[第二章:ふたつのばしょ、動いて]その4
「みるこ、大丈夫?ぽん」
「…めーてぃ、なのですよ…?」
驚き、振り向くみるこは、病院の一角にある自室にいた。
そこには大きな彼女専用のピンクの花で縁取られた小さめのベッドがあり、彼女はその上でブランケットを被って寝転がっている。
周囲には戸棚と、その上に花瓶。ベッド上の枕の横には、みるこが脱いだナースキャップが置かれている。
「…なんか、心配で。おみまい、来ちゃった。ぽん」
今しがた扉をノックし、入ってきためーてぃはそう言う。
「…みるこのために。なのですよ…」
先ほどまで震えていた彼女は、めーてぃの言葉に感動した様子を見せる。口元を押さえて目を潤ませ、その体の震えを弱まらせた。
「…?めーてぃ、それはなんなのですよ?」
みるこはめーてぃが手に持つ小さなバスケットを指さして言う。
「ああ、これ?ふーわに頼んで、一緒に作ってもらったの。クッキー。ぽん」
腕力の弱さ故、小さいバスケットを床に置き、めーてぃは蓋を開ける。その中から取り出されるのは、彼女の言葉通りクッキーだ。
少々小ぶりなそれが、包み紙の中から出てくる。
「…めーてぃ」
「これ食べて元気出して。ぽん」
彼女はそう言って、計二個のクッキーを、笑ってみるこに差し出す。
「…ありがとう、うれしい…なのですよ」
みるこは起き上がってそう言い、浮いためーてぃからクッキーを一つ受け取る。
「?もう一個はいいの?ぽん」
「それはめーてぃが食べるといいのですよ。めーてぃたちがつくったから、こういうのは変なのですけど…お礼代わりに、なのですよ」
「そう。分かった。ぽん」
めーてぃは頷く。
「…せっかくなら、一緒に食べるのですよ」
「うん。ぽん」
ブランケットを避け、めーてぃから見て左側にスペースを作ったみるこ。
その手招きに従い、めーてぃはベッドに腰かける。
そうして二人は並びあい、同時にクッキーを口の前に持ってくる。
「せーので食べるのですよ」
「分かった。ぽん」
「せーのなのですよ…」
みるこの言葉とともに二人は口を開け、手の中のクッキーをその中へ。
『はむっ』
同時に口内へと入った二つのクッキーは、軽い咀嚼音と共に、二人の口の中で爽やかな甘みを解放する。
「おいしいなのですよ!」
「確かに。ぽん」
お互いに感想を言いあってから、二人は残ったクッキーをかみ砕ききった後、ゆっくりと飲み込む。その味の余韻を、感じられるように。
「…ふーわが半分以上やったんだよね、これ。…ってことは、ふーわはお菓子作りもうまいんだ。ぽん」
「多分、めーてぃの気持ちが入ってるからよりおいしく感じるのですよ」
「そう?私はただ、友達に元気になってもらいたかっただけ、なんだけど。ぽん」
「十分なのですよ。それで」
みるこは笑って言う。
「…元気に、なってくれた?ぽん」
「…はい。なんとかなのですよ」
みるこは昨日のことを思い出し、少し陰りのある表情を見せる。
「…あのとき、みるこ、凄く怖くなって。嫌な気持ちになって。忘れたものを思い出しちゃって。もうこのまま、ずっとベッドで震えるしかないと思ったのですよ」
「…みるこ。私も、ちょっと…あれは、嫌だった。ぽん」
めーてぃはみるこの顔を見て、少しだけ頷く。
「記憶ない私には分からないけど。でも…あれは。ぽん」
「…みるこたちには、いらないものですよ。関わりたくない、物なのですよ」
「そう?……でも、私もそうかも。あれは…捨てたもののような気がする。ぽん」
めーてぃは遠い目をして呟く。
(…ぼやけた記憶の中に見えるのは…)
だが、思い浮かべてしまった記憶の断片を、頭をすぐに振って消す。
「…[MAS]。みるこが嫌った、あの世界の…」
「…あの世界?ぽん」
まるで、[ふわっちゃー]とは別の場所があるかのような発言に、めーてぃは首を傾げる。
(…あの)
鋼鉄の世界。
そんなことを考えそうになったところで、タイミング良くみるこの言葉が来る。
「ああ!気にしないでなのですよ!うっかり言っちゃったけど、これ以上は深めない方がいい話題なのですよ。…めーてぃにとっても、きっとそうなのですよ」
思わず漏らした呟きに、みるこは慌ててそう言う。
それを受けためーてぃは、特に追及はしない。
「うん。分かった。ぽん」
「…まぁだから、それに囚われて暗くなってたみるこを、めーてぃはちゃんと元気づけてくれたなのですよ」
みるこは言って、めーてぃの手を取る。
「だから、ありがとうなのですよ」
「そんな。どういたしまして。ぽん」
めーてぃは、顔を赤くし、照れながら。
(初めて、こんなことして、感謝された気がする…)
またしてもの初めてに、めーてぃの胸は温かくなる。熱を帯びていく。
「…でも今日一日は、あんまり看護のお仕事、できないかもなのですよ。明日から復帰なのですよ」
軽いため息をついて、みる子は言う。どうやら、ある程度は元気になったようだが、まだ彼女は心を完全には切り替えられてはいないらしい。
その様子を見ためーてぃは、今朝のことを思い出し、思う。
(それなら…)
「みるこ。ぽん」
「?なになのですよ?」
みるこはため息の時に思わず下げていた顔を上げ、めーてぃを見る。
「…実は、今朝。私宛にお手紙で、遊びの誘いがあって。ぽん」
「お手紙で?遊びの誘い?なのですよ?」
不思議そうな顔で言うみるこに、めーてぃは頷く。
「そう。ここから三時間ぐらいのところに草原があって、そこでやるの。午後一時に。よかったらみるこも来ない?ぽん」
「いい、なのですよ?」
「大丈夫。その場で言ったら多分、許可してくれる。ぽん」
「…それもそうなのです。[ふわっちゃー]の住人は優しいなのですよ」
「決まり。そこで、一緒に遊ぼ?そしたら、心も完全に明るくなると思う!ぽん」
「なのですよ、なのですよ、治療なのですよ!」
二人は笑顔で頷きあい、ベッドから降りる。
「…でも、ここから三時間って間に合わないような気がする、なのですよ」
ふと気づいた様子で、みるこは言う。
彼女は、壁に掛けられた木製の時計を見て言う。
「今、午前十時半なのですよ。走りでもしていくのですよ?めーてぃは飛べるけど…そんなに速度出る?なのですよ?」
その言葉に、めーてぃは言外に安心してというように、笑って首を横に振る。
「ううん。実は、ふーわが用意してくれてて。ぽん」
「ふーわが?何をなのですよ?」
「あれを。ぽん」
めーてぃは、部屋に一つだけある大きな窓のそばに飛んでいき、そこから外のある物を指さす。
「あれは…なのですよ」
「うん。超高速で空飛ぶラッコ!ぽん」
めーてぃの言葉通り、窓の外には白翼の生えた、ラッコの人形が浮いている。
両手にフェルトでできた貝を持つ彼は、頭を動かして二人を手招きする。
「…面白い交通手段なのですよ。折角なら、ここから乗っちゃうのですよ」
そう言って、みるこは窓を内側に開ける。
「いいね。ぽん」
めーてぃはそう言い、みること手をつないで、空飛ぶラッコの背へ。
「それじゃぁ、お願いします。ぽん」
「あいよ。いっくぜぇぇぇぇぇぇ!!」
ラッコは軽い感じで答え、翼を伸ばし、発光させる。
すると、羽の隙間から細かな光の粒子が出、同時にその体が進みだす。
「みるこ、楽しもう、ぽん!」
「うんなのですよ!」
「発進だぁぁぁぁぁ!!」
その言葉とともに、一気に速度があがり、二人は空を突き進んでいった。
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