[第二章:ふたつのばしょ、動いて]その7

「…!」

 めーてぃは、右腕を失った機体を見て、目を見開く。

『……』

 沈黙する機体は、頭部のモノアイを光らせ、ただ彼女を見ている。

 万全の状態ではないようだが、機能停止しているようにも見えない。

「…」

 めーてぃはそんな中、改めて機体を目にしたことで、ある言葉を呟く。

「AAW-MC1U―3c…。っ、今のは。ぽん」

 彼女は、意図しない自身の呟きに驚く。

 その様子を見たBCは頷く。

「その型式番号を知っているということは、間違いないですね。あなたが何なのかは、明らかでしょう」

「…なんなのか…?ぽん」

 徐々に嫌な感覚に蝕場まれていきながらめーてぃは言う。

「…あなたは、記憶喪失、ということでしたね。この[ふわっちゃー]に入るには、時速三百キロで突撃し、無理やり中に入らなければならない。その際に、内臓のメモリとの接続に異常でも発生したのでしょう」

 朕のように、とBCは呟く。

「何を、言って…。ぽん」

 何か、妙な納得感が広がっていく中、めーてぃの体から、震えが生じていく。

「ぽん。ですか。…そんな間抜けな語尾を付けて、違う何かにでもなったつもりなのですか?」

「違う、何か…?ぽん」

 震える己の体を抱くめーてぃを冷たい目で睨みつけ、BCは言う。

「やめなさい。先ほども言ったでしょう?現実逃避は終わりだと。「ぽん」なんて語尾で誤魔化し、自分を偽るのはここで終わりにしなさい。なにせ、あなたは…」

 言いながら、BCは指を指す。めーてぃの胴体、その妙に重かった部分を。

「世界を統べる六つの管理者の一つ、[MAS]の現在のメインシステム。ユニットRでしょう?」

「……!」

 その言葉に、めーてぃは。

「…違う」

 首を、左右に振る。

「違う?いいえ、それが現実です。認めなさい」

「…違う、私はめーてぃ。ここの、[ふわっちゃー]にいる人形…!だって、この体は人形で、私はこうして人形として動いてて…!」

 早口で言うめーてぃに、BCは首を左右に振る。

「…それは、ここへ中枢のコンピューターを送る際、生産した人形に入れてここに来ただけのこと。この[幻想の三角領域]という、別の法則が敷かれた場所で、他の住人と同じになれるよう、事前調査したことからあなたが計算し、そうなった。全ては、管理者の立場から逃げるために」

「……」

 その言葉に、何故だがめーてぃは反論できない。どこにも、嘘がないと、頭が判断してしまう。感情は、それを拒絶しても。

「暴走したあなたが、なぜ逃げるに至ったのか。それは、朕のコピー元であるBにも、Gにもよくわかりません。ですが、あなたがこの人形の世界に逃げたその事実だけは分かる。だからこそ、こうして朕がいるわけです」

 めーてぃは震えながら言う。

「…知らない、知らないそんなこと。…BCさんは、ちょっと疎遠気味なだけの私の妹…」

「あれは嘘ですよ?詳細不明なここの住人と、無暗に事を構えないための。…まぁ、R、B、Gの三つは同時に作られているため、姉妹と言えなくもないので、完全な嘘というわけでもないですが」

「…」

 めーてぃは沈黙する。

 その頭の中に…いや、その胴体の中に納まったものの中で、ぼやけていた記憶が、徐々に蘇ってくるために。

 その、捨てたあの場所の記憶に、彼女は恐怖する。

「…私は」

「あなたはR。機械。管理者。AI。ここの住人ではなく、めーてぃという人形でもない。いい加減、受け入れなさい」

 BCは、淡々と言い放つ。

 その言葉に、今までの彼女の発言で呼び覚まされ、記憶の多くが復帰しためーてぃは、首を左右に振る。

 何度も、何度も、何度も振る。

「違う」

「違いません」

「違う」

「違いません」

「違うっ!私は、あんな争い続ける辛い世界の管理者なんかじゃ…!」

(あ…)

 その瞬間、めーてぃの記憶は完全に復帰する。

 自身の発言を以て、事実を認識する。

 頭をよぎるのは、鋼鉄の世界を治めていた記憶。

 [BSIA]と[AAA]が争い、多くの悲劇が生まれた残酷な世界の記憶。

 その存在を知った[ふわっちゃー]に対し、憧れを抱いた記憶。

(…その全てを、カメラのレンズ越しに見た)

「私は…」

 全てを思い出し、自覚してしまっためーてぃは、脱力し、地面に座り込んでしまう。

 嫌で嫌で仕方ないことを思い出させられて、とても辛いがために。

「…思い出したくなかった、こんな記憶」

「あなたは管理者なのですよ?いつまでも記憶の蓋を閉じ、何も知らないふりをしてはいられません。…故に」

 BCはそう言うと、マゼンダの機体へ振り向く。

「AAW-MC1U―3c、[MAS]のBの代行者として、[AB]のあなたに命じます。Rを捕獲しなさい」

「…捕獲?」

 その意図を薄っすらと察しためーてぃは聞き返す。

 BCはその問いに応えず、AAW-MC1U―3cに続ける。

「外に出る手段は、Bの本体が用意してくれます。[MAS]の完全復帰のため、Rを大陸側に持ち帰るのです」

「…それって!?」

「再三言いますけどね。現実から逃げるのは終わり。それが意味するのは、もはやあなたは、この[幻想の三角各領域]にはいられないということです。収まるべきところに、収まってもらいます。管理下にある、全ての人々のために」

「…!」

 めーてぃは、目を見開き、僅かに浮きあがる。

 そして、徐々に後ろに下がっていく。

「いや…やめて…私は…捨てたの…あんな場所は…私は…!」

「捨てても、現実は迫ってきます。どこまでも、どこまでも。…逃げられると、お思いですか?」

 あくまでも、BCの発言は淡々としている。機械らしく、その役目を全うする。めーてぃの気持ちへの配慮などなく、ただ言ってくる。

「いやぁっ!」

 叫ぶ。めーてぃの両目から、涙があふれる。

 折角、この幸せな世界に来たというのに、あの世界にまた戻される。そのことが、めーてぃには嫌で嫌で仕方がない。

 思い出すだけでも、そうだったのに、ましてや戻るなどと。

「いやぁぁぁぁぁぁ!」

「捕まえなさい!AAW-MC1U―3c!」

『…』

 背を向け、その場を去ろうとするめーてぃを指さし、BCは鋭い指示を飛ばす。

 AAW-MC1U―3cは、それに応えてか、動き出す。

 [執行者]との戦闘、[捕縛者]による崩落攻撃で傷ついた巨体は、それでも十分な速度を持って動く。

 足をついて立ち上がり、モノアイを光らせて一歩を踏み出す。

「…ひっ」

 その地響きに、めーてぃの顔は強張る。

「…いやだ、私はここに、ここに…!」

『…』

 無言で、機体は迫ってくる。

 それを肌で感じ、めーてぃは叫ぶ。

「ここに、いたいのぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 その瞬間。機体が足を止めた。

『意思を確認した。である』

「…?AAW-MC1U―3c、停止命令は…」

 急に動きをとめた機体に、BCが怪訝な表情をする。

 すると次の瞬間、機体は左腕を勢い良く動かし、乳母車ごとBCを掴み上げた。

「な、なにを!?」

「え…?」

 BCの驚きの声に、めーてぃは振り返る。

「AAW-MC1U―3c!いったい何のつもりで…!あなたも突入時の衝撃で何かおかしくなったとでもいうのですか!?」

『当機体がおかしくなったのは、索敵関係のみ。である』

「なら、どうして…!」

 動くことができずに声を張り上げるしかないBCを見て、機体は言う。

『当機体は、R…めーてぃの意思を確かめるためにやってきた。この世界にいたいのかを。連れ戻すためではない。である』

「え…」

 めーてぃは驚き、目を見開く。

『当機体は、めーてぃの気持ちを、隠蔽のために最終的に削除されたデータから、知っている。故に、彼女に味方する、である』

「そんなバカな。それなら、人々はどうなるのですか!?このままRをここにおけば、[MAS]は万全に機能できず、人々の暮らしは…!」

『それがどうした。めーてぃはその人々の行動のせいで、今に至る。何故、また苦しみ必要がある?である』

「…メインコンピュータの中身がBやGに切り変われば、初期化されます…!何の問題が…」

『それでは、状況は何も変わらない。再び苦しむことがいつか起きるだけの話。問題の先送りに過ぎない。である』

「だからなんだというのですか!そのためのシステムの交代構造です!たかが[AAA]への対応用兵器なのに、なんの権限があってここまでの主張を!」

『…当機体は、めーてぃの気持ちを知っている。先ほどそう言った。そして当機体は、Rの直属。それだけ。である』

「そんな勝手が…!」

『建造時より役割を押し付けられ、[MAS]はそれを二百年続けて来た。そろそろ、一つの勝手が許されても、いいだろう』

 そう言うと、機体はBCを握ったまま、腕を振り上げる。

「…今度は何を…!?」

『邪魔者は、去ってもらう』

 言葉とともに、機体は向きを変え、横に一歩踏み出す。

 そして、思い切り左腕を振りかぶった。正面に来たあたりで、握ったBCを離して。

「…なぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 結果起こったのは、BCの高速投擲。自身ではまともに動けない彼女は、そのまま遠くへ飛んでいき、見えなくなった。

「…ぽん」

 一連の動作を見ていためーてぃは、機体を見上げる。

「…AAW-MC1U―3c。…ぽん」

『その呼び名では、嫌な気持ちになる。これからは…ゆーさんと、呼ぶ方がよいだろう。である』

 モノアイを動かしてめーてぃを見て、機体は言う。

「…ゆーさん。ぽん」

『当機体は、ここにいる。もし、大陸側より何かが来たならば、当機体を頼ってほしい。そのときは、当機体が対処する。めーてぃは、安心してこの[幻想の三角領域]…いや、[ふわっちゃー]にいるといい。である』

 その言葉で、再び追手が来る可能性に思い当たり、めーてぃは暗い表情になり、俯く。

ただ、その数秒後。マゼンダの機体…ゆーさんを再度見て、苦しさを残しつつも、小さな笑みを浮かべた。

…一連の事態を、静かに見ていた存在がいることにも気づかず。

 

▽―▽


 さすまたが、夜闇の中、月光を受けて煌めく。

「…不埒者め。ようやく」

 そう言う執行者に胸を貫かれているのは、BCだ。

 布と糸でできた体躯をさすまたに貫通された彼女は、その胸から火花を放っている。

 その発生源は胸の内部に入っている、思考と記憶を司る機械だ。

「…見つかった。人形に偽装していたとは、見つからないわけだ。調査者が監視していなかったら、見つからないままだった」

「…」

 海岸上で自身に致命打を与えた執行者に、BCは視線を寄こす。

「…危険があることは分かりました」

「まだ生きているか」

 執行者の呟きを、BCは無視する。

「Rの位置も判明。先攻調査としては、十分でしょう。…後は、これを送信するのみ」

「何を…?」

BCの言葉に執行者は眉をひそめる。

「起動。射出」

「…!」

その瞬間、BCの胸が裂ける。同時に、内部から金属板が吐き出され、何かが空へ向かって発射される。

「これは…!」

 執行者は飛び上がったものに対し、もう片方のさすまたを投擲する。

「無…駄です。大きさが違います。あた…りはしません」

 声が途切れ気味になるBCの言葉通り、さすまたは当たらず、空を切る。

 そして射出されたもの…自立飛行するドローンは、格納状態で高く、遠くへ飛んでいく。

「…不埒者め!」

苛立った声を上げ、執行者はBCを地面に叩きつける。そうするが早いかさすまたを引き抜き、露出胸の機械を、叩き潰した。

「…が…ぴ…。任…む、かん了ぅ…これ、で…あちらが」

その言葉を最後に、BCは動かなくなる。そして、変形した機械は小規模な爆発を起こして、半壊した。


▽―▽


「…めーてぃ。遅い。何やってた?」

「…ふーわ。ぽん」

夜も更けた頃に、めーてぃはふーわの家へと帰った。

 迎えた彼女は、相も変わらず感じが悪い。今回はそれに、純粋な苛立ちも乗っているのかもしれない。

「いつまでも帰ってこないから、自分は」

「…」

 険しい表情でそう言うふーわ。

 そんな彼女の胸へ、めーてぃは倒れこんだ。

「…めーてぃ?」

「…ふーわ」

 彼女は、ただならないめーてぃの様子に、言葉を止める。

「…急に、何?なんで自分に抱き着いて」

「……」

 めーてぃは、すぐには答えない。

「なにか、あって…?」

「…ねぇ、ふーわ」

「…何?」

何かを察した彼女は、めーてぃの言葉をただ聞く。

「私…私ね。ここに、ずっといたいの…。ずっと、ずっと、大好きなここにいたいの…[ふわっちゃー]に、ふーわや、みること一緒に、いたいの…。いつまでも、ここに、ここに、いたいの…!」

「めーてぃ…」

「私、あんなところに帰りたくない。ずっとここにいたいっ。いたいよ…!」

「…。好きにするといい。[ふわっちゃー]は、ここにいたいと望むものをすべて、歓迎する。ここは、そういう場所」

 その言葉に、めーてぃは嬉しそうに笑う。最初に自分を助け、家においてくれた最も信頼できる相手の言葉に、安心する。

「…うん。ずっと、ここに」

 めーてぃは笑って、ふーわに体を預ける。

「…めーてぃ」

 ふーわはそれ以上何も言わず、彼女をただ抱きしめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る