べているときだ。
突如として、空が黒雲に包まれ始めた。
「…急に、天気が悪くなってきたのですよ?…でも、こんなこと今まで一度もなかったのですよ?」
「…そうなの?ぽん」
みるこを見て不安げに呟くめーてぃは、空の黒雲に目をやる。
(嫌なことでも…起きようと?)
そんなことを思っていると、広がった黒雲は雷鳴を放ち始める。
港町の住人たちは慌てて、各々の家の中に入っていく。
「…私たちも雨宿りなのですよ」
「うん。ぽん」
二人は持っていたバスケットに食べかけのサンドイッチを入れ、座っていたベンチから離れる。
「…雷鳴が大きいなのですよ」
「大雨が降ってくるかも。ぽん」
言いながら、みるこは道を走り、めーてぃはその傍らを飛ぶ。
目的地は病院。そこに行けば、これから来るであろう大雨も防ぐことができるだろう。
「けど、本当にどうしてなのですよ。急に黒雲なんてなのですよ」
「確かに。折角二人でランチだったのに、台無し。ぽん」
そんな会話をしながら、二人は角を二つほど曲がり、その後に出た長い坂道を進んでいく。
このまま行けば、突き当りを左に言ったあたりで病院に辿り着くことができる。
「…ぽん」
めーてぃはみるこの横を同じ速度で飛びながら、後方の黒雲を見る。
(…みるこは今までなかったって言ってる。なら、ほんとうに何か…?)
めーてぃの思考を司るコンピューターが、何かしら起こる可能性を導き出す。
それを、彼女は嫌な予感として処理する。
(起こる…?それは)
[ふわっちゃー]の外、[MAS]関連のことではないだろうか。否定はできない可能性が、彼女の頭の中で提示される。
だが、そんなことを考えたくない彼女は、それを黙殺し、自身の思考機能を抑制する。
[ふわっちゃー]の外側で常時やってきた思考というものを、彼女がやりたくないというものある。
「結構雷鳴が…わっ!?光ったなのですよ!早く中になのですよ!」
「うん。ぽん」
ひときわ強い雷鳴と、稲妻。それを見聞きしたみるこが、走る速度を上げながらめーてぃの手を掴む。
その時であった。
『…到着です』
『!?』
知らない、スピーカー越しの音声とともに、大きな揺れが町を襲う。
「なのですよ!?」
「みるこ!ぽん!」
急な衝撃に転倒しかけるみるこを、めーてぃは全力で後方へ引っ張ることで、どうにか体勢を立て直させる。
「ありがとうなのですよ…」
「ううん。別に…ぽん」
そう答えためーてぃは、なんとなしに揺れが伝わってきた方、港のあたりを見る。
「…?何か、いる…ぽん」
「なのですよ?」
黒雲で太陽が隠され、光量はあまりない。それゆえに、二人は良く見えない。
だが、その何かの近くで雷の光が発生したことで、何かの姿が、周囲に晒される。
当然その、一つではない姿は二人の目にも入る。
「…これは。ぽん」
「これって、なのですよ」
めーてぃとみるこは、それぞれ顔を歪め、後ずさる。
その視線の先には、複数の稲妻と共に立つ、十メートル前後の巨体が、計二十ほどあった。
「[AB]があんなに…ぽん」
「あれって、[パンドラボックス]?じゃぁ、あれは[BSIA]…なの、ですよ…?」
二人が震えた声で言う中、機体群は動く。
『では、謎の敵が来る前に手早く終わらせましょう』
一番前にいる機体、[パンドラボックス]が言葉とともに、足を一歩踏み出す。
それにより、木材と石材で作られた柔ともいえる建物の一つが、容易に踏み潰される。
木材が裂け、石が割れる嫌な音が響き渡り、周囲の人形たちは、それに恐怖する。
『[M…いいえ、めーてぃ!あなたを捕えさせてもらいます。そして周囲の皆さん、彼女を指し出すならば、ここに危害は加えません。さぁ、どうします!』
「…私?まさか、もう、次の追手が…」
「めーてぃ?追手ってどういう…」
彼女の呟きに反応し、みるこが思わず言った時だった。
『…見つけましたよぉ!』
『!』
[パンドラボックス]が動く。四つの鋼鉄の脚を次々と動かし、めーてぃたちのいる坂へ向かって、進みだした。
「めーてぃ、逃げるなのですよ!」
「…あ」
みるこはめーてぃの手を取り、全力で走り始める。
速度は、彼女が飛んでいる時より、それなりに早い。
「…[BSIA]、どうしてこんなところに来るなのですよ…!」
みるこは走りながら言う。
その声は恐ろしさゆえか、やや震えている。だが、[ふわっちゃー]の外関連のものを目にするのが二度目なためか、[MAS]のロゴを見た時のように、悲鳴を上げて錯乱するほどではない。
そして同時に、[パンドラボックス]らに対する怒りのようなものを感じさせる。
「また、みるこたちの日常を、自由を壊しに来て…あいつら…!」
みるこは、呟きながら走る。
「…うぅ。私を…」
めーてぃは、みるこに手を引かれながら涙を流す。
「…今度こそ、連れ戻そうと」
「…連れ戻す?なのですよ?」
「…いや、なのに…私はあんなところも、役目も、何もかも捨てたのに…どうしてそんなに追って…!」
「めーてぃ…」
落涙と共に苦しそうに言う彼女を見たみるこは、走る速度をさらに上げる。
雷鳴と、機械の駆動音、そして随伴する[AB]に恐怖して叫ぶ人形たちの声が、周囲に響き渡る。
「…[BSIA]は何度も私たちの幸せを、自由を壊しに来る…!」
みるこもまた、いつしか涙を流しながら走った。
…だが、人形の小さな体では、そもそも歩幅の違う[パンドラボックス]を引き離すことはできない。
十分としないうちに、すぐ背後に機体が迫ってくる。
「…!」
『R。あなたは必要ななんです!おとなしく掴まってもらいますよ…!』
機体から声が響くとともに、右腕の先が射出される。それは空中で分離し、捕獲用の網となる。
「…!」
それを見ためーてぃは、急にみるこに体当たりをする。
「なの…!?」
驚きつつも態勢を崩し、みるこは地面を転がり、その手からバスケットが離れて転がっていく。
一方のめーてぃは体当たりの反動を利用して逆側に大きく後退。
それにより、網の回避に成功する。
『け、結構やりますね!しかし、この程度では諦めませんよぉ!』
機体は腕を戻し、再びめーてぃを捕獲しようとその場で旋回を始める。
その隙に、めーてぃはみるこの所に行き、共に機体とは逆の方向へ進みだす。
(BCの言ったとおりに、逃げられないの…?)
「めーてぃ…?」
みるこは、先ほどより大粒の涙を流しながら飛ぶめーてぃを見て、言う。
「…どうして、こんなことを、するなのですよ…。みるこたちは、あの世界を捨てて、無関係になって、ここに来たのに…ただ平和に、自由に、楽しく暮らしたいだけなのに…どうして、こんなことを…こんなことに…!」
「うぅ…」
路地に入った二人は全力で進み、その先の大通りへと出る。
すると、そこに三機の[AB]が着地する。
『!』
いずれも、重装甲を施した、複数の立方体を人型に組み合わせたような、シンプルなデザインの重量級の機体だ。それらが、一斉に大きな手を伸ばしてくる。
「いやぁ…!やめて…!」
そう叫び、めーてぃはみるこに抱き着く。
「[MAS]の手先…!」
彼女がそう叫んだ時だ。突如として左側から、別の巨体が現れる。マゼンダのそれは、三機に急接近。
胴体と脚部を繋ぐ関節部を素早く、確実に切断し、回し蹴りで支えの亡くなった上半身を蹴とばす。
そして、真っ二つになった三機が火花をあげると同時にめーてぃたちを守るように、その場で蹲った。
『処理、である』
マゼンダの機体、ゆーさんがそう言うと同時に三機体は爆散。その破片が、周囲の建物にぶつかり、容易に倒壊させていく。
「…また、壊されるなのですよ」
その光景を見たみるこは悲し気に言い、ゆーさんを見上げて言う。
「何をしているなのですよ…!」
怒気を孕んだその言葉に、彼は冷静に返答する。
『めーてぃを守った、それだけ、である』
「…同じ[MAS]の手先の[AB]が、どうして…?」
ゆーさんの言葉に、みるこは怪訝な表情をする。
そこへ、めーてぃの言葉がかかる。
「大丈夫、ゆーさんは味方…。ぽん」
「…味方、なのですよ?」
「うん。ぽん」
助けが来て少しだけ落ち着いためーてぃは、見るこの言葉に頷く。
『まずは、この場からの離脱を。である』
腰を折ったゆーさんの背に、二人は乗る。
それを確認した彼は、迫る[AB]に背を向け、二人の数倍の速度で、その場を離脱する。
「…あなたは、なんなのですよ」
ゆーさんの後頭部の突起に掴まりながら、みるこは問う。
『当機体は、めーてぃのために動く[AB]。彼女のここにいたいという意思を確認したため、彼女をここに残すため、こうしている。である』
「…どうしてただの破壊兵器がそんなことをなのですよ…」
何か私怨でもある様子で、みるこは言う。
『それが、直属の機体としての、めーてぃの気持ちを知った当機体の、やるべきと判断しただけに過ぎない。[AAA]のような武装勢力を排除し、平和を維持する役割とは関係がない』
「……」
沈黙するみるこに、めーてぃは言う。
「…本当のこと。ゆーさんの言うことは。私は…そう判断できる。ぽん」
「…どうして、なのですよ」
高速移動のために生じる風で首が動かしにくいため、みるこはめーてぃを横目に見て聞く。
「…ゆーさんを、嘘つくようにはつくってなかったから。…ぽん」
「…めーてぃ?さっきから、なんのことを…」
そう、みるこが二つ目の問いをしたときだった。
「不埒者め」
『!』
突如前方に、執行者が現れる。
「まだ、全壊していなかったとは。しかし、今度こそ、排除する」
執行者は両手のさすまたを構え、ゆーさんに攻撃しようとする。
だがそれは、別の[AB]が四方八方から迫ってきたことで、止められる。
「……。数の多い、木偶の不埒者を先に…排除する!」
執行者はその場で飛び上がり、後方からゆーさん…その背のめーてぃを狙って迫ってきた[AB]の背に飛び乗る。
そして素早く右のさすまたを振るい、首元の装甲の隙間を攻撃。隙間ができたところで左の得物を勢いよくそこから投げ入れ、貫通させる。
『…』
内装を一撃で破壊された機体はその場で止まり、崩れ落ちる。
その時にはゆーさんはそれを飛び越え、執行者は次の機体の両腕を切り落としている。
「…しぶとい不埒者が逃げた…。…木偶は、残り七。手早く片付ける!捕縛者!」
執行者の言葉に応えた捕縛者の攻撃で、二機が機能停止、一機が動きを封じられる。
そこに攻撃が加えられて爆散した時には、ゆーさんは十分に距離をとっていた。
『…めーてぃ。それとその友人。当機体は二人を安全圏へ逃がした後、敵機との交戦を開始する。敵は必ず、当機体が撃破する。である』
「…ゆーさん」
彼の言葉に、めーてぃは安心した表情を見せる。
一方のみるこは、怪しそうな目でゆーさんを見ていたが、
「…めーてぃが信じるなら、みるこも一応は、なのですよ」
ひとまず一応の信頼はしたらしい。
『では、あちらの森へ…』
港町の陸側の端へ至ったゆーさんがそう言い、その先へと行こうとした時。
『逃がしませんよぉ!R!』
『…である』
跳躍した[パンドラボックス]が、ゆーさんの前に滑り込む。
現れた機体は、執行者か捕縛者あたりに攻撃でもされたのか、腕部の箱の幾つかが欠落している。だが、本体にこれと言った損傷はないようだ。
一方のゆーさんは、戦闘前より右腕がないため、既にハンデを背負っている状態となっている。
『理想のため、めーてぃは渡してもらいますからねぇ!』
「[BSIA]…!」
みるこが[パンドラボックス]を見て言う中、ゆーさんは動きだす。
推進器を吹かして、一息で突撃。左腕にある唯一の武装であるレーザーブレードで、勝負を決めに行く。
『接近させてなるものですか!』
近接戦闘用の装備がないのか、[パンドラボックス]は箱の一つから煙幕を展開しつつ、背後へ跳躍する。
同時に、ゆーさんからめーてぃを奪うため、両腕の先を射出する。
『切断。である』
その動きを見切ったゆーさんは膝を折って態勢を低くし、腕を回避。先端に小さな推進器があるそれらが次の動作に移る前に、ブレードでその金属線の部分を溶断する。
『なかなかやりますねぇ!ですが、負けるわけにはいかないんですよぉ!』
声が響く中、[パンドラボックス]は箱の一つを展開し、内部のミサイル九発をやや下向きに小刻みに発射する。
ゆーさんの脚部を破壊し、態勢を崩させるつもりだ。一発一発を少しずつ遅延させているのは、全弾回避することを困難にするため。
それを瞬時に理解したゆーさんは一気に空中へ躍り出る。
直後にミサイルは進行方向上にあった建物や地面に接触し、それらを木っ端微塵にする。
『正確、最適な動作!それゆえに予想通り!ですねぇ!』
言葉と共に箱の一つが展開。中から捕縛用の巨大な網が打ち出され、ゆーさんを包み込むように広がる。
『断!である』
彼はそこに真っ向から突っ込む。だが、同時に腕を正面に持ってきた上で、極限まで伸ばしたブレードで網を両断。それによってできた隙間に、上手く入り込む。
『な…!』
「す、すごい豪快な動き…ぽん!」
落とされないよう必死につかまるめーてぃが言う中、ゆーさんは眼前に来た[パンドラボックス]の頭部を、そのまま踏み潰す。
『きゃぁ!バイザーが…!』
頭部直下にコックピットがあったのか、頭部が粉砕され、その真下も歪む中、スピーカー越しに悲鳴と破砕音が聞こえてくる。
『とどめを。である』
大きな振動と共に着地したゆーさんはステップを踏んで立ち上がりながら旋回。
レーザーブレードで狙うのは、敵機のコックピットだ。
『まだです!』
[パンドラボックス]の上半身のみが急速旋回。
頭部の残骸と、ひしゃげた装甲の隙間から、被ったヘルメットのバイザーが割れたカティアを覗かせながら、未だ爆発武器が乗った左腕を、ゆーさんに勢いよく接触させる。
『!』
ブレードは敵機の左腕を溶断し、その直後に武器の誘爆を発生させる。
『きゃぁ!』
互いの至近距離で、[パンドラボックス]の腕が爆ぜ、その機体の胴体と、ゆーさんの正面を熱と爆炎で包む。
『…である』
ゆーさんはすぐに跳躍して離れるが、小規模な方とは言え爆発に巻き込まれたことにより損傷。着地点で膝をつく。
「ゆーさん!ぽん」
めーてぃが心配そうに叫ぶ。
彼女とみるこの乗るゆーさんは、既に全体から火花と軋みを上げている。
『…まだ、稼働は可能。である』
ゆーさんはそう答えて、敵機の状態を確認するために顔を上げる。
傷ついた顔面の先には、コックピットが剥き出しになりながらも、未だ稼働状態にある敵機の姿がある。
「…死ぬかと思いましたよ」
操縦席に座るカティアは、息を粗く履きながら言う。
彼女の着用するパイロットスーツは黒く焦げ、大きく破損している。前のファスナーも一部が吹き飛んでスーツ生地の固定ができなくなり、彼女の地肌が覗いている。
そんな状態ではあるが、彼女は未だ元気なようだ。
『…』
「機体は、上半身はだめですか。なら…十分ですね」
カティアは操縦桿を握って、左腕を失った機体を動かす。動けないゆーさんに向かって、四脚を動かしていく。
『めーてぃ。即時離脱を…。である』
「…っ!」
彼女はそれに従い、ゆーさんの背から、みること共に離脱。
すぐに、遠方に見える森へ行こうとする。
「…行かせませんよぉ!」
それを見たカティアが叫び、二人の後を追おうとする。
ゆーさんはその動きに反応し、推進器を動かし、突撃を敢行する。
「ゆーさん!」
「めーてぃ!」
振り向き、叫ぶ彼女をみるこが引っ張る中、ゆーさんは[パンドラボックス]の前まで行くが、それ以上動けない。
ならばと、彼は言う。
『当機体としては…自爆してでも…である』
そうして、彼が文字通りのことをしようとする、そのときであった。
「…そんなこと、するな」
「…え?」
めーてぃの耳に、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『!?である』
「拘束する」
どこかから放たれた糸が、ゆーさんを拘束する。
「な、なんです、これ…?」
その光景にカティアが困惑の声を上げる中、近くに転がって瓦礫の影から、ある人物が姿を現す。
その姿を見ためーてぃとみるこは、驚いて目を丸くする。
『ふーわ!』
まさしく、あのふーわだ。彼女はスカートを翻し、二機体のところへと歩いて来る。
「ふーわ、ここは危ないなのですよ!逃げるのですよ!」
みるこのその言葉に、ふーわは首を振った。
「そうはいかない。…自分の立場としては[ふわっちゃー]をこれ以上…今後も、破壊させるわけには、いかない」
「…?ふーわ?ぽん」
彼女のどこか奇妙な発言に、めーてぃは首を傾げる。
「…だからこそ、自分はめーてぃを…!」
そう、ふーわが言った時だった。
「え…!?」
彼女の袖から放たれた糸が、めーてぃを瞬時に絡めとる。そして、その身をカティアの方へと投げた。
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