[第二章:ふたつのばしょ、動いて]その5
「はぁ~。死ぬかと思いましたよぉ」
そう言いながら、[パンドラボックス]のパイロット、カティア・ヴァースは言う。
彼女は薄い赤を基調とし、ところどころに黒のラインがあるパイロットスーツを着用している。だが、その大半は黒く焼け焦げており、部分的に穴が開き、彼女の地肌が見えてしまっている。
被っているヘルメットも、前半分を覆っていたバイザーが損壊し、左下のみがひび割れて残っている状態だ。
そのような、衣装がひどい状態にありながら、カティア自身には軽いやけど以上の怪我はない。
「…私の生存力が低かったら危なかったです。…けど、機体中破しちゃったし、しばらくは戦闘できませんね。スーツもこんなだし、バイザーも割れちゃって、画面投影できなくて操作しづらいですし」
割れたバイザーに触れながら、彼女は白い廊下を歩いていく。
向かうのは、月当たりにある扉だ。
「…まぁ、やれることは頑張ってやりますけどぉ」
扉に辿り着いた彼女は、そこで三秒ほど待つ。すると、高めの音共に、扉が横にスライド中に入ることができるようになる。
そこへ入った彼女が目にするのは、机と長椅子がある小さめの部屋と、座る一人の男性だ。
「先輩、常棟先輩」
「帰ってきやがったか、カティア」
サングラスの男性、常棟は振り向き、彼女を見止めるとそう言う。
「はい、どうにか私は無事です。スーツと機体はボロボロですけど…」
「そうかよ。…これだから機械はダメだ。てめぇを無傷で返すこともできねぇ」
ため息をつきながら、常棟は言い、その言葉にカティアは感動する。
「先輩。私を心配してくれて…」
「何か悪いか?あぁ?」
「いえ、なにも悪くないですよぉ。グッドグッドです」
カティアは手を握って親指のみを立て、彼に見せながら振る。
「…こんど、スーツの新調か修理をしねぇとな」
常棟はそう言いながら、先ほどまで見ていた、空中に投影された画面を見る。
「…先輩、何見てるんです?」
「…ああ。例の人形の解析状況だ。おりゃこっちは専門外だが、一応目だけは通しておこうとな。曲がりなりにも、トップのジジイのすぐ下だからな」
「なるほど」
頷き、納得した様子のカティアは、常棟の隣に座り、画面を見る。
「ラザースルーさんは?」
「…人形に関してはジジイの領分だからな。あの野郎は今頃、人形のデータ解析をしてるんだろ」
「おっと、早いですね。私と同じくらいの時間に帰ってきたのに」
あまり驚いた様子は見せずにカティアは言う。
「ジジイは九十を超えた老人のくせしてなんでもやたら早いからな。…食事とか、ものによっては遅かったりするが」
「ですね。この前は画面と睨み続け過ぎて、一日食事を抜いちゃってましたし」
「…それだけ真剣ってこととも捉えられるがな。歳なんだから無理は聞かんだろうに」
常棟は言いながらため息をつく。
「…ですよねぇ。[MAS]が止まっちゃったから、病院施設も利用できないし」
「…機械っていうやつは、一つ必要なものが抜けるだけで、途端使い物にならなくなる。そこは俺たちが補ってやらないといけねぇんだから、厄介なもんだ」
「…ですよね。どんなに技術が進歩しても、機械はそんなものです」
カティアは軽く頷く。
「まぁ機械にしろ、私たちにしろ、自分以外の他になにかないと、何もできないですけどね。栄養とか、電力とか。または、好きなものとか、理想とか」
「…かもな。あらゆるものは、他のものあって成立するとこはあるかもしれん。完全単体で存在し、全てが自己完結し、外界に一切影響を与えないもんなど、ないかもな」
「…世界のあちこちにある、独立した世界のように見える[幻想領域]だって、その下地が他…ここにないと、成立してないですし」
そんなことをカティアが言っていると、画面を見ながら答えていた常棟が、眉をピクリと動かす。その後、彼女の方を見る。
「…で、その[幻想領域]の一つ、[幻想の三角領域]の人形の解析、ひと段落したようだな」
「お、そうなんですか?」
そう言い、カティアは画面を見る。
「…ああ、どうやら人形の構成が判明したらしいな。ここからは外側から操作をして、色々やってみるようだな」
「これで[幻想の三角領域]に行く道筋がつくと」
「だな。…ああ、多分だが、それがどうにかなったら、お前が動員されるかもしれん。今ここにいる[BSIA]の面子の中で、まともな戦闘要員、お前だけだしな」
「…そうですね。他のみんなは、[AAA]残党との戦闘で、バイバイですもんね」
少し寂しそうな顔をするカティア。
そんな彼女の肩を、常棟は軽く弾く。
「うわっ!?何をするんですか!?」
「あまりに暗くなるな。あいつらは頑張った。次は俺たちがその意思をついで頑張っていく番だ。せいぜい明るく振る舞って頑張っていけ」
そこで一呼吸置き、常棟は続ける。
「理想のために。…それが、奴らへの手向けになると考えでもすると、気が楽かもしれん」
「先輩…。はい、わかりました![MAS]復活のため、頑張ります!…そのために、まずはちゃんと休みますね!あと他色々!」
「ああ」
短く答える常棟に、カティアは嬉しそうに笑った。
…二人がそんなことをしている頃、ここにいる[BSIA]のトップ、ラザースルーは、ある部屋にいた。
広くとられた部屋の中央には、一柱の透明な物体が存在する。
その中には手足をもがれ、中から糸が覗いた人形、接続者が浮かんでいる。
柱の周囲には彼女の四肢を解析する装置が並んでいるが、それらは一旦、機能を停止している。
「…」
そんな部屋で、一人鉄製の椅子に座っているラザースルーは、接続者を見て鼻を鳴らす。
彼は今、長時間にわたった作業で疲れた体を一時的に休めるため、十分程度の休憩をとっている。
「…人形の世界、か。ふざけているのか?」
彼は、接続者の中に入っていた糸の解析結果を見ながら呟く。
また、同時にあるデータファイルも見ながら。
「…実に、くだらん」
彼は、吐き捨てる。
「…こんな、逃げよった連中によって、できた世界など。しかもそのために、[夢散現象]がこの大陸で起き…」
彼は接続者を睨みつける。
「…本当に、厄介なものだ」
そう言う彼の視界の端、投影された画面の一つには、ある部屋の画像が表示されている。
薄暗い、倉庫といえるそこには…大量の、不出来な人形が転がっていた。
▽ー▽
今日もまた、[MAS]は情報を整理する。
『[幻想領域]。原因と考えられるのは…』
管理者。
それが世界を統べるようになって少したってから、今の全ては始まった。
『故にそれは発動する。過去類を見ない段階の抑圧が、生活すら難しい時代でしか反応しなかった特殊物質を動かす』
[ユメつぶ]と、呼ばれるものを。
『以上、別管理者により判明した最新の情報の整理、終了』
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