[第一章:どーるわーるど、出会い]その2

『…ここは、なんだ?である』

 先刻、四枚羽の彼女の目の前に落下したマゼンダの機体。

 それは町に落下した際、その勢いで崩落した地面と共に、地下へと落ちていた。

 どうやらかなり大きな空洞が存在していたらしく、足場となる場所にたどり着くまで少々の時間があった。そのため、機体は推進器による逆噴射で速度を落とし、衝撃を軽減して安全に着地することに成功している。

『…時速三百キロによる境界膜の突破には成功し、[幻想の三角領域]への侵入に成功した、である』

 そう言う機体の外見は、突入用に装備していたらしい外装がなくなったことで変化している。つま先は外側の装甲が外れ、人間の足を思わせる長さに。背中のバインダーは外装がなくなって三分の二程の長さに。

 胴体なども少し身軽になっていた。

『…それはいいとして、この空洞は…。である』

 マゼンダの機体は言いながら、バイザーとモノアイを光らせて眼下へ視線を送る。

 その先にあるのは、遥か上から続く、相当大きな空洞だ。地上より五百メートル下のところから始まり、ここまでで三キロあるそれは、円柱状の形をした、半径三百メートルほどの薄暗い空間である。

 機体はその最上部、張り出した大き目の岩場に足をついている。

『…衝撃により、広域探査は不能。現在使えるのは正面物体のスキャン及び、メインカメラによる目視、そして聴覚機構。である』

 そう機体は言い、空洞の底をカメラのズームでもってよく見る。

『…やはり、先ほどから光が確認できる。色の識別は明るい橙。距離はおよそ百メートル。である』

 言葉と共にさらにズームを行うと、ある物が見えてくる。

 …それは、城だ。中心に立方体を置き、その上に幾つものの小部屋が浮き、そこが剥き出しの階段で繋がれた。城と言うには少々独創的な見た目ではあるが、全体として見た時のシルエットはそれに近い雰囲気なので、機体はひとまずそう判断する。

『…こんなものは、残された情報の中にはなかった。もとより少ないとはいえ。…あれは、なんだ?である』

 遠くに存在する城は、温かな色と共に、そこに静かにそびえたっている。

 その見た目と、ある場所と相まって、不思議な感覚を見る者に与える。まるで、夢の中の産物のようにも思えてくる。

『…当機体としては、Rの捜索をしたい。当機体が勢いあまってここに降りてきてしまっただけで、いるなら上だろう。敵地なのかは不明であるが、詳細不明の場所で、このようなものに、わざわざ接触する必要もない。である』

 そう判断した機体は、大穴の上部を見上げる。

『…当機体の動力機関があれば、上に飛んでいくことは可能。推進器が焼け付くおそれがあるのが難点ではあるが、仕方がない。である』

 言って、機体は推進器に点火。上昇するための準備を行う。

『…しかし、あんな妙なものが地下にあるとは。ここは一体。Rは何故…。である』

 機体はここに来る前に見た情報を、胴体内部のコンピューターで振り返りる。

 自身の追ってきた相手に関連した。

『いづれにせよ。当機体は発見し、連れ戻さなければならない。今の段階では』

 その言葉と同時に、機体は浮き上がる。足場を離れ、上へと向かい始める。

 …そのときであった。

「不埒者め」

『?何が。である』

 急に空洞内に響いた別の声に、機体は反応する。

 今しがた聞いた音声の発生方向はどこか、瞬時に割り出した機体は瞬間的に旋回し、先ほどまで立っていた岩場を見る。

「…光?」

 そこには、青白い光がある。

 まばゆい輝きを持つそれは、岩場の中で円形に走っていく。紫の輝きを伴って、枝分かれしながら。

 そして一瞬にして疾走した光はいつの間にか一つの絵を構築した。

 出来上がったのは、両手をx字に交えた少女だ。その姿は寝間着で、眠気眼である。

『…なんだこれは。…それに光は、糸?である』

 鋼鉄の体故、表情を変えられない機体は、怪訝な声を発する。

それと同時に、光の正体を確認したその直後。

「間違いない、不埒者め」

『!』

 何かがクレーターより伸び、機体の右足を絡み取る。

 間髪入れず、伸びた何かは勢いよく斜めに引かれる。機体は自身の推力を上回るその力に負け、その六メートルほどの鋼鉄の体躯を壁に叩きつけられる。

「在り方を示そう」

 衝突による轟音が周囲に響く中、クレーター内の絵より、一人の人形が姿を現す。

「…執行者としての」

 現れた人形の格好は、天女のようなものだ。藍色の着物に、銀色に輝く羽衣を纏っていて、頭にはx字に交わった角がある。

 黒髪は途中で二つに別れ、これまたx字に交わっている。

 そんな人形は、両手にさす股のようなものを持っていた。

「不埒者の、排除を行う」

 人形…執行者はそう言った直後、岩場を蹴って空高く跳躍。

 両手のさす股を構え、眼下のマゼンダ―の機体の頭部へと着物をはためかせて接近する。

 …だが、機体の方も黙ってやられるわけではない。

『急速上昇!である』

 言葉が出るときには、既に推進器に点火がなされている。巨体は背部、腰部のそれらを使い、一気に上へと移動する。

 その行動によって、執行者は足場を失いそのまま落下するかに思えた。

 だが。

「捕縛者!」

 彼女の鋭い叫びが響く。それに即座に答えた誰かは、空中に糸と縄で作られた足場を一瞬にしていくつも作成。執行者はその一つに着地した後、上に次々と作られる足場へと飛び移っていく。

『…なんだ、これは。人形がなぜ襲ってくる。である』

 推進器の出力を一気に引き上げ、マゼンダの機体は足に絡みついた縄を強引に引きちぎった後、上へと急上昇していく。

「…追撃!」

 舞い上がった機体を見上げつつ、人形は跳躍を繰り返し、その巨躯を追う。

 一跳び、人跳び毎に距離は詰められていく。

 機体の推進器が、落下の衝撃故か少し調子が悪い事や、執行者の純粋な身体能力の高さから、その状況は変わらない。

『…当機体はなぜ狙われる。ここには、[AAA]の伏兵などいないはず。である』

「それは不埒者ゆえに!法則を受け入れよ!外界の不埒者!」

 言って、機体を間合いに収めた人形は今まで以上の力で跳躍。その一つの動作で、今なお上昇する機体の上部へと躍り出る。

 距離はない。接触は三秒後。

 執行者がさすまたを構える。

「消えろ、不埒者!」

 その叫びと共に、彼女は慣性に任せさすまたの先を機体の頭部へ。

『…である!』

 もはや加速を止められない機体は、素早く右腕を動かす。

 移動させる位置は、頭上の執行者の同一直線状。

 そこに追加で行ったのは、腕部についていた装置の起動だ。

 …すなわち。

『レーザーブレード。である』

 腕の細長い装置より光が溢れる。

 それは、敵機を溶断するために形作られる高熱の剣だ。

 青白い光があふれ出、輝きを放ち、熱によって周囲の景色を歪ませる。

「…!」

そして、光の顎は、真正面の人形を一気に飲み込み、跡形もなく消し去ろうと荒れ狂う。

順当に行けば、一秒もしなう位置に人形は溶け、燃え、カスすらも残らずに消滅する。

それが、当たり前であるはずだった。

『…な?である』

 …だが。

「…不埒者」

 人形は、無事だった。

 彼女は左のさすまたを高速回転させて盾とし、ブレードの光を周囲に拡散。

 そのまま突っ込み、右のさすまたを上へ、そして勢いよく下へ。ブレードの発生器を切り落とす。

『!』

 驚く様子の機体の反応を無視した執行者は、左のさすまたの先を機体の右腕の先へとひっかけ、それを足掛かりに飛び乗り、腕から胴体、頭部へと一瞬にして駆けあがる。

『…危険。である!』

 機体は執行者を落とそうと腕を動かすが、時すでに遅し。

 彼女は両のさすまたを構え、後頭部を目の前としていた。

「不埒者。ここは[ふわっちゃー]。ふわふわの場所だ」

 執行者は言う。

「ここでは、現実は現実にあらず。その現実の中の物は否定されるものであり、排除されるもの。唯一例外があるとすれば、それは接続者の導きで、ここに望んでやってきたもののみ」

『…』

「夢と理想と願望を否定する不埒者に、居場所はないと知れ!」

 その言葉とともに、執行者はさすまたを頭部へと尽きさそうした。

 瞬間。

「な…っ」

 急に、機体が上下反転する。

 上昇する中での、負荷を無視した行動に虚を突かれた執行者はバランスを崩して空中へと放り出される。

 すかさず、機体は彼女を手で捕縛。

 ついで、思い切り壁へと叩きつける。ついで一気に回転して逆側の腕、ブレードが使える方の腕を前へ。そのままの勢いで執行者を高熱で切りつける。

『…離脱。である』

 その結果を確認せず、機体は強引に態勢を変えた後、最高速度で空洞の最上部へと向かう。

「…不埒者め。逃げられると思うな」

 呟き、焼き切られた胴体の下半分が下へ落ちていった執行者は言う。

「…捕縛者!穴を崩せ!」

 その言葉に、相手は応える。

 今まさに、空洞を抜け、落下時につくった穴へ入った機体を破壊するために、動く。

『!?』

 突如として穴が途中から崩落する。原因は、穴のあちこちを崩れやすいように貫いた縄や糸だ。大量のそれらで危うかった安定を完全に崩された穴は、その壁を構成していた岩が、機体へ一斉に降り注ぐ。

『これは……であ』

 その瞬間、爆発音とともに、多くのものが目に見えて吹き飛んだ。

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