[第二章:ふたつのばしょ、動いて]その1
そこには、沈黙があった。
散布された有毒物質が空を覆い、太陽の光は僅かにしか届かない。
ほんの少しの光に照らされて佇むのは鋼鉄の建造物群。
鈍色の光を弱弱しく反射するそれらは、その全ての機能を停止した状態で、どこまでも広がっている。
そして、規則正しく配置されたそれらの隙間や屋上、それらに挟まれた道路には、あるものが転がっている。
…兵器だ。二脚、四脚の鋼鉄の巨体が、もはや火を上げることもなく、ただの鉄塊となってそこにある。
周囲には焼け焦げた地面や、飛散した残骸が転がっている。
戦場跡。そうとしか言いようのない光景が、そこには…いや、この星の陸地のどこにでも存在している。
各地に存在する二つの勢力が、各地のある一つのものを理由として争い続けているがゆえに。
『……』
その光景を、破損していない監視カメラの一機が、画面に映し出している。その画面があるのは、広がる戦場跡のうちもっとも残骸が多い…つまりは最も戦火が広がっていた場所だ。
見えるのは、空高くそびえ立つ、四方の計四つの防御装置に囲まれた機械の塔。
純白の外壁によって構成される、その所々には、普段は発光しているのであろうラインがある。
だが、今のそれは光を一切発していない。少なくとも、万全に機能しているようには見えない状態だ。
…そんな塔の最上部に、カメラの映像が映される画面があり、それを持った部屋があった。
『…今回は、[AAA]の残党の掃討、ありがとうございました。[BSIA]の皆さん』
「…はんっ。当然のことだ。てめぇは機械だが、俺たちには必要だからな」
立方体の部屋の内装は白だ。そんな漂白されたようなどこか薄気味悪さも感じる場所に、椅子二つと長い机が用意されている。
「…[AAA]の連中なんぞに壊されてたまるか」
そう言うのは、サングラスをかけ、装甲服で体を覆った男だ。
よく見れば両腕の先は生身ではなく、機械の手に置き換えられている。
『そうですね。困ります。そうなれば、全ての市民の安定した生活を損ねることになってしまいます。ただでさえ、今もよい状態とは言えないのに』
男に話しかけるのは、空中に投影された画面に映る、[MAS]の三角のロゴだ。
それが細かく発光しながら、機械音声をスピーカーから発しているのである。
「…メインで稼働していたRが、か…。てめぇ、そんなことが起きるんだぁ?」
『…本来は、三ユニットの内の、その時メインで動いているシステムが規定範囲を逸脱する行動を始めた場合、即座にサブがハッキング、暴走システムを破壊したのち、行ったシステムが次のメインを担う。そういう構造になっていました。ですが、Rは今回巧妙に暴走を隠蔽。ハッキング対策すらも行っていました。その結果、対応が遅れ…』
「逃げられた、ってか。…ったくなんのためのカバーシステムなんだか」
男はため息をつき、横に座る老人に声をかける。
「おいジジイ。一応指導者だから聞いておくがな。俺たちちゃこれからどうする?この地域の[AAA]は全て排除した。だが、[MAS]がこれじゃ、管理はできないぞ?全ては壊れたままだ」
『そうですね。サブ状態のGやBも、本来はこの大陸を管理するだけの能力を持ちますが、サブで使用するものでは処理能力が足りません。器をメインのものへ移し替えなければ』
「…だとよ。どうする?」
「…」
男の言葉を受けた老いた男は、ゆっくりと立ち上がる。
「…選択は一つ。それしかあるまい」
『というと?』
「Rを回収するほかあるまい。どこに消えたのかは不明だがな」
「…そうか。まぁ、それしかねぇもんな」
愚問だったかと呟き、サングラスの男は言う。
『なんと。やってくれるのですか?』
「ああ?そりゃそうだろ。そうしなきゃ、俺たちの望み通りにならん」
男は画面上のロゴを見て、粗い口調で言う。
『そうですね。あなたたちは、管理賛成派の[BSIA]なのですから』
[MAS]はそう言ったのち、空中に追加の画面を幾つか表示させる。
[MAS]はそのうち一つを、二人の前に持ってくる。
『では手始めに。これを捕まえてもらいましょう』
「なんだぁ?こいつは」
画面に映ったものを見て、サングラスの男は眉を顰める。
『…現在、世界に発生している事態の一つ。それにつながる、存在です』
言葉と共に、[MAS]のロゴが画面上で点滅する。
そこに映っていたのは、貫頭衣に身を包んだ、身長一メートルほどの。
「人形だと、いうのか…?」
▽ー▽
夜。
『……。である』
マゼンダの機体は、とある森の奥で座していた。
執行者と戦った後、彼は右腕を犠牲にどうにか爆散を免れ、ここへと身を隠していたのである。
『R。当機体は探さなければならない。それは、必要なこと。である』
彼は、自身の記憶域に持つ情報を参照し、そう呟く。
己のやるべきことを再確認する。
『…しかし、侵入の衝撃で一部が機能不全の上、さらに損傷を発生。このままでは、捜索に支障が出る。である』
さらには、執行者のこともある。
その正体は不明であるが、彼への敵意の高さから判断するに、迂闊に動き、破壊を免れたことが知られた場合、再び襲い掛かってくる恐れがある。
彼女のことが分からない以上、どのようなルートで情報を入手してくるかもわからない。
全ては可能性の話だが、しかし確実にゼロではない可能性の話だ。彼側でこの世界と住人に関する、握っている情報も少ない以上、軽はずみな行動はできない。
だが、このまま座して待っていても、探している向こうから来てくれるわけではない。故に、行動は必要なのであるが、やはりどうしようもない。
『子機でも用意してくるべきだったか。だが、[MAS]の機能不全の都合、生産はできなかった。現状が、最善だった。である』
そう言いながらも手詰まりに近い状況に置かれていることは違いないため、彼は打開策を考えるため、思考にふけろうとする。
…そんなときだった。
「AAW-MC1U―3c」
『む?である』
誰かが、彼の型式番号を呼んだ。
それに反応し、彼は頭部を動かして周囲を探る。
『…当機体の型番を知っている。何者?である』
彼のその言葉に応え、誰かが木々の影から現れる。
『人形?である』
「はい。確かに見た目は」
現れた青の人形は、機体を見上げて言う。
『見た目は?である』
「はい。中身は、違います。そう…」
人形は、機体に向かって、自身のことを話す。
『…そういうこと。である』
「ご理解いたただけましたか?」
『した。だが、何の用?である』
「おや、分かっているでしょう?お互いの目的は…あれを」
笑って、人形は最後まで言い、機体は沈黙を返す。
「協力、了承してくれますか?」
『…そちらが連れてくるというのなら。当機体は頷こう。である』
彼のその言葉に、人形は満足げに頷く。
「…なら、こちらはさっそく準備に入らせていただきます。そちらはここで、お待ちください」
『…了解。である』
妙な沈黙の後、機体はモノアイを光らせる。
それを確認した人形は、来た方へ戻ろうと足を動かす。
…と。
「…ぐっ」
思い切り転倒した。
『…。派手な転び方。である』
なぜかうつ伏せで地面に叩きつけられた人形を見て、機体は言う。
それに反応し、人形は体を頑張って起こしながら呟く。
「…バランスが、悪すぎます。不良品を使ったのが不味かったのでしょうか。…それとも突入時の衝撃で、中身が不具合を…」
言いながら起き上がった彼女は息を吐く。
それから機体に向かって、それでは、と言い、再び進もうとしたところで、再び転んだ。
『である…』
「…す、すぐにこの問題を解決するものを用意せねば…!」
その後も幾度となく転び続けた人形は、硬くそう決意した。
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