[第二章:ふたつのばしょ、動いて]その6
「ここなのですよ?」
「手紙に書いてあった地図通りに来てるはずだから、多分問題ない。ぽん」
「…遠くに公園は見えるのですよ。…でも、他に誰もお人形さんが見当たらないのですよ?」
ラッコから降りた二人は、草原にいた。前方、少し行ったところには小さめの山とそれを囲む小規模な森が見える。
左手には大き目の公園があり、ブランコや滑り台などの遊具を確認することができる。一方の右手には湖があり、ラッコはそこで休んでいた。
「大丈夫。待ってれば来てくれる!それまで楽しみに待っておこう?ぽん」
「…うん、分かったなのですよ」
能天気に言うめーてぃに、みるこは笑って返す。
そこで少しの間雑談をしていると、時間が午後一時を回る。
すると、ある人形が森の方から姿を現した。
「あ、誰か来たなのですよ」
「きっとあの人形が、誘ってくれた人だ!ぽん」
二人はそう言い、やってくる人形の方へ小走りで向かう。
「…」
なぜか木製の乳母車に乗った人形は、二人の姿を見止めると数秒沈黙する。
だが、二人が十分に近づいてきたところで笑ってこう言う。
「お越しいただき、ありがとうございます。めーてぃさん」
「…ん?なのですよ」
人形の姿を近くで見て、みるこは首を傾げる。
そんな彼女を余所に、めーてぃは乳母車の人形に近づいて言う。
「誘ってくれてありがとう!BCさん!ぽん」
「いえいえ。こちらの都合に合わせてきてくださって、こちらこそありがとうございます」
乳母車の人形…BCはそう言って頭を下げる。
それから、彼女は顔を上げ、めーてぃの隣のみるこを見て質問をしてくる。
「そちらの方は?」
「あ、こっちは友達のみるこ。せっかくだから一緒に遊ぼうって誘ったの。一緒に遊んでも、いいかな?ぽん」
少しだけ遠慮気味のめーてぃの言葉に、BCは笑って答える。
「いいですよ。面識のないこちらとの遊びに付き合ってくださるんです。それぐらいは、受け入れてしかるべきことですよ」
「わぁ、ありがとう!ぽん」
みるこを明るい気持ちにさせられると分かって嬉しくなり、めーてぃは笑って感謝する。
「それでは、さっそくあそこの公園で、夕刻まで遊びましょうか。降り切るまで一分かかるおっきな滑り台もありますし、あっちの湖は泳ぐと気持ちがいいですよ?」
「…なんと。すっごい楽しそう!面白そう!みるこ、行こう?ぽん」
テンションの上がっためーてぃは空中でくるくると回りながら言い、みるこの手を握る。
首を傾げていた彼女は急にそうされたことで少し驚く。
「え、あ、なのですよ?」
「あれ?聞いてなかった?ほら、遊びに行こうよ。ぽん」
めーてぃは言い直し、軽くみるこの手を引く。
そうされた彼女は、めーてぃの顔を見て言う。
「…あ、うん、行くのはいいなのですよ。ただ、一つだけBCさんに聞きたいことがあって、なのですよ」
「聞きたいごとですか?」
「何?ぽん」
不思議そうな顔をするめーてぃから、みるこはBCに目線を移す。
そして、彼女に向かって一つだけ、質問をした。
「どうして、めーてぃとそっくりなのですよ?」
「私と?ぽん」
みるこの言葉に、めーてぃは首を傾げる。
[ふわっちゃー]で目覚めてからこの方、彼女は自分の姿…特に顔を見たことがなかった。そのため、BCと自分が本当に似ているのかが分からないのである。
「みるこ、BCさんと私ってそんなに似てる?ぽん」
彼女の顔を見、自分を指さして言うめーてぃに、みるこは頷く。
「なのですよ。服が水色だったり、ちょっとだけ違うけれど、羽は四枚あるし、服の形はほぼ一緒だし、背丈も顔も似てるなのですよ」
「…確かに、めーてぃさんと、よく似ているでしょうね」
みるこの言葉に、笑顔のBCが答える。
「それも当然です」
「当然?ぽん」
「なのですよ?」
「どうして記憶喪失になったのかは存じ上げませんが、それはともかく。めーてぃさんは、朕の」
『ち、朕!?』
BCの言った珍しいにもほどがある一人称に、二人は目を丸くする。
「…あれ、どうして一人称が朕なのでしょう。…異常ですか。…まぁそれはともかく、めーてぃさんは…お姉さんなんです」
「…え?ぽん」
「そ、そうなのですよ!?」
BCの言葉に、二人は一人称のこと以上の驚きを露わにする。
「ええ。普段は別々に生きているので、あまり何度もあってはいませんけど。でも確かに姉妹関係はあり、今までたまに会っては遊んでいたのですよ」
「…なんと。私に家族がいたなんて。ぽん」
(……。いた、なんて…?)
めーてぃは、どこか違和感を覚える。断片的な記憶と、BCの言っている事。それは、嚙み合っていないような気がするのだ。
(…だって私は…)
しかし、すぐに彼女は、それに関する思考を止めた。
嫌なことを、思い出しかけたために。
「…記憶喪失になって、あるお人形さんのところにおいてもらっていると聞いたときは心配になりました。もしかしたら、記憶をなくして困っているかもしれない。なら、朕が会えば何かを思い出せるかも。そんな姉妹愛で、今回はお手紙を送ったのです」
「…なんて感動的なお話なのですよ。みるこ、涙がとめられないのですよ」
BCの長台詞に言葉通り感動したみるこは、目尻に感激の涙を数滴浮かべる。
「…な、なるほど。ぽん」
少々容量を得ない様子でめーてぃは頷く。
「…まぁ、そんなわけでめーてぃさん…いいえ、めーてぃお姉ちゃんをこうしてお呼びしたわけですね。疑問、解消されましたか?」
「うんうん。分かったなのですよ。いい話なのですよ」
「…。ぽん」
違和感だけを胸に抱いて、めーてぃは浮く。
「…それでは、遊びましょうか!日没までは、後五時間。たっぷり遊べますよ!」
「…なのですよ!」
みるこはめーてぃを見る。
「めーてぃ、みるこのために時間とってくれて、ありがとうなのですよ。お待たせなのです。遊ぼうなのです!」
「あ、うん…。うん、そう遊ぼう!楽しもう!ぽん」
頭を振って残る違和感を振り払い、めーてぃは公園の方へ、みること共に行く。
BCも乳母車を動かし、同じ方へ。
そうして三人は、日が暮れる時間まで遊び始める。
「どれだけ高くブランコを動かせるか、勝負なのですよ!」
「分かった!ぽん」
みるこの誘いでブランコ勝負をし、二人とも途中で空中に放り出され、落ちるみるこをめーてぃが救ったり。
「乳母車の重量と、滑り台の傾斜。重力と位置エネルギーの力で、凄まじい速度を実現します」
三人で乳母車に乗って滑り台を高速で滑り、気負いあまって池に飛び込んで沈み、ラッコに救出されたり。
「一なのですよ!」
「二!ぽん」
「三です」
三人でタワーを造り、どれぐらい維持できるかを試したり。
「みるこが一番なのですよ!」
誰が一番早く、十メートルの高さを誇るジャングルジムを上り切れるかや、吊り下げられた複数の、繋がった球体上の巨大ネットの中で鬼ごっこをやったりと。
様々なことをして、三人は楽しいときを過ごしていく。
そしてついに、日が暮れる時がやってきた。
「今日は楽しかったなのですよ」
「確かに。ぽん」
「ええ、そうですね」
みることめーてぃは笑って言い、BCは笑顔らしすぎる笑顔を浮かべて言う。
「…そろそろ、帰る時間なんだろう?」
そう言って、湖から上がり、水を振るい落としたラッコが地面を貼ってくる。
「うん。ぽん」
「俺の最高速度を出せば、一時間で帰ることができるぜ。さぁ、乗りな」
ラッコは前足で自分の背中を指して言う。
その言葉に頷き、みるこはその背へ乗る。
「BCさん、今日はありがとうなのですよ」
「私の我がままも聞いてくれて。遊びに誘ってくれて。ぽん」
「…我がまま」
その言葉に、BCは一瞬目を細める。
だが、すぐに表情を戻し、
「いえいえ。こちらこそ」
めーてぃとふーわに頭を下げる。
「また機会があったら、一緒に遊んでくださいね」
「分かったなのですよ」
「うん。ぽん」
二人は頷く。
「…めーてぃ、ほら、早く乗るのですよ」
「あ、分かった。ぽん」
みるこの言葉で、めーてぃはラッコの背に乗ろうとする。
だが、そこで待ったがかかった。
「めーてぃお姉ちゃん、ちょっと待ってください」
「うん?何?ぽん」
「一つ、話があるのです。姉妹として、ね?」
「姉妹として…。ぽん」
BCのその言葉に再びの違和感を覚えて、めーてぃは数秒沈黙する。
その隙に、BCはみるこの方を向く。
「みるこさんは先に帰ってもらって大丈夫ですよ。できれば、二人だけで話をさせてください。家族水入らずと言うことで」
「なるほどなのですよ。…めーてぃ、どうするなのですよ?」
「…まぁ、うん。いいよ。みるこは病院あるもんね。…ラッコさん、後で迎えに来てもらってもいい?ぽん」
「お安い御用だ。こっちのお人形さんを送ったら、今度はお前さんも、だ」
ラッコは笑って、軽快にそう返す。
「それじゃぁ、めーてぃ。お先に失礼するなのですよ」
その言葉と共にラッコは飛びあがり、みるこを乗せて飛び去って行った。
「…それで、BCさん。話って?」
「ちょっと、こちらに来てくれますか?」
「?分かった。ぽん」
BCは乳母車を動かし、森へ入っていく。
夕焼けの光で赤く照らされる森は、あまり明るくなく、夜が迫っていることを感じさせる。
「…もう、暗くなるのに何を…?ぽん」
「まぁまぁ」
以降何度かの同じ質問をBCははぐらかし、答えない。
それに、嫌な予感がしつつも、楽観的に捉えるようにすることで、めーてぃはその感覚を黙殺し続けた。
「…ねぇ。めーてぃお姉ちゃん」
ふと、BCが乳母車を止める。
場所は、森の奥、そびえたつ崖下に、大穴が開いた場所だ。
「何?ぽん」
「楽しかったですか?[ふわっちゃー]での時間は」
「…それは、うん。楽しかったけど。ぽん」
急に、[ふわっちゃー]の単語を出しての質問に、めーてぃは戸惑う。
「…それが、どうしたの?ぽん」
「最高でした?」
「…うん。三日だけだけど、ほとんど最高って、言っていいけど。ぽん」
(…どうして、こんなことを)
困惑するめーてぃは、背を向けるBCを見つめる。
自分とよく似た見た目をしている彼女を、その意図を測り兼ねる相手を。
そんなことをしていると、彼女は乳母車を動かし、ゆっくりと振り返る。
「…なら」
「…?ぽん」
徐々に、彼女の顔が見えてくる。
「…ならば」
日が完全に落ち、月が上る。
そして、新たな光が、彼女の顔を照らす。
「めーてぃ」
背後にマゼンダの機体を置き、機械のように冷たい表情で、BCは言う。
「現実逃避の時間は、終了です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます