椿の下には(21)

 雑居ビルが立ち並ぶ通りの裏路地に、小さな公園があった。私たちはそこへ移動する。店からすぐ目と鼻の先だ。

 全身を針で刺されるような痛い風が吹く。

 公園にあるのは滑り台がひとつとベンチがひとつだけだ。割と綺麗に剪定された樹が公園をぐるりと取り囲んでいる。

 公園の中にある電灯がほんのり灯っているが、それがかえって物悲しい。公園には誰もおらず、私たちの声はやけに大きく響いた。


「あんたみたいな女に、エイジが本気になるわけないでしょ」


 彼女は腕を組み、仁王立ちして私を睨みつけている。エイジくんは彼女の隣に立ち、美鈴さんは私の隣に立っていた。


「私がエイジと付き合ってるんだから。この間あんたが見たのは私よ!」


 ね? とエイジくんの方を振り返る彼女。


「エイジには夢があるの。歌手になるためにお金を稼いで、ホストを早く上がりたいの。ホストを上がったら、私と結婚したいって。あんたにはそんな金、ないでしょ。あんたみたいな女に、エイジをサポートすることはできないの!」


 ぐうの音も出ない。私はただ黙って彼女の言葉を聞いていた。


「愛とはお金で買えないものですよ」

「あんたは黙っててよ! ただのヘルプでしょ!」


 彼女は美鈴さんに怒鳴った。耳がキーンと痛む。


「……これは、どういうこと?」


 全員が、声のする方を見た。公園の入り口に、白いマフラーを巻いた女の人が立っていた。一体、誰だろう。


「な、なんで、お前がこんなところにいるんだよ」

「この人と……結婚の約束をしてるの?」


 白いマフラーの彼女は眉尻を下げ、悲しそうな顔でエイジくんを見ている。

 何が何やらわからず、私は美鈴さんを見た。


「大丈夫。物語はクライマックス、かな」


 美鈴さんは私の耳元で囁く。


「真澄!」


 また誰かが公園に入って来る。今度は誰だ。


「こちらもようやく到着かな」


 暗くてよく見えなかったが、近づいて来ると誰なのかわかった。濱崎さんだ。


「……あれ、なんで濱崎さんが……?」


 靴音を響かせてこちらへ歩いて来る。力が入った足音から、強い怒りを感じた。そこで私はピンと来る。 


「まさか……濱崎さんの婚約者って、彼女のことなの……?」


 最悪の現場だ。私は今すぐにでもここから逃げ出したくてたまらなかった。思わず身体を一歩後ろへやると、美鈴さんに腕を掴まれた。逃げるな、と言うのか。

 まさか、濱崎さんの婚約者が恋してしまった相手が、ホストでエイジくんだったなんて。思ってもいない展開だ。


「だから、仕事だって言ったでしょ?」


 美鈴さんはのんきに言う。


「ちょ、ちょっと待てよ……何がどうなってんだ」


 エイジくんが頭を抱え込む。

 美鈴さんは涼しい顔をして「はーい」と手を挙げた。


「僕が代わりに説明しますね」


 ニコニコと笑顔なのが逆に怖い。私はぶるっと身震いした。


「まず、こちらの彼女」


 美鈴さんは白いマフラーの彼女に右手を向けた。


「彼女はエイジさんの本命彼女、佳奈さんです。本日はわざわざ遠いところからお越しくださいました」

「本命の……彼女?」


 濱崎さんの婚約者――真澄さんが「え?」と首を傾げる。


「そして、彼女は濱崎さんの婚約者の真澄さんです。エイジさんにハマってしまい、ここ数ヶ月で何百万もの大金をつぎ込んでいらっしゃいます」


 それから、と言葉を続ける美鈴さん。


「彼はホストのエイジさん。歌手を夢見る青年でしたが、お金に苦しんだためホストの道へ。佳奈さんとは遠距離恋愛をされていました」


 だんだんと、ここにいる全員の素性がわかってきた。ずいぶんと糸が縺れて絡まってしまったようだ。というより、もうめちゃくちゃだ。


「本命の彼女って、どういうこと? エイジの彼女は私でしょ?」


 真澄さんはエイジくんに問い詰める。エイジくんは真っ青な顔をしてただ黙り込んでいた。


「エイジ? 彼はエイジじゃないです。浩人です」


 佳奈さんが代わりに答える。

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