[第一章:どーるわーるど、出会い]その1




「治療なのですよ、治療なのですよ~。治療をして治療をするのですよ~」

 声が響いていた。

 若い女の子のものだろうか。可愛らしい響きが、四枚羽の彼女の耳に木霊する。

「…うぅ~?ぽん」

 その声によって意識が覚醒し、四枚羽の彼女は、ゆっくりと目を開ける。

「……ぽん」

 光が差し、ぼやけた状態から徐々に明ようになる視界に映るのは、木でできた天井だ。

 綺麗に磨かれた表面は窓から入る日の光によって控えめの光沢を放っており、その暖かな色合いと相まって、見るものを落ち着かせる。

「…いい景色…ぽん」

 天井の見た目に、四枚羽の彼女は温もりを感じつつ、起き上がって周囲を見る。

「ここは…ぽん」

 広がっていたのは、純白のカーテンの引かれた空間だ。

 どうも、大きな部屋がカーテンによって仕切られているようで、天井を今一度見れば、四枚羽の彼女がいるところ以外にも、部屋が広がっているのが分かる。

 近いところを挙げるならば、大型の病院あたりだろうか。

 四枚羽の彼女は、その一角にある、木のベッドに寝かされていたのである。

「……いい雰囲気。ぽん」

 ベッドの周囲には金属が一切なく、全て木のみで構成される。

 四枚羽の彼女にとってそれは、たまらなく心地よかった。

「…ところで私はどうしてここに?」

 羽を軽く動かし、少しだけ浮遊しながら、四枚羽の彼女は呟く。

(そういえば、あの機体…)

 彼女は、意識を失う前のことを思い出す。

(私はあれの落下で)

 先刻、例の機体が路地前に着地した時、その自重と速度からか、それなりの衝撃が発生した。それは、道路をひび割れさせ多くの破片を生んだ。

 四枚羽の彼女はその一つを頭に受け、意識を失ったのだ。

(…あの、機体は…)

 彼女は、目にした機械の巨躯のことを考える。

 どこか、見覚えのあるものであるために。

(…)

 だが、十秒もしないうちに彼女はやめる。先刻のように、不快感が生じたため。

「…そんなことより、私を助けてくれた相手にお礼を!ぽん」

 彼女はベッドから完全に飛び上がる。

「…とっても優しい誰かが、あの落下に巻き込まれた私を助けるため、ここまで運んできてくれたに違いない!ぽん」

 楽観的に捉えて出る声は、当人の自覚なしにやや大きい。

 そのためか、カーテンがすっと引かれた。

「し~。なのですよ」

 姿を現したのは、一人の人形だ。

 ピンクのフレアスカートに、真っ白なエプロン。スカートと一体になった上半身の服は型にふくらみがあり、そこから顔を出す頭の上には、ナース帽子を確認することができた。…さらには、その上に、空中へ向かって伸びる、透けた青色の糸も。

 そんな彼女は、包帯を左手に持った状態で、四枚羽の彼女を窘める。

「…ご、ごめんなさい。ぽん」

「うんうん。治療なのですよ」

 ナースの人形は、分かればいいと言わんばかりに頷く。

 なお、なのですよ、は語尾のようなものらしい。

「…あなたは?ぽん」

「みるこ。なのですよ」

 ナースの人形は自分の胸に手を当ててそう答える。

「あなたを。治療なのですよ」

 みるこは包帯を四枚羽の彼女に見せてそういう。

 どうやら、彼女の怪我か何かを治療したのはみるこらしい。

 それを読み取った四枚羽の彼女は笑い、

「へぇ。とっても優しい人。ありがとう。ぽん」

 素直な感謝を述べる。

「えへ。なのですよ」

 褒められ、みるこは嬉しそうに笑う。

「…なら、あなたが私を助けてくれた?ぽん」

「いやいや。なのですよ」

 四枚羽の彼女の質問に、みるこは包帯を持った手を左右に振って否定する。

「なら、誰が?ぽん」

「こちら。なのですよ」

 言って、みるこは四枚羽の彼女から視線を話し、誰かを呼ぶ。

 その応答があったのか、みるこは手招きを行う。

「こっち。なのですよ」

「?ぽん」

 四枚羽の彼女は、通るためにカーテンをより奥へ引き、その外側に出る。

 その先には、二列になった複数のベッドとそれを覆うカーテンがあった。

学校の保健室や、総合病院を連想させるその列の間には、通行用のスペースが確保されている。

 みるこは四枚羽の彼女から見て左側に歩いて行っている。

 その三メートルぐらい先に、出入り用であろうその扉が確認できた。

「ふーわ。治療なのですよ」

 みるこが、合図とばかりに言う。

 すると、扉のノブが捻られ、そっと開けられる。

「ようやく」

 それだけ言って現れたのは、一人の少女だ。

 恰好は、白のエプロンに黒のプリーツスカート。それに、先っぽに折り目の多い着脱式の袖だ。

 それらの衣装で包まれた体の大きさは、四枚羽の彼女よりは、少し大きい。等身は四。

 後ろで一つにまとまれた茶色の髪は、房が大きいためか目立っている。…そして、その上には透けた赤紫の糸が、宙へ向かって伸びているのが確認できた。

「あなたは…ぽん」

「自分?ふーわだけど。お前たちを助けた。それが?」

 茶髪の少女は、自分を指さして言う。無表情から出てくるその言葉は、どこか感じが悪い。受ける相手によっては、不快感を生むのには十分であろう。

 だが、四枚羽の彼女は一切気にしない。ただ笑顔になり、

「そう!あなたが私を助けてくれた優しい人なんだっ。ぽん」

 先のみるこの注意を思い出してやや声を抑えつつ言う。

 そして、ふーわの手を握る。

「え」

 急に手を握られ、彼女は驚いて目を見開く。

「ありがとう。ふーわ。ぽん」

 四枚羽の彼女は純粋な感謝の念をもって、その言葉を贈る。

 ふーわという少女はいい人だと、助けたくれたことと楽観的な捉え方で以て、そう思いながら。

「…ふん。それがなに?」

 どこか鼻で笑うように、ふーわは反応する。

 それはやはり、感じのいいものではないが、四枚羽の彼女は当然のごとく、気にしない。

 むしろ、肯定的に捉え、ふーわにこう言う。

「お礼なんていいってこと?優しい人っ。ぽん」

「…え、いや」

「ありがとうっ」

「…ふん」

再度の感謝に、ふーわは顔を少し赤くする。

「仲がいい。治療なのですよ」

 みるこはその様子を見て、ふっと笑う。

その後、四枚羽の彼女に部屋の外に出てもらい、

「これから。治療なのですよ」

 と言って、扉を閉めた。

「他の人を介抱するなんて。やっぱりいい人。ぽん」

 四枚羽の彼女は、感動してそう言った。

「…じゅ、純粋?…まぁ、ふわっちゃーの住人なら当然?」

 あまりに純粋すぎる感のある彼女を見て、ふーわはやや困惑した様子で呟いた。

「…そういえば」

 呼吸を整え、落ち着いた彼女は、四枚羽の彼女に話しかける。

「うん?ぽん」

「お前に、聞くことがある。おとなしく答えろ」

「そうしたら私にとっていいことが起きるんだね。ぽん」

「…まぁ、その通り」

 調子を少し狂わされた様子ではあるものの、ふーわは本題に入る。

「お前、誰?」

「私?ぽん」

 自分を指さす四枚羽の彼女に、ふーわは頷く。

「…お前が誰か分からないと、ここを叩き出せない。どこ住みか、何やってるのか、…そしてなにより名前をすぐに教えろ」

「…なんと。私を家まで送ってくれるつもりなんて。ぽん」

 発言の内容を楽観的な頭に通したことで、そう解釈した彼女は、ふーわの印象をさらに良いものにする。

(…仲良く、なりたい)

 そんな願望が頭に浮かぶ四枚羽の彼女ではあるが、ひとまず質問に答えることにする。

「言うならとっとと」

「……実はぁ、私は記憶喪失で。ぽん」

「…は?」

 それ以上、特に言う内容もない四枚羽の彼女は、苦笑いを浮かべる。

「ここがどこなのか。私は誰なのか。名前は?生きていくにはどうすれば?それがさっぱりで。ぽん」

「…分からないと?」

 ふーわは眉を寄せて言う。

「そう。…本当に全く。…あ、そうだこの際だから、ぽん」

「…?」

 記憶喪失の話題から、自分に名前がないことを改めて自覚した四枚羽の彼女。

 そのため、十秒に満たない間考え、自身の名前を適当に決める。

「…名前がなかったら呼びづらい。だから、私はめーてぃってことにしておく。ぽん」

「はぁ…。めーてぃ」

 教えられたのは、あくまでも仮の名前で本名ではないためか、ふーわはため息をつく。

「…一切不明。これでは困る。あの場にいただけじゃ、どこの誰か判断しかねる」

「ごめん。ぽん」

 謝る四枚羽の彼女…めーてぃに、ふーわは鼻を鳴らす。

「…ふん」

「私のために聞こうとしてくれたのに、なにも分からなくて。ぽん」

「…はぁ。ならしょうがない」

 大きくため息をついてから、ふーわはめーてぃをしっかと見る。

「?ぽん」

 急な動作に首をかしげる彼女に指を指し、ふーわは自身を指して言う。

「お前、自分のところ…家にいるように」

「え……ぽん」

 予期しなかった発言に、めーてぃは驚く。

「しばらくの間。具体的には、記憶が戻るまでの間。…あと、こっちでお前について調べさせてもらう。何もかも全て」

「…なんと。私のために、そこまで…!ありがとう、ぽん!」

 めーてぃは感動し、ふーわに再三の感謝を送る。記憶喪失により、家があるかもわからないホームレス同然のめーてぃに、住まいを提供すると言うのだから。

「な、なんて優しい人!最高ぽん!」

 四枚羽の彼女は嬉しくなって、宙を三回転する。

「そんなに喜ばなくても…ふん」

 予想以上の喜びようだったのか、見ていたふーわは顔を背けて顔を赤くする。

「…ふーわ、これからよろしく!ぽん!」

「あっそ」

 そう雑には言うものの、めーてぃの喜びようを見たからか、ふーわの顔は真っ赤である。

 照れているのが隠しきれていない。

「…よ~し!優しい友達にして家族が初めてできた!とっても、嬉しい!ぽん!」

 生活において都合がいいという以上に、感動と嬉しさに満たされて、彼女は宙を舞う。

 …ただ、その際に出したテンションの高い声はやや大きくなってしまい、

「し~。治療なのですよ」

 扉から顔を出したみるこに注意されるのであった。

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