[第一章:どーるわーるど、出会い]その3

「教えたことをおさらいする」

「はーい!ぽん」

 めーてぃとふーわは、みるこのいる病院から離れ、町を歩いていた。

 周囲には、めーてぃが遠目から見た、クレパスのような質感の家々が立ち並ぶ街並みが広がっている。

 基本的に一階建ての建物が多く、横幅は大きい。石畳の道を中央に挟み、それらの家々は連なっている。

 そしてそれらは、空から注ぐ夕日に照らされ、どことなく温かい雰囲気をたたえていた。

「この世界はなんというのか。はやく言って。さっき言った通りに」

「その名も[ふわっちゃー]!ぽん」

「正解。ここは人形の世界、[ふわっちゃー]」

 ふーわは頷き言う。

 彼女によれば、この[ふわっちゃー]は木と石、そして人形によって作られる幸せな世界らしい。

 人形たちによる争いはなく、小さな揉め事さえもほとんどない。皆が平和な心を持って、日々を過ごしているとのことである。

 ふーわはそれらを含めた幾らかの基礎知識を、先ほど何も知らないことを告白しためーてぃに教えてくれているのである。言い方は、あまり良いとは言えないものの(とはいっても、やはりめーてぃは気にしていないので特に問題ないが)。

「では次。この世界の構造は?言って」

「はいっ。この世界は、二等辺三角形に近い構造をしてる。私たちのいるような陸地は、その図形の各点のあたりある。そして、ここは一番大きい陸地!ぽん」

 めーてぃは、ふーわの要求に応え、滑らかに言う。語る内容に間違いはなく、先ほど教えられたばかりにしては、よく覚えられている。

「よくできたもの」

 素っ気なく、ふーわは言う。

 そうしたやりとりをしながら二人はある場所へと向かっており、そして今、そこに着いたところであった。

 その場所とは。

「ここが、ふーわのおうち!ぽん」

「そうだけど、なにか?」

「外側からでも分かる、とってもいいところ!ぽん」

「あっそ」

 そんな風に言いつつも、頬を赤らめてふーわは言う。

 一方めーてぃは、石と木できた、クレパス絵のような家を見て笑う。

 そんな二人は今、彼女の発言通りにふーわの家へと来ていた。

 経緯としては、めーてぃが起きて少しの頃には日が落ちてきたことを理由に、家に置くと言ったこともあって、ふーわがすぐに来るよう言ったのである。

「もう日もほとんど落ちてる。とっとと入って」

「わかった。ぽん」

 ふーわの言葉に頷き、家に入る前に、めーてぃはふーわの家を今一度見上げる。

 目の前にそびえ立つのは、二つの塔をねじって一つにしたような、特徴的な家だ。素材こそ周囲と同じ石と木で、色合いはクレパスのそれであるものの、その奇抜なデザインは目を引く。

 四枚羽の彼女は、そんな奇妙ともとれる家を見て幸せそうに再び笑い、家の中に入る。

通るのは、ふーわによって半開きになった長方形の入り口の扉だ。

 やや小さめのその先に、ふーわは先に入っていく。

「おじゃまします~ぽん」

 真っ暗な家の中へと入る。

(初めての友達の家…。いや、引き取るだから義理の家族?保護者?ともかく嬉しい!)

 四枚羽の彼女は、浮遊したまま左右を見渡す。

「まっくらだね?ぽん」

「別にすぐ付けるから。言われなくても」

 ふーわの言葉が返される。

 それに従い、めーてぃはおとなしくその場で待つこととした。

 …と、なにやらごそごそとやっているらしいふーわとは別に、何かが動く音が聞こえてくる。

「…何かいる?ぽん」

 特に警戒もせず、めーてぃは真っ暗な周囲に耳を澄ませる。

「…新しい相手」

「新しい相手」

「新しい相手」

「…新しい相手?ぽん」

 どうも、小さめの声で誰かが言っているらしい。

(おそらく、数は三?)

 そんな風に一瞬だけ考えていると、何かで扇がれているような感覚を、めーてぃは覚える。

「…?ぽん」

 すると。

「…ふぅ」

「ふぅ」

「ふぅふぅ」

「うきゃぁ!?ぽん」

 両耳と、額。計三か所に、急に息が吹きかけられた。

 驚き、めーてぃは思わず一回転しながら後退する。

「…な、なに!?ぽん」

「…歓迎」

「歓迎」

「歓迎」

 ぷぅくくと、邪気のない笑い声が前方から聞こえてくる。

 それに四枚羽の彼女が驚いたままでいると、ちょうど明かりが付く。

「……あ。お前らまたやってる」

 虚空から明るく光る糸を引っ張り出しているふーわが、めーてぃの前に浮かんでいる三人を見て言う。

 その言葉に反応し、

「…お帰り、ふーわ」

「お帰り、ふーわ」

「お帰り、ふーわ」

 その三人は、ふーわに向かって言い、彼女もただいまと返す。

「…知り合い?家族?とか?ふーわ。ぽん」

 四枚羽の彼女は、目の前の三人を見る。

 三人のいずれも色違いの、控えめに輝きを放つ布のみを巻いた恰好だ。さらに、そっくりな半透明の羽を一対背中に持っており、それを自在に動かして宙を飛んでいる。

「ああ、自己紹介をする。三人、はやく」

 それを受け、三人は歌い繋げるように答える。

「…私たちはぁ」

「私たちはぁ」

「私たちはぁ」

『ふーわのものぉ。名前は左からシオン、ハオン、ジュロオン』

 三人は左から緑、青、赤の色を持ち、同様の順番で、お尻から四分音符、八分音符、十六分音符を想起させる尻尾が生えている。

 もしかしたら、名前は尻尾の形状と関係しているのかもしれない。

「…三人とも、自分のサポートをしてる存在。ただ悪戯好きなのが問題」

「へぇ。面白い子たち、ぽん」

 めーてぃは、音符三人組を順に見ながら言う。

(この子たちとも仲良く…)

 そんな考えが浮かぶめーてぃに、ふーわから声がかかる。

「…お前、そこに机があるから、音符三人と話してて。自分は、夜ご飯をつくるから邪魔するな」

「…ご飯を!?ぽん」

「そう。お腹は減っているはず」

「…そうかも。ぽん」

(…これが、空腹?)

 めーてぃは、自身の腹をさすりながら思う。

(変に空虚な感じがするというか…)

「欠落したような感じがするというか、なんか初めての感覚がある。ぽん」

「……」

 不思議そうにするめーてぃを見て、ふーわは少し眉を寄せる。

 そんな中、めーてぃはふと疑問に思い、それを口にする。

「人形って、お腹すくの?ぽん」

 それらしい感覚を得てはいるが、それでも不思議だったために。

(そもそも体は糸と布でできている。とても生物とは思えない構造をしている。にも関わらず…)

 ふーわの答えを待ちながらそう考えるめーてぃではあるが、

(…やめた)

 すぐに思考を放棄し、ふーわの回答に耳を澄ますことにする。自分でも奇妙に思うぐらいに。

「人形が空腹になるか?それは当然なる。まぁ、食べなくてなにか害が出るというわけでもないけれど」

「え、最悪食べなくてもいいの!?ぽん」

 驚くめーてぃにふーわは頷く。

「その空腹だって、放っておけばそのうち消える。食べた方が、幸福感は得られるけれど」

「な、なんと都合が良いというか不思議なもの。人形と言うのは。ぽん」

「…お前も人形。そんなことも覚えていない?」

 言いながら、ふーわは四枚羽の彼女の頭上を見る。

「…やはり」

「…?どうしたの、ふーわ。ぽん」

「別に」

 ぶっきらぼうに言い、ふーわは話題を打ち切る。

「…とにかく、邪魔はするな。過ごし方とかを音符に聞いておいて」

 ふーわは、近くにあるキッチンで料理の準備を始めようと動きながら、めーてぃにそう言う。

「分かった!ぽん」

 笑顔で彼女は頷く。

「…それじゃぁ、お話ししよう。ぽん」

 彼女は音符三人と一緒に動き、机と共にある椅子にちょこんと座り、周りを浮く彼女らと話し始める。

 机と椅子、キッチンと、寝室に繋がる扉しかない簡素な部屋に、人形たちの談笑の声が響く。

「…」

 ふーわはその中で、黙々と料理を作る。めーてぃに、時節視線を送りつつ。

 そして食事が出来上がり、五人がそれを完食した時に、ふーわは話を切り出した。

「…お前」

「うん?ぽん」

 頬に夕食のシチューを少しつけためーてぃが、皿から顔を上げる。

「…そろそろ落ち着いた頃。だから、少し話すことがある」

「話…。ぽん」

 音符三人にシチューごと頬をなめられ、少しくすぐったそうにしながらも、めーてぃは聞く姿勢をとる。

「これからのこと」

 机の向かい側に座るふーわは、めーてぃに目線を合わせる。

「お前はこれからどうする?しばらくはここにいるのは確定。これはそこから先の話」

「…私は。ぽん」

 めーてぃは、最初に目覚めた時のことを思い出す。あのとき、彼女はきままに生きることを望んだ。

 故に、これから先どうするかということについては…。

「特に、何もない。ぽん」

「…へ?何もない、と?」

「うん。私、気ままに生きたいだけだから、基本その場の思いで動きたいだけだから、目的とかはない」

 考えるのは嫌だし。そんな思考が、頭に一瞬過る。

「ここにおいてくれるのは嬉しい。その分のことはするけど…それ以外は特にこれと言って」

「…けれど、記憶がなくては困るはず。お前にも、家族や友達が他にいるかもしれない。その場合どうする気?すぐ答える」

「…家族、友達…」

 ふーわの言葉に、めーてぃは未だ朧げな記憶を探る。

(…私は)

 手で掴むことのできない、ぼやけた記憶の断片が、彼女の頭の中を漂う。

 彼女はそれに触れようと頭を働かせる。だが、それと同時に。

(…嫌な、感覚…)

 不快感が、一気に広がっていく。紙にインクを落としたかのように。心は一瞬で負に侵される。

 それに影響され、めーてぃの表情は少し曇る。

「…分からない。いないのかもしれない。私には、何も。ぽん」

「…あっそ」

 ふーわはめーてぃの反応を見て、そう言ってから数秒考え、再び口を開く。

「…もういい。自分は自分で勝手にお前について調べておく。後々のために。だからお前は…」

「…ふーわ?ぽん」

「好きにするように」

 その言葉の意味を一瞬測りかねて、めーてぃは確認を取る。

「…好きにって。…文字通りの意味?ぽん」

「それ以外なにかあるとでも思ってる?お前はここで、好きに、気ままに生活をするといい。先のことを考えないで。分かった?」

「…ふーわ。分かった」

 めーてぃは感極まった様子で、ふーわを見て言う。

(見ず知らずの私にこんなに優しくしてくれるなんて…)

 今のめーてぃには、態度が悪いとう欠点がありつつもふーわが天使のように、輝かしく見えている。

「ふーわ。ぽん」

「…何か他に言いたいことでも?」

「ありがとう。大好き、ふーわ。ぽん」

「大好き!?気持ち悪…!不快だから、やめろ!」

「あ、びっくりしちゃったんだね。ぽん」

「……」

 ふーわは顔を背け、その端に僅かに赤色を覗かせていた。

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