[第一章:どーるわーるど、出会い]その6


昼下がり。先刻購入した玉ねぎと人参のかき揚げとともに、こしのあるうどんを食べためーてぃは、ふーわに話していた。

「…穴の調査?」

「うん。みるこが、あそこで落ちちゃった人形がまだいるから助けに行く。治療なのですよ。っていうから。ぽん」

「あっそう。それに行きたいと?」

「うん。折角なら一緒に来る?ぽん」

「お前が行くのは好きにしたら?自分は調べに行くから勝手にやってて」

「わざわざ配慮しなくていいってことだね?分かった!ぽん」

 めーてぃはその後、シオンとともにふーわの家を再度出る。

 向かうのは、他の協力者も引き連れて穴の近くにいる、みるこのところだ。

「面白そう!ぽん」

 動機は興味本位。そちらに気が向いた、それだけの理由だ。

 彼女はわくわくしながら街を飛び、先ほど行った商店街の近くにやってくる。

「…なんか、穴が小さい気が…。ぽん」

 たどり着いためーてぃが見たのは、直径五メートルほど穴と、その周囲にいる十人ほどの人形たちだ。

 彼らが見ている穴は、十メートルの巨体が高速で落下することでできた割には、妙に小さい。周囲にも被害は広がっておらず、微細な破片が転がっているのみだ。とても昨日のようなことがあったとは思えない。

「…もっと広範囲が崩れてたような気も。ぽん」

 まるで誰かに片づけられ、修理されたように小綺麗な路地前の光景に、めーてぃは困惑する。

 それに、彼女が来たことに気づいたみるこが出てきて言う。

「どうやら、もう結構治ってきてるみたい。なのですよ」

「?どういうこと?ぽん」

 意味が良く分からず首を傾げるめーてぃに、傍らのシオンが説明する。

「…[ふわっちゃー]の地面は、勝手に治る。だから、落ちた人形がいたら、早めに回収しないと生き埋めになる」

「…なるほど、そういうこと。…不思議なところ。ぽん」

 めーてぃが合点が言った様子で、ぽんと手を叩く。

「…そういうわけで、早く行かなきゃいかなくて。なのですよ」

 みるこはそう言い、周囲の者たちに指示を出し始める。

 めーてぃを除いた九人が動き出す。一人は、回収した人形を乗せる担架の用意。一人は、回収班を下ろすためのロープの用意。一人は命綱を固定するための石製の器具の用意。また一人は応急処置用の道具の用意をもう一人と行う。他の者たちも穴深くに落ちた人形の回収のため、各々の役割を行っていく。

 そして、それが終わったところで、みることめーてぃは進み出る。

 彼女らの役割は、人形の回収。そのため、前者は命綱を。後者は飛べるためにそれは付けず、暗い内部を照らすため、松明を渡される。

 どう見ても、木の棒にフェルトで作られた火のような縫物が付いているだけのものを。

「…これ、使える?ぽん」

「何を言っているのですか?合言葉を言えば使えるでしょうに」

「合言葉って?ぽん」

「燃えよ燃えよ、あっちこっちあっちっちっちぃ」

「…か、変わった合言葉。ぽん」

「…そうかも」

 呆気にとられるめーてぃに、シオンが頷いた。

「…それじゃぁ、これから救出に。めーてぃ、お願い、なのです」

「うん、わかったよ。ぽん」

「お気をつけて」

「…頑張って」

 小さいゆえに役に立てないシオンや、その他の人形たちに見送られて、めーてぃとみるこは穴へと潜る。前者は合言葉で灯した松明を両手に持ち、後者は上からロープをたらされてゆっくりと、だ。

(しっかりやって、楽しもう)

 めーてぃはわくわくした気持ちで降下していく。

(おお、松明してる)

 めーてぃは、火のように熱と光を帯びったフェルトと木の松明を不思議そうに見る。

 その後、傍らのみるこに、

「何人のいるの?ぽん」

 と聞く。

「全部で三人。ここから五十メートルくらい深く。…早く、治療なのですよ」

 命綱と体が垂直になるように吊られているみるこは安定性の都合、首は動かさず目だけ左に動かし、質問に答える。

「結構深いところに。ぽん」

「ちなみにめーてぃは三十メートルぐらい。治療なのですよ」

「ってことは、昨日ふーわがそこまで?ぽん」

「その通り。そこから、治療なのですよ」

「へぇ。ぽん」

 二人は、そんな風に雑談をしながら下へ降りていく。

「…けれど、その落ちてきた大きなものって一体、なのですよ」

「…なんだろう。ぽん」

 二十メートルをゆっくりと過ぎていくあたりで、二人の会話内容はこの穴を作り出したものについてに移り変わる。

「マゼンダの大きな何か。とかなのですよ」

「実は私、それ見てる。ぽん」

「…そうなのですよ?」

「うん。…なんか、変なのだった。ぽん」

 その言葉に、みるこは小首をかしげる。

「…固そうで、大きくて。…なんか嫌な感じ。ぽん」

「…そもそも、[ふわっちゃー]でそんなものが落ちてくるなんて、聞いたことがないような…。なのですよ」

「そうなの?ぽん」

「みるこは少なくとも聞いたことないのです。なのですよ」

「…本当、なんなんだろ。ぽん」

 そう呟いたあたりで、不快感が再度生じ始めてくる。そのため、めーてぃは話題を変えようとしたのだが、ちょうどそこでみるこが言う。

「あ、いたのです!なのですよ!」

 彼女が指をさした下の方には、しっぽの生えた人形が一人、土に埋もれた状態で寝ていた。

 松明を近づけ、それを確認しためーてぃは、みるこに分かりやすいように人形を照らす。

 彼女はそれによってより正確に位置を把握。人形を掴んだのち、めーてぃが綱を引くことで引き上げるよう伝達し、上へと上がっていく。

「後二人。ぽん」

 それから、二人は作業を続けていく。

「この人、お尻だけ出てる!ぽん」

「松明はみるこが持ってるのですよ。助けて治療なのですよ」

 みるこの言葉で松明を預けためーてぃは人形を引っ張るだが、なかなか抜けず、二人で一緒に抜くことになる。

「今なのですよ上へ!治療なのですよ!」

 回収対象の人形の足をめーてぃが、その胴をみるこが、彼女の体を上への人形が、思い切り引っ張る。

「なかなかいかないっ、ぽん」

「頑張って、治療なのですよ!」

「ふにー!ぽん」

「ぬぐー!!治療なのですよ!」

「頑張るぅぅぅぅぽん」

「なのですよっ!」

 最終的にどうにか人形を抜くことに成功。腕力の足りないめーてぃはみるこに渡した後、最後の人形を捜索へ。

「…壁と一体化してる!ぽん」

「…掘り起こしにかかるなのですよ!治療なのですよ!」

『うがー!』

 声を上げながら、二人は一生懸命に壁を手で掘削。最終的に壁に飲まれかけていた人形の回収に成功する。

 そして、最後の人形を抱えたみること共に、仕事を終えためーてぃは開口部へと上がっていく。

「順当に言って良かった。ぽん」

「そうなのです。すぐに治療なのですよ」

「そういえば、治療ってなにを?」

 めーてぃは、病院でみるこが人形たちに対し、何をしていたのかを聞く。

 どうも人形というのは、血などは流さないと聞いていたため。

「解れ直しとか。なにかあったとき、体の糸が切れちゃったり、布が破れたりする事があるのですよ。それを補修するのが、治療なのですよ」

「じゃぁ、みるこってお裁縫できるんだ。ぽん」

「できるのですよ。おちゃのこさいさい。裁縫だけに、それで治療なのですよ」

「へぇ、凄いね!ぽん」

「えへへ。なのですよ」

 笑って話しながら、二人は楽しく上がっていく。

 友達と共に、一つのことをやった達成感を得て。

「……みるこは、お昼ご飯何を食べた?ぽん」

「みるこは病院のみんなと一緒にスコーンを食べたのですよ。おいしくて心と体に治療なのですよ」

「へぇ。スコーン。私も、食べてみたい…。ぽん」

 笑いあい、そんな他愛のない会話をしながら二人は開口部へと近づいていく。

 そこまでは、ただ楽しい時間だった。

 めーてぃの肩に、あるものが当たるまでは。

「…ん?何?ぽん」

 開口部までの距離が十メートルを切ったところで、めーてぃは左肩に何かがあったのに気づく。

「治療なのですよ?」

「なんだろ。ぽん」

 言って、めーてぃは、左側の壁を見る。修復する性質故か、少し流動しているように見えるそこは、よく見れば周囲と比べ、妙に盛り上がっている。

「…これが?ぽん」

 めーてぃは、深く考えず、壁の盛り上がりに手を触れた。

 と同時に。

「あ…。ぽん」

 そこまで固まっていない状態だったのか、それだけで表面の土が一部、滑るように下へと落ちていく。

 また、その動きにつられて、周囲の土の幾らかもボロボロと落ちていく。

 …そして、最終的にその中から出てきたものに、みるこが悲鳴を上げた。

 めーてぃもまた、吹き上がる不快感に支配されながら、目を見開く。

「…これ」

 彼女の目の前にあるのはマゼンダの金属片。そしてその表面には、あるロゴがあった。

 …赤、水、黄緑色の三文字が三角形で並んだ、[MAS」というものが。

 

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