[第一章:どーるわーるど、出会い]その5

「お使い?ぽん」

「そう。食材買ってきて」

 翌朝、めーてぃが楽しく朝食を食べた後に、ふーわはそう言った。

「…自分はこれから、お前について調べに行く。お前はその間勝手にすればいい。ただ、切らしてる野菜を買うのだけはやるように。やらなかったらお前の食事は抜きだから」

「お昼ご飯の材料を買うってことだね!分かった。ぽん」

「ふん。それじゃぁ、自分は行くから。音符三人とせいぜい仲良くしているように」

 笑って頷くめーてぃの方へ行くよう、音符三人に指示したふーわは、そのまま玄関に向かう。

 皿が乗っていた後方の机の上は、めーてぃたちの協力で既に片付けられており、綺麗になっている。

 今あるのは、買うものが書かれた紙片一枚のみだ。

 めーてぃはそれを取り、書かれた文字を読み上げる。

「ひらがなで…にんじん、たまねぎがそれぞれ二つずつ。ぽん」

「そう。朝ご飯の炒め物で切らした」

「…私、あの炒め物好き。とってもおいしくて。いくらでも食べられる気がする。ぽん」

 めーてぃは紙片から顔を上げ、ふーわを見る。

「…変に褒めない。…まぁ、また食わせる」

 彼女は顔を少し赤らめながらそう言い、玄関に向かっていく。

 そして、扉に手をかけてから四人の方をちらりと見て言う。

「…行ってきます」

 それに四人は応え、それぞれお笑顔になり、

「行ってらっしゃい。ぽん」

「…行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい」

 手を振ってふーわを見送る。

「…ふん」

 そんな反応を見せた後、ふーわは玄関の扉を開ける。

「私のためにありがとう。必ずおつかいやってくる。ぽん」

 めーてぃのその言葉への返答がなされる前に、扉は閉められる。その後、ふーわが外を歩いていく足音が、僅かに聞こえていた。

「…さて。何しようかな。ぽん」

 言いながら、めーてぃは家の中を見渡す。

 その中で目に留まった音符三人組に、めーてぃは声をかける。

「ねぇねぇ。遊ばない?ぽん」

「…何をする気で?」

「何をする気で?」

「何をする気で?」

「…んー。あ、かくれんぼとかどう?おつかいってそんなにかからないでしょ?ぽん」

 十秒以内に考えためーてぃは音符三人にそう提案する。

 壁に掛けられた木製の時計は八時半、まだ朝と言える時間帯だ。少しの間遊んでいても、問題はないだろう。

 そう判断したためか、音符三人組は頷き、言う。

「…お野菜売ってるお店はここから十五分」

「問題ない。遊ぼう」

「問題ない遊ぼう」

「ありがとう。それじゃぁ、私が鬼やるから、みんな隠れて。ぽん」

 めーてぃはそう言って、隠れる姿を見ないよう、壁際に飛んでいこうとする。

 だが、そこで待ったが入った。

「…待って。どうせなら」

「どうせならここじゃなくて」

「お野菜のお店がある、商店街で」

「商店街?ぽん」

 どこのことか分からず、めーてぃは首を傾げる。

「…そこで」

「案内も兼ねて」

「かくれんぼ」

 そう、にやにやと笑う音符三人の言葉に、めーてぃは深く考えず乗ることにする。

 …そして十分ほどが経った頃、彼女らはふーわの家を出、件の商店街についていた。

「…ここが、商店街。ぽん」

 めーてぃは、目の前に広がる光景をじっくりと見ていく。

 昨日目を覚ました路地を少し行ったところから入れるそこでは、天井にアーチ状の構造物が連なっているのを見ることができる。それだけならば一つ毎に隙間が空いてしまうが、そこにツタ植物が入り込むことで、隙間を埋めつつ、見た目のメリハリをつけることに成功している。

 僅かに開いた隙間からは太陽光が入り込んで地面を照らし、不足する光量は、アーチと繋がった石と木が組み合わされた柱につけられた、ランプが補っている。

 その中身はよく見てみれば、光る毛玉であることが確認できた。

「…すっごいいい見た目。最高…ぽん」

 感動しためーてぃは商店街の天井を見ながらそう言い、視線を下へ。

 ついで広がるのは、柱の間に並び立つ様々な店だ。多種多様な人形たちが店番をする、バリエーションに飛んだデザインの店舗を見ることができる。

 例えば、店そのものが天使の彫刻のもの。例えば、全てがフェルトでできたもの。また例えば、葉っぱで飾られた、くり抜かれた木に木製のカーブを取り付け、の内部から水を流す飾りだけで面積の九割が埋まっているものなど。

 そんな店が左右に並ぶ道は、その先が見えないほどどこまでも続いている。

「…ここで、かくれんぼ」

「順番に一人ずつ隠れていく」

「それを見つけていって」

「…ここは物が多い」

「見つけられるかな?」

「見つけられなかったら、罰ゲーム」

 音符三人組は笑って言う。

 それに、めーてぃも笑って答える。

「分かった。頑張って見つけてみる。ぽん」

「…それなら一人目」

 シオンがそう言って、商店街のどこかへ飛んでいく。

「一人毎に隠れる場所は前になってく」

「最終的にはお野菜売っているお店につけるようになってる」

「…凄い、計算されてるんだ。ぽん」

 ハオンとジュロオンの言葉に、めーてぃは素直に感心する。

 それから、行っている間にどこかへ行ってしまったシオンを見つけるため、彼女は進みだす。

「…シオン。どこに隠れてる?ぽん」

 めーてぃは周囲を見ながら、ゆっくりと進んでいく。

 シオンは小さい。ぱっと見ただけでは見つけることは困難だ。それゆえ、注意深く動いていかなければいかない。

「…どこに」

 そうめーてぃが歩く中、時間が経つ毎に商店街にいる人形の数は増えていく。

 最初は静かな方であった道は話声で徐々に溢れていき、明るい雰囲気が強まっていく。

 人数が増えるほどに流れも大きくなっていき、その中でやたらとゆっくりで動くめーてぃたちは、少し目立ち始めていた。

 それゆえだろうか。

「…む、難しい。ぽん」

 シオンを中々見つけることができずに唸る彼女の元へ、黒いセーラー服に赤いスカーフをした数人の人形が話しかけてくる。

「何をしているのですか?」

「…ん?かくれんぼ。シオンって子がどこに隠れているのか、頑張って探してる最中。ぽん」

「へぇ!それは結構難しいですね!」

「なかなかの難易度」

「これは応援しなければ」

 めーてぃの話を聞いた人形たちは、近くの店へと足早に入っていく。そこの店主であるきのこに四肢が生えた人形から餅を買ったのち、彼女らはめーてぃの元へ戻ってくる。

「これ、どうぞ」

「…?どういうこと?ぽん」

 差し出された餅を見て、めーてぃは首を傾げる。

「これ食べて頑張って。っていうことです!」

「…なんと。ありがたい。ありがとう、三人とも!ぽん」

「気にしない気にしない」

「どうぞ食べて。そして頑張って!」

「うん!頑張る!ぽん」

 笑って餅を頬張っためーてぃは、気合を入れなおし、シオンを探す。

 そして三分後、見事彼女を見つけ出した。

「…見つかっちゃった。やかんの注ぎ口に刺さっていたのに」

「よく入れたよね。ぽん」

 違和感がありすぎて、一週回って見落としかけためーてぃは驚いて言う。

 そこにハオンが手を上げる。

「こんどは私が」

「うん。分かった、頑張る。ぽん」

 再び、かくれんぼが始まる。

 上の方へ隠れると最初に宣言したハオンを探し、進むめーてぃであるが、また中々見つからない。

「う~ん。あちこち飛んでみてるのに」

 そんな風に困っていると、今度はあるお店から声がかかる。

「虫眼鏡、使わない?」

「虫眼鏡?ぽん」

 透明な円柱で構成された店の上に立った、虫眼鏡を体中からぶら下げた女性の人形が、そのうちの一つを差し出す。

「これは、『すごいみえる虫眼鏡』。なくした小さな探し物も、これで一発発見よ!」

「…なんと。すごい、透けた幽霊まで見える!ぽん」

「あ、それはただの透けた通行人ね」

 女性が通り過ぎる半透明の十字架型の人形を指さす。そうされたことに気づいた彼は、めーてぃたちの話を興味本位で聞いたのち、協力を打診。

 受け入れためーてぃと共に虫眼鏡を試用し、立ち並ぶ柱の接合部に挟まっていたハオンを見つけ出す。

「二人ともありがとう!ぽん」

「いやいや。困ったらいつでも呼んでね」

「そういうこと。彼女の言う通りに」

 そうして二人と別れためーてぃは、今度はジュロオンを探して動き出す。

 今度手を貸してくれたのは、皿とくらげが合体した様な人形と、巫女服姿のジェルのような人形たち。

 彼女らの協力を得て、また他幾らかの人形たちの助けもあって、めーてぃはジュロオンを捜索。最終的に、こけしを打っていた店の中に紛れている姿を発見することに成功したのであった。

「…みんなの協力のおかげで、どうにか見つけられた!ぽん」

「…まさか見つかるとは」

「まさか見つかるとは」

「まさか見つかるとは」

 シオン、ハオン、ジュロオンはめーてぃの前で浮遊しながら、各々驚きの表情を浮かべる。

「…商店街にいるみんなが、優しかったから。ぽん」

 言いながら、めーてぃは今まで進んできた道を振り返る。

「…ここにいる人は…人形はとっても優しい。ぽん」

 笑顔でやりとりをする人形たちを、めーてぃは見る。

「…こんなに温かい。温かい。ぽん」

 彼女は言いながら、自身の胸に両手を当てる。

 少しだけ重いそこが、熱を帯びるのが明確に感じられる。

 ずっと、冷たいままであったような気がするそこは、今変わっていく。

「…ふーわも、みるこも、他のみんなも。みんな、みんな、いい人ばっかり。そんなここは…[ふわっちゃー]は」

 めーてぃは、柔らかに笑う。

「本当、大好きになっちゃう。ぽん」

(昨日以上に、ここにいれて、本当に)

 心が、幸福感に満たされる。

「…」

「…」

「…」

 そんな彼女の様子を、音符三人組は不思議そうに見ていた。

「…あ。お野菜売ってるお店だ!」

 めーてぃが視線を戻したその先、数メートル先の道の右側に目的の店がある。

 それを確認した彼女は音符三人組を見て、

「行こう!ぽん」

 羽を動かして進みだす。それにシオン達は続き、ついに目的の店にたどり着く。

「いらっしゃい」

 迎えてくれるのは、犬の耳も生やした女の子の人形だ。

 めーてぃはそこで、持ってきた紙片を取り出し、お使いの内容を確認する。

「え~と。よし、分かった。ぽん」

「…お財布」

「お財布」

「お財布」

 音符三人組がいつの間にか用意した、お財布代わりの巾着袋を受け取っためーてぃは、店員の人形に向かって言う。

「たまねぎとにんじん、それぞれお二つ、くださぁいな!ぽん」

「こっちにも。なのですよ~」

 ふと、聞き覚えのある声が、左側からかかった。

「うん?ぽん」

 それに反応しためーてぃは横を向く。

 するとそこには。

「みるこ!ぽん」

「…あ、久しぶりなのですよ」

 昨日病院で出会ったみるこが、バスケットを片手に立っていた。

「みるこ、どうしてここに?ぽん」

 店員が商品を用意している間に、二人は軽く話す。

「治療してる患者さんのために、シチューを。なのですよ」

「へぇ。ぽん」

「そっちは?なのですよ」

「ふーわのお使い。ぽん」

「?いったいどういう?なのですよ」

 みるこのその質問からめーてぃは事情を軽く語る。

 それが終わったところで店員の人形が玉ねぎと人参を持ってくる。

「お会計」

 笑って言う店員に、みるこは巾着袋を取り出し、その口を開ける。

 すると、少し眩しい光と共に、銀色の貨幣数枚はが出現。みるこの手に収まる。

「どうぞ。なのですよ」

「…す、すごい。私のも?ぽん」

 めーてぃは驚きながらみるこに倣う。すると、同じようなことが起き、手の中に貨幣が収まる。

「…中はからっぽなのに、凄い。ぽん」

 驚くめーてぃに、音符三人が次々と言う。

「…お金は勝手に湧いてくる」

「ここに貨幣経済なんてものはない」

「これはただの、ある種のお約束のようなもの」

「へぇ。ぽん」

 理解しためーてぃは貨幣を店員に払い商品を受け取った。

「…これからめーてぃは何を?治療なのですよ」

「ふーわの家に。お昼も近いみたいだし。ぽん」

 先の雑談内で名前を教えたみるこの質問に、めーてぃは柱にかかった木製の時計を見ながら答える。

「…みるこは?ぽん」

「みるこは…準備を。なのですよ」

「準備?なんの?ぽん」

 そのめーてぃの問いに、みるこは笑って答える。

「めーてぃをふーわが助けた、あの穴を調べに行く準備。なのですよ」

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