[第二章:ふたつのばしょ、動いて]その3

「…なんだというのですか…!」

 金色の縁取りがなされた、白の貫頭衣姿の彼女は、走っていた。

 その全機能を停止した鋼鉄の町の中央通りを。

「…あんなものに、追いかけられるなんて…!」

 迫りくるのは、十メートルほどの全高を持ち、四つの脚を絶えず動かし、高速で地面を移動する兵器だ。

 分類名を、[ABB](アンチブレイカーボーディング)という。周囲に転がっている残骸の大半は、それとは違う[AAM](アンチアドミニストレータモービル)というもの。ちなみにその原型は同じ、[AB](アンチブレカー)という無人兵器となる。

 …それはともかく[ABB]の一機であるその機体、[パンドラボックス]が、人形の彼女を追いかけてきているのである。

「…っ」

 貫頭衣の彼女は、自身を捕獲しようと現れた機体を見る。

 せわしなく動く四脚は横から見ればNを描く形をし、その右端を流線型の装甲で覆い、つま先は接地面積が大きい二等辺三角形をしている。

 そんな脚部の上に載っているのは、流れ星を想起させるような後ろに伸びた形をした胴体と、その左右の、肩に多数の箱状の物体がつけられた腕部だ。箱には表面に違う文字が刻まれており、違う役割を持っているらしいことが分かる。腕そのものは細く、先端に三つ指の腕部が確認できる。

 そして頭部は、右に三つ目、左に複眼のような細いセンサーを備えた、横に長い皿型ものだ。

 そんな、どこか不気味な雰囲気を持つ、紫の機体の肩についた箱の一つが口を開ける。

「…なにが…!」

『網を出すだけですよぉ。それだけですよぉ!』

 [パンドラボックス]の中から、発生器を通して少女の声が聞こえる。

 と同時に、開いた箱から棒状の何かが射出される。

 瞬間、宙へと姿を現した棒は一気に広がり、捕獲用の網へと変わる。

「…!」

 走って回避しきれないと思った人形は、あえてその場で転倒する。

 体の軽さを活かして衝撃の発生を抑えて転がる彼女の頭上を、慣性によって前へ進んでいた網が飛び越える。次の瞬間、網は関係のない[AAM]の残骸にかかる。

『外しちゃいましたぁ!なんてこです!』

「今のうちに…!」

 軽い故、転倒のダメージがほぼなかった人形は素早く起き上がり、近くにあった路地裏へ転がり込む。

『厄介なところにいってくれましたねぇ!ですが逃がしませんよぉ!』

 慌てて路地を走り出す人形を狙い、頭部のサーチライトを光らせ、機体は右腕の先端を射出する。

 機体の横幅の関係から、中には入れないためだ。

「…くうっ!」

 人形は再び転倒し、軌道の制御が効きづらかった三つ指の手を交わす。

『おしいっ!』

「…今の内に…!」

 伸びる限界に来たために進まなくなった右手から逃げ、人形は路地を疾走する。

 対して機体は手を素早く戻し、路地を構成する建物二つへ前足二つをかける。

『これも[MAS]の管理を復帰させ、安全な世界にするため!先輩の言いつけ通り、必ず捕まえて見せます!』

 言うが早いか、機体は後ろ脚に力をかけて地面から浮いた後、前側にも力をかけ、真上へと跳躍する。

 五秒もしないうちに、轟音と共に建物の屋上へ着地した機体はカメラをズーム。走る人形を捉えるが早いか、自身も走り出す。

「…っ!」

 それを音で察知した人形はさらに細い路地へと身を投じていく。

『さらに厄介なところに!でも、やってみせます!』

「…接続者を捕まえて、なにをするつもりだというのですか…!」

 疲れている様子こそないが、焦りを感じさせる声で呟き、人形は突き当たったT字路を右折する。すると、その先に会ったのは。

「…行き止まり!?」

 厳密には、まだ道は続いている。だが、途中から広くなるそこには、[AAM]の残骸が一つあって塞いでおり、すぐには通る事ができない。

 人形の身長は低いものの、壁と機体の間にある隙間はそれより小さく、ガトリングガンの右腕を掲げた機体残骸の高さも九メートルほどあるために、止まらざるを得ない。

『追い詰めましたよぉ!』

 その声にはっとした人形が頭上を見上げると、[パンドラボックス]が建物の隙間から、彼女を狙っている。

 お互いの高度差は二十メートルほど。

 まだ逃げれなくもないと思った人形は道を戻ろうとするが、

『行かせませんよぉ!』

 言葉と共に機体につけられた箱のいくつかが分離。T字路に至るまでの道を封鎖してしまう。

「…どうすれば…!」

 そう人形が呟く中、[パンドラボックス]は左腕に、肩から取り出した狙撃用のライフルを素早く保持し、向けてくる。

『逃げないでくださいね。あなたは[幻想の三角領域]に至るのに、必要らしいんですから』

「…」

 頭上の機体を睨みつけながら言う人形の耳に、いくらかの車両の走行音が聞こえてくる。

「これは…!」

『私が捕まえられれば問題なかったんですけど、こうなったので待機してた皆さんに来てもらいました。五分と待たずにあなたは捕まりますよ!』

「…捕まえたところで、[ふわっちゃー]に行くのは…」

『できますよ。ユメつぶ?っていうのを観測するのはできるらしいんで、あなたを通してその流れを見て取れるとか』

「…。どうして、そんなことを…!」

『だから必要なんですって。万全ではない[MAS]を元に戻して、管理を元に戻すためには』

「…そんなこと、[ふわっちゃー]は関係なんてない…!」

『それが[MAS]によると関係があるとこのことでですね』

「…?」

『まぁ、そこまで私も詳しく知っているわけではありませんけどね』

 機体越しの声に、接続者が眉を潜めていると、残骸の向こうで車が何台か止まる音が聞こえる。

『来ましたね。これで任務完了です』

「…」

 ほっとした様子で言う搭乗者に対し、人形は沈黙する。

 その後方で複数の足音が聞こえる中、彼女は呟く。

「…[ふわっちゃー]はここを捨てた。だから、関わられるのはまっぴらだということを、お伝えしておきましょう!」

『何を』

 瞬間、何かが光を発する。それは、いつのまにか人形から残骸の右腕に伸びた、糸だ。

 それは、人形の命令を伝達し、残骸を稼働させる。

『…!』

 動く。ガトリングガンの砲身が、回り出す。残った弾を、一気に吐き出し始める。

『真下っ、回避が、間に合わない…!』

 驚きにみちた少女の声が響く中、短時間ながら受けた銃弾の雨によって、[パンドラボックス]の脚部が損傷。一気に爆発へと繋がる。

『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

 コックピット内部の画面か、彼女が着用していたのだろうヘルメットのバイザーあたりが破砕される甲高い音と共に、音声が途切れる。そして、中破した機体は煙を噴き上げ、沈黙した。

「…今のうちに…!」

 糸を残骸に出したことで一時的に動きが鈍くなっていた人形は糸を戻す。

ついで、爆発によって分離し、落ちてくる機体の破片を見て、押し潰されないように走り出す。

 前にあるのは、落とされた機体の箱だ。それらは落とし方が乱雑であったために、汚く積みあがっている。

「…よく見れば、通れる隙間が…!」

 人形は、十秒ほど時間をかければ、どうにか通れそうな場所を見つける。彼女はすぐに動き、背後に大きな落下音と、叫び声を感じながら、隙間を通過。そのままT字の逆側、曲がる前の地点から見て左へと走り出す。

「…就寝者に、このことを…!」

 [ふわっちゃー]へと戻ることができる、ここから一キロほどにある海岸線へ、なんとしても辿り着こうと。

 …だが。

「…困るのだがな」

「…え?」

 片足が、感覚を失う。それも、今起きたことを見れば当然だろう。

「…左足が」

「切った、それだけだ」

 投擲されたアサルトナイフが、貫頭衣を貫通し、人形の胴体と足を繋ぐ、糸を切ったのだ。

 一度に全て切りきれたわけではない。だが、骨格を持たない人形には、それだけで十分だ。

 足の縫い目が半分と少しなくなるだけで足はあらぬ方へ曲がり、そのままちぎれてしまう。

 同時に、バランスを崩した人形は、地面へと。

 今度は自分の意思とは関係なしに、転がされてしまう。

「…くぅ」

 起き上がろうとする人形の前に、一人の老人が姿を現す。

 ネクタイをし、白の上着を羽織った彼は、人形の四肢を全て素早く切断。

 綿入りの手足を分離され、動きを封じる。

「…お前は必要だ。我が理想のために」

 彼は鋭い視線でもって人形を見下ろしながら、そう言った。


▽ー▽


『現在、世界は特殊な形態にある』

 静寂の中、[MAS]は情報を整理する。

『六つの管理者の統べる地が同様の状態に置かれている』

 確認していく。

『…世界には今、多数の特殊領域がある』

 [MAS]は世界地図を表示する。

 直後、海を間に挟む様々な陸地の上に、幾つも点が表示される。

『独自の法則を持ったそれらは、各管理者の管理領域内に存在する』

 [幻想領域]。[MAS]はそれらの特殊な領域を共通の呼称で呼ぶ。

『以上、最新情報整理作業、終了』

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